第24話 ディープステート

「はじめまして」

 と挨拶をしたその男は、都市伝説コミュニティを運営しているらしく、「柴田と申します」

 と名乗った。


「はじめまして、柴田さん」

 と俺は軽く会釈をしてから席についた。


 ここは、新宿区にある、鮫沢が行きつけの小料理屋だそうで、今日は店の奥にある個室を貸してもらったそうだ。


 俺の隣では鮫沢さめざわが座り、

「ワシの生徒の姉が参加しとるコミュニティらしくての、早速紹介してもらって、今日来てもらったんじゃ」

 と俺に説明してくれた。


「ワシも直接会うのは初めてじゃがな」

 と言って鮫沢は柴田を見ると、「はじめまして」

 と笑顔で挨拶をしたのだった。


 柴田の話では、都市伝説や陰謀論を集めたウェブサイトを運営しているらしく、それらを考察していくブログが一部の視聴者に人気らしい。


 サイトの管理人として「イルイル」というハンドルネームを使っているという話を聞いて、俺は何だか聞き覚えがある気がした。


 確か、俺が3日間かけて情報収集した中で見た筈だ。


「さて、早速じゃが」

 と鮫沢は椅子に腰掛けるとそう声を上げ、「柴田さんの話から聞かせてもらえんかの」

 と柴田を近くの椅子に座る様に促しながらそう言った。


「あ、どうも…」

 と席についた柴田は、背負っていたリュックを下ろしてペットボトルのお茶を取り出し、テーブルに置いてから、更にリュックからA4サイズのファイルを取り出して開いた。


「私は、都市伝説や陰謀論を集めて検証するサイトを運営しているんですが…」

 と話しだした柴田は、ファイルのページをペラペラとめくると、「まずはこれを見てもらえますか?」

 と言って、関東地方の地図が描かれたページを開いてテーブルに置いた。


「この地図は、例の自殺騒ぎの発生源を分かりやすく落とし込んだものです」

 と言う柴田の話しぶりは、ハキハキとして聞きやすい。


 普段は営業マンか、又はプレゼン技術を必要とする仕事をしているのかも知れないな。


 そんな事を思いながら、俺は柴田の話を聞いていた。


「都市伝説や陰謀論というと、どうしても信じて貰えない事が多いんですが、実はどれも、荒唐無稽こうとうむけいな話って訳では無いんですよ」


 そう話す柴田は、決して頭のおかしな変人には見えなかった。

 むしろ、セミナーの講師をさせれば人気が出そうだ。


「あの…」

 と俺は、気になって声を上げていた。


「あなたは一体、どんな方なんでしょうか?」

 と言う俺の下らない問いに、柴田は軽く苦笑すると、

「昨年まで外務省の官僚だった者ですよ」

 と答えた。


「外務省の官僚だった方が、どうしてこんな都市伝説なんかを集めているんですか?」


 俺がそう聞くと、柴田は肩をすくめて見せ、


「一言で言えば、陰謀論と呼ばれる話が、概ね『実話』でしか無かったからですよ」


「…それは、どういう?」

 俺はそれ以上言葉が出なかった。


 陰謀論が、概ね実話だっただって?


 勿論、デタラメな陰謀論ばかりではなく、中には実話もあるのだろうが、そもそも、俺はその可能性に賭けてここまで来たのも確かだが…


 だけど、ほとんどが実話だって?


 だとしたら、世界中の報道は何なんだ?


 人々が信じて来た政府の発表は何だったんだ?


「佐藤さん、顔色が悪いみたいですが、大丈夫ですか?」


 俺の顔が青ざめているのだろう。

 柴田が心配そうな顔でそう訊いた。


 俺はひとつ深呼吸し、心を落ち着けた。


 しっかりしろ!


 命を投げ打つ覚悟でここまで来た筈だろ?


「すみません、ちょっと驚いてしまって・・・」


 と俺はもう一度深呼吸してから、柴田に話を続ける様に促した。


 柴田の話はこうだ。


 外務省の官僚だった頃、色々な国との交渉や調整を行う仕事をしていたが、一般的にテレビ報道等で報られる内容とは大きく異なる事が多くあり、国民を欺く様な事に加担している自分自身がストレスで疲弊しきっている事に気付き、「このままでは、いつか自分は潰れてしまう」と思う様になったという。


 そしてある日、自分の精神衛生の為に考え出したのが「いつかこの悪事を日本中に知らしめる為に、今は正義の為のスパイ活動をしているのだ」と自分に言い聞かせる事だったそうだ。


 それからは毎日自宅で日記をつけるようになり、そこには「誰から何を指示されて何を行ったか」「誰に会って、誰とどんな調整をして、何を取り決めたのか」を列記した後に、「どこの報道番組がどんな風に伝えたのか」を書いて行ったという。


 それは毎日続けられ、退職するまでの6年間、一日も欠かす事無く続けられたらしい。


 それらの日記はB5サイズのノートに書き溜められ、PCに入力する事はしなかったという。


 それは「PCは国家によって内容を盗撮されている可能性があるから」という事だそうだ。


 柴田には妻が居るそうだが、子供は居ないという。


 妻に危険が及ばない様に、仕事で得た情報は妻にも話した事は無いが、いつか自分が何等かの理由で死ぬ様な事があれば、その時は「に隠している日記帳を、誰にも知られないところで読む様に」と伝えているそうだ。


 その話に妻は「危険な事はしていない?」と心配をしていたそうだが、「外務省に危険はつきものらしい。きちんと上司の言いつけは守っているから、心配はいらないよ」と言って安心させたという。


 妻は何かを察した様に、「子供が出来なかったのは残念だけど、もしかしたら、その方が良かったのかも知れないね」と言ったそうで、柴田は妻の愛情から来るその言葉が、今も忘れられずにいるそうだ。


 柴田が日記に残した内容の中で、特に柴田が「問題だ」と感じた部分は、秋葉原のジャンク屋で見つけた、状態の良い中古のワープロを購入して、そこに入力して纏めているそうだ。


 インターネットに繋がっているデバイスでは、いつ情報を覗かれるかも知れないと心配した柴田は、そうしたインターネットに接続できない機器での記録をしているそうだ。


「で、ワープロのフロッピーディスクで抜き出してきた情報がここにあるんですが・・・」


 と言って柴田は透明なプラスチックケースに数十枚のフロッピーディスクが入っている箱を取り出して見せた。


「鮫沢さんからご連絡を頂いた日からコツコツとこのディスクにデータを移してたんですが、気付けば結構なデータ量になっていたみたいで、今日家を出るまでの間に全てのデータをコピーできた訳じゃないんですよ」


 そう言って自嘲気味に笑う柴田は、ポンポンとフロッピーが入ったケースを軽く叩き、「これは鮫沢教授に差し上げようと思って持ってきた物なので、ここでお渡ししちゃいますね」

 と言いながら、ケースを鮫沢に手渡した。


 鮫沢はケースを受け取ると、

「ワシが持っているより、佐藤さんが持って帰って、中身を調べた方がいいじゃろ」

 と言って柴田の顔を見返した。


 柴田は鮫沢の意図を汲み取り、


「そうですか、じゃあ、佐藤さんが持ち帰って頂いて結構ですよ」

 と言ってから、「ただし、この情報は絶対に外に漏れない様にお願いしますね」

 と付け加えた。


 俺は鮫沢からケースを手渡され、

「分かりました。貴重なものを、ありがとうございます」

 と礼を述べながら柴田を見返した。


「で、今回の大量自殺騒ぎの件ですが・・・」

 と柴田は俺の礼に軽く笑顔で応えながら、そう口を開いた。


「私の見立てでは、これはアメリカの仕業では無いかと思います」

 と柴田はそう続けた。


 まただ。


 またこの展開だ。


 同盟国であるアメリカが、どうしてこんな事をする必要があるのか。


 そう思っていた過去の自分なら、「ただの陰謀論だろ」と一蹴していたかも知れない話だ。


 しかし今は違う。


 先日の佐々木の話だけでなく、今や「元外務省官僚」という当事者からも同様の話が飛び出しているのだ。


 さすがに無視は出来ない。


「そう思う根拠は何ですか?」

 と俺は訊いてみた。


 柴田は少しだけ考える様な仕草をして見せたが、すぐに顔を上げると、

「そうとしか思えないからです」

 と答えてから、「その理由を語る前に、佐藤さんにお聞きしたい事があります」

 と続けた。


「何でしょう?」

 と俺が首を傾げると、


「佐藤さんは、『ディープステート』という言葉を聞いた事はありますか?」

 と訊いて来た。


「ええ、インターネットで色々調べている時に見ましたね」

 と答えて「ユダヤ人が集う、世界を経済的に支配している組織の事だと書かれていたと記憶していますが」

 と続けた。


 柴田はひとつ頷くと、

「ディープステートは実在します。毎年『ダボス会議』が行われている事はご存じですよね?」

 と言って俺を見た。


 ダボス会議と言えば、世界中の有力者がスイスのダボスに集って世界の情勢について話し合う会合の事だ。


 世界の経済や流行などについて話し合われているらしいが、その内容は非公開なので、俺達庶民にはその内容を知る術は無い。


「ええ、一応、知ってはいますが・・・」

 という俺を見て頷いた柴田は、


「そこに集って世界を動かしている連中の半分は、ディープステートの人間です」

 と言った。


「でも、ダボス会議の内容は非公開だとしても、参加者の名前までは伏せられていませんよね? そんな表立って陰謀を行うなんて事があるのでしょうか」

 という俺に、隣で俺達の問答を見ていた鮫沢が、


「あんたはまだまだ若いのう」

 と言ってニヤリと笑った。


「それはどういう・・・?」

 と俺が鮫沢の顔を見返すと、鮫沢は「ヒヒヒ・・・」と厭らしい声で笑いながら、


「ダボス会議に出てる連中の半分がディープステートなんじゃろ? その連中がどういう連中かを調べれば、おのずと意味は分かるじゃろ」

 と言って、もう一度「ヒヒヒ」と笑った。


 その連中がそういう連中かって・・・、ビジネスで大儲けして、世界を経済的に動かしている人達で、国家の政治にも影響を及ぼす程の力を持っていて・・・、それ以外に何かあるのか?


 俺が押し黙ったのを見かねたのか、柴田が助け舟を出してきた。


「佐藤さん、ダボス会議に参加している連中の半数、つまりディープステートの連中というのは、『金融、食糧、エネルギー、医療、情報』の業界を支配している人達なんですよ」


 金融、食糧、エネルギー、医療、情報・・・


 それらのどれが欠けても今の社会は立ち行かなくなってしまうだろう。


「佐藤さん、こんな言葉を知っていますか?」

 と柴田は俺の目を見ながら、「その昔、キッシンジャーという人が言った言葉なんですが、彼はこう言ったんです」

 と言って、鮫沢がこれ見よがしに差し出したペンを受け取ると、テーブルに置かれた紙にこう書いた。


【食糧の供給をコントロールする者が人々を制し、エネルギーをコントロールする者が大陸を制し、金融をコントロールする者が世界を制する】


「これはキッシンジャーが1970年に残した言葉なんですが、世界を改めて俯瞰ふかんして見てみると、世界は既に彼らに支配されているのだと気付きませんか?」


 そう言う柴田の言葉は、俺の頭の中で反響するようにグルグルと巡った。


 そんな俺を横目に、柴田は更に話を続けた。


「食糧を制する事で、人々を健康にも不健康にも出来ます。そして、人々を不健康にすればするほど、今度は医療が儲かります。そして膨れ上がった医療業界は、今度は情報媒体を使って、「この食品が身体にいいですよ」という嘘の情報を流布する。そしてその食品には特定の添加物を含ませて、それを人々に摂取させ続ける事で、人々の免疫力はどんどん落ちていくんです」


 俺は驚いたが、しかし納得するには情報が足りない気がした。


「しかし、そんな危険な添加物を『健康にいい』などと言っても、それが嘘だと分かる人には分かるんじゃないんでしょうか?」


 人々がそんな情報を鵜呑みにするほど愚かだとは思えなかった俺は、そんな事を訊いていたが、柴田は肩をすくめて苦笑すると、こう言った。


「その添加物を含んだ食品が安価な食品に含まれているとしたらどうでしょう?」


「というと?」


「この日本は30年に及ぶデフレ経済で、庶民の収入は減り続けています。そうした人が、毎日の食費を安く済ませる為に、添加物まみれの食品を手にする機会は増えるでしょう。中流階級と呼ばれる人達も、高給ブランドや高級車などで散財し、食費は庶民と変わらないなんて事も多いですよね。そうした人々は気付かないうちに添加物を身体に蓄積させ、気が付けば身体の免疫力が下がって、ちょっとした病気にもすぐにかかる様になります。するとどうでしょう、今度は医療が儲かるんです」


 確かにそうだ。


 その流れは分かる。


 だが、この話と「大量自殺」との関係が分からない。


 そんな俺の考えが見えてでも居る様に、柴田は更にこう言った。


「医療にかかると色々な薬を処方されますよね? その薬がクセ者でして、そうした薬を摂取する事で、症状の改善と引き換えに、ある物質が身体に溜め込まれて行く事になるんです。そして、その物質は人間の身体にある種の磁気を蓄えさせる事になるんですよ」


 磁気!?


 俺は驚いて柴田の顔を見ていた。


 俺の姿は他者には滑稽に見えたかも知れない。


 しかし、これまでの話が一つに繋がるのが分かった。


 鮫沢が見せてくれた酸化グラフェンという物質。それが電磁波によって操作される実験も目の当たりにした。そして、俺がこれまでに見た「黒いモヤ」が人間の身体に入り込む様なあの現象・・・


 何か幽霊やお化けの様なオカルトで済む話なのでは無かったというのか。


 確かに佐智子はインスタント食品ばかりを食べていた・・・


 しかし、菊子はそんな事は無かった。だがもしも、電車の運転手がそうした食生活をしていたとしたら・・・


「それが・・・、ディープステートの仕業だという事ですか?」


 俺が絞り出せたのは、その問いだけだった。


「はい。少なくとも私は、そう確信しています」


 柴田は、迷いの無い表情でそう答えたのだった・・・

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