第25話 始動

「嘘だろ・・・」


 俺は、まるで昭和にでもタイプスリップしたのではと言いたくなる様な建物の前に居た。


 間口が2間も無い様な小さな店で、シャッターが開き切らずに肩の高さより少し低いところで止まっている。


 昨日、柴田にフロッピーディスクを貰った時に、

「フロッピーディスクを読み込めるPCはありますか?」

 と問われ、


「いや、持ってませんが・・・」

 と俺が答えると、


「フロッピーディスクを読み込めるPCを買うなら、秋葉原にあるこの店に行くといいですよ」

 と言った柴田に、この店への行き方が掛かれたメモ用紙を手渡されたのだ。


 そこは秋葉原の裏通りにある小さな店で、PCパーツのジャンク品らしき物が棚に並べられている、俺にはあまり馴染みの無い雰囲気の店だった。


 俺は柴田の言いつけ通りにシャッターのフチを3度叩くと、背後から男の声で、

「いらっしゃい」

 と声がして、俺は驚いて振り返った。


「イルイルさんから聞いてますよ。佐藤さんですよね?」


 そう言う男は40代半ばの小太りな男で、少したるんだ身体に、龍の刺しゅうが入ったスカジャンを着ていた。

 髪はポマードでも塗っているのか、脂ぎっていて日光が反射している。


 まるで昭和のロックンローラーの様な出で立ちの割に、丸顔で童顔にも見えるが、細い目の奥に見える瞳は力強く、少し威圧感さえ感じる。


「あの・・・、あなたがここの店主さんですか?」


 俺がそう訊くと、男は「そうです」と言いながら頷き、身体をかがめて半開きのシャッターをくぐる様にして中に入ると、顔だけこちらに出して、


「ちょっと窮屈きゅうくつですが、ここから中に入ってもらえますか?」


 と言って俺を中に入る様に促した。


 薄暗い店内にはいくつかのスチール棚が並んでおり、色々なジャンク品が棚の上に展示されている。


 ジャンク品はどれも古い機械の様だが、手入れはきちんとされている様で、埃をかぶっているようなものは見当たらない。


 古い物を綺麗に扱う様は、彼の格好とも通じるところがあるのかも知れない。


 そんな事を思いながら店内をキョロキョロと見回しているうちに、店の奥の蛍光灯がチカチカと数回瞬き、ブゥゥンという音を立ててから点灯するのが分かった。


 明かりの点いた方を見ると、先ほどの男がスチール棚にもたれて立ちながらこちらを向き、


「初めまして。この店のオーナーをしている『ナチョス』といいます」


 と軽くお辞儀をしながら名乗った。


「ナチョス?」

 と俺は本名では無さそうなその名に、つい訊き返してしまったが、ナチョスと名乗ったその男は、


「あ、本名は田中というんですが、ミステリアスな方がいいかと思いまして、ハンドルネームの方で名乗らせて頂きました」

 と言いながら、ポリポリと頭を掻いて照れくさそうに笑っていた。


「そうでしたか。既にご存じの様ですが、私は佐藤です。柴田さん・・・、いや、イルイルさんでしたか? そのイルイルさんのご紹介でこちらに伺ったんですが・・・」


 俺がそう言うと、ナチョスは何度か頷き、


「ええ、聞いてますよ。MS-DOSのマシンを探しているんですよね?」

 と言って、店の奥にある蓋の開いた段ボール箱を指さし、「もうそこに準備していますんで、念のため実物を確認してもらえますか?」

 と、俺を段ボールの元に来るよう促した。


 段ボール箱の中には、いかにも古そうなパソコンが1台と、液晶ディスプレイらしきものが入っており、他にもキーボードやマウス、電源ケーブル等も同梱されていた。


「PC98っていう昭和のマシンをベースに、私の方でパーツを交換して組み上げておきましたよ」

 と言うナチョスの表情は楽しげだ。


 おそらく、昔からこうした機械イジリが大好きなのだろう。


 こういう人が組み上げたPCなら心配はいらないだろう。


 俺はすぐに購入しようとジャケットの内ポケットから財布を取り出し、


「ありがとうございます。おいくらになりますか?」

 と訊いた。


 するとナチョスは驚いた様に、

「ああ、もう買っちゃうんですか?」

 と言って目を丸くした。


「どういう事です?」

 と俺が訊くと、ナチョスは近くの棚の端に置かれていたフラットファイルを手にして、


「イルイルさんからは、今回の自殺騒ぎについて、知っている事を教えてやってほしいと、そう聞いていたもんですから」

 と言いながら肩をすくめて見せた。


「あなたも何か情報をお持ちなんですか?」


「情報をお持ちも何も・・・、イルイルさんを手伝って色々な情報をまとめたのは僕ですよ」


 何と、そうだったのか!


 俺は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに真顔に戻り、


「そうだったんですね、柴田さ・・・、イルイルさんのお話はとても参考になりました。それはナチョスさんの仕事だったんですね・・・」


「ええ、フロッピーディスクにデータを保存したのも僕ですし、インターネットに繋がないPCを組み上げたのも僕ですよ」


 そう言って腕を組みながらふんぞり返るナチョスの姿は、まるで漫画に出て来る何かのキャラクターの様にも見えた。


「もし、お時間がある様でしたら、色々お話を伺えればうれしいのですが・・・」

 俺がそう訊くと、ナチョスは何度も頷きながら、


「ええ! ええ! 勿論オッケーですよ!」

 と言いながら店舗の奥の扉を開け、「こっちに休憩室がありましてね、お茶も湧かせるんで、こちらでお話をしましょう!」


 と言って、何故だか嬉しそうに俺を手招きしていたのだった。


 --------------


「なるほど・・・」


 ナチョスの話はとても興味深かった。

 そして、彼特有のユーモアのセンスなのか、テンポ良く、ジョークも交えた語りはとても聞きやすかった。


 ナチョスの話を聞く前に、まずは俺が経験した事を順を追って話したのだが、ナチョスは俺の話に頷きながら、


「そうですよね~。あの黒いモヤとか、何でみんな気付かないのか不思議ですよね~」

 などと共感していたり、俺の話すペースに合わせて「うんうん、分かります」「それは大変でしたね~」と表情をコロコロを変えながら応えてくれるのも、不思議と心地よかった。


 俺の話が一通り終わった後は、ナチョスがこれまでに見てきた事、身の回りで起こった事、情報を集めて分かった事、イルイルが運営する『陰謀論者の集い』で主導して情報を提供してきた事などを聞き、そして、ナチョスの考察についても語っていた。


 ナチョスの話によると、イルイルこと柴田が外務省の官僚をしている頃からの顔馴染みで、柴田が初めてこの店に来て、

「インターネットに繋がらない、昔のパソコンで、ちゃんと動くものはありますか?」

 と訊いてきたそうな。


 ナチョスは柴田の表情から、「これは陰謀の臭いがする」とすぐに思ったらしい。


 そこで

「どんなデータを扱いますか?」

 と訊くと、

「極秘です」

 と答えたらしい。


 普通は、「エクセルやワード等の軽いデータです」とか「画像や映像データです」と答えるところを、よりによって「極秘です」等と言うものだから、ナチョスは「ああ、もう確定だな」と確信したのだとか。


 そこで、今回俺が購入したのと同じ様な、高スペックなのにOSがウインドウズ98だというマシンを組み上げ、古いオフィスソフトをインストールして販売したそうだ。


 その後ナチョスは思い付きで柴田に色々な陰謀論の話を持ちかけたらしいのだが、その時の柴田の反応から、「もしかしたら、本物の当事者かも知れない」と思い、「陰謀論者の集い」という交流サイトを作って柴田に運営させているのだという。


 つまりは、柴田が管理しているサイトを作ったのもナチョスだったという事だ。


 で、大量自殺事件とでも言うしか無い今回の出来事については、ナチョスはこう考えていたという。


「これは、人口削減計画のひとつであり、日本の首都が実験場に選ばれたのだ」


 と…


 まさに、先日イルイルこと柴田が言っていた事とも重なる話だ。


 人口削減計画。


 こんなバカげた話がある訳が無い。


 先月までの俺ならそう思っただろう。


 しかし、自分自身でも独自に調べ、都庁の佐々木とも情報交換し、鮫沢教授の実験を見せられ、そして元官僚の柴田が見てきた政府の裏の世界を垣間見てきた今の俺は、ナチョスの話の方が「公開されている情報よりも、辻褄が合う」と感じるのだ。


 つまり、いわゆる「ディープステート」とやらは「人口削減計画」を実行中で、これまで様々なプロパガンダによって戦争を起こし、戦争によって調整されてきた人口を、今は感染症や災害、そして「自殺」によって調整しているのだという訳だ。


 本当にそうだ。


 今の俺は本気でそう思っている。


 時代と共に医療が進歩してきたにも関わらず、どうしてガン患者は増える一方なんだ?


 特定保健食品などという「体に良い食品」とされるものが沢山流通しているのに、どうして人々は「免疫力低下」が起きているんだ?


 世界を騒がせる様な感染症の時は、やたらと推奨されるワクチンだが、副反応による死亡リスクが高いにも関わらず、どうして政府は止めようとしないんだ?


 つまりは、みんなグルなのだ。


 今の政府はディープステートの思惑によって動いている。


 そこで働く公務員の殆どが「それとは気付かず」に加担している。


 何と罪深い社会なのだろう。


 そして、ナチョスはこうも言った。


「この世の中を動かしているのは、つまりは永遠に金を稼げる仕組みを持っている者達だという事なんですよ」


 そう言ったナチョスの顔は険しく、そして真剣だった。


 明るく楽し気に話してくれたこれまでの調子とは違う。


 まるで、「この世の中を動かしている者達」が目の前にでも居るかの様に、怒りさえ感じる表情だ。


「佐藤さん。あなたが本気でこの敵を倒すつもりなら、僕は全力で支援しますよ」


 その言葉がどれほど心強いものか、俺は後に思い知る事になるのだろうな。


「ええ、私は本気ですよ。恋人を殺され、友人が巻き込まれ、隣人は私の目の前で死んだ。街に出ればあちこちで事件が起きている・・・」

 俺はそう言いながら自分の声が震えているのを感じていた。


 これが恐怖によるものなのか、怒りによるものなのか、それとも武者震いなのかは分からない。


 しかし、鮫沢、柴田、ナチョスが協力者としてサポートしてくれるのならば、もはや失うものなど何もない俺の命を賭ける事など、大した事では無い様にも感じていた。


「倒せる相手かどうかは分かりませんが、止めましょう。この地獄の様な世の中を!」


 俺はそう言いながらナチョスに右手を差し出し、ナチョスはその右手を力いっぱい握り返した。


「じゃあ、このPCは僕からのプレゼントにさせてもらいましょう。で、フロッピーディスクのデータをまとめた外付けハードディスクがあるので、それも持って行って下さい」


 ナチョスはそう言って、休憩室の流し台の下にある洗剤の箱を取りだし、中から、乾燥材の袋に包まれたハードディスクを取り出すと、それをそのまま俺に手渡した。


「ありがとう。でも、あなたにもこれらのデータは必要でしょう?」

 と俺は少し心配になって訊いてみると、ナチョスは「大丈夫」と言いながら首を振り、


「これと同じ物を、他に2つ持っているので大丈夫ですよ」

 と言って笑い、「情報の隠し場所は、ここだけじゃないんですからね」

 と言ってガハハと笑った。


「フロッピーディスクは、もしがあなたの自宅を荒らしに来た時にでも渡してやればいいですよ。このハードディスクを守る為に、それくらいの保険をかけておいた方がいいですからね」


 なるほど。


 恐らく柴田も同様なのだろう。


 このフロッピーディスクを手渡した時にも、その様子を誰かに監視されている可能性を疑っていたのだろう。


 事実、ナチョスは外付けハードディスクを俺のジャケットの内ポケットに入れる様にアドバイスをしてくれた。


 暴漢がPCを盗んだとしても、ハードディスクは守られるからという事なのだろう。


 まるでスパイ映画か何かの様な展開に、俺自身いまだ戸惑ってはいるが、もう乗りかかった船だ。


 後戻りをするつもりは無い。


 そして、とうとう始まるのだ。


 俺達の、反逆が。

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