第33話 聖夜の騒乱

 2018年12月24日(月)16時24分。


 俺はナチョスの店の押入れの奥にある「秘密基地」に居た。


 これまでの2週間で、ナチョスは全てのDMへの返信を確認したそうだ。


 結果、DMの返信は9万216通。


 協力者の数は、延べ1200万人に及ぶそうだ。


 数字だけを見れば「日本国民の10人に一人が協力者」という事になるが、勿論重複した者が大半を占めるだろうから、実際の人数はもっと少ない。


 そこでナチョスは追加のDMで、各々の協力者に「協力要請に回答した数」を質問したらしい。


 結果、約120万人が実際の協力者だったという事が分かったらしいが、それでもものすごい数には違い無い。


 俺達が集めた情報はナチョスが分かりやすく整理してくれたようで、整理した資料をダウンロードできる様に、数日前にナチョスが皆にURLを送ったそうだ。


 ダウンロード数は協力者の実数に近い118万6千人程だそうで、動画配信者やブログのライターなどが、その情報を基に色々と記事を書いたり動画を作成したりしている筈だ。


 いくつかの動画配信者は、生配信でこれらの情報を解説する為の準備をしているという事らしい。


「・・・いよいよですね」


 自分でも気付かないうちに興奮していたのか、俺は無意識にそう口走っていた。


「ええ、いよいよですよ」

 と答えたナチョスは、真剣なまなざしで画面を見ながら、ナチョス自身が公開する情報についての最終確認をしている様だった。


 ナチョスが公開する情報は主にワクチンに関するものらしい。

 厚生労働省が公開していない情報からも、柴田が入手した外務省の極秘データから多くの情報を得ており、子宮頸がんワクチンの中には不妊になりやすくなるアジュバンドという成分が入っている事に加え、保存料として水銀化合物が使われている事なども解明した資料を公開するそうだ。


 アジュバンドといえば、ペットの去勢に使われる薬品なので、人間がその薬品を投与されれば、不妊になるのも頷ける。

 さらに水銀化合物が入っているというが、水銀といえば脳にダメージを与える猛毒だ。過去に九州地方で水俣病を発症させた原因になった事が分かっている。


 そうした様々な情報を整理し、分かりやすく図解した資料をナチョスは独自に作り上げていた。


 今日は俺がここに到着した朝から、食事もせずにこの作業に取り組んでいたので、二人とも何度もお腹を鳴らしながらも食事をとる事はしていなかった。


 俺の右手は未だにギプスを巻いたままだが、痛みは随分と無くなっていた。


 昨日病院でレントゲン検査をしてもらったのだが、骨の方は順調に回復している様だ。


 ・・・人間の身体とは不思議だ。


 こんな大けがも、時間の経過と共に回復する事が出来るのだから。


 肉体の遺伝子レベルでそうした能力が全ての人に備わっており、きちんと栄養のある食事を心がけて入れば、その機能は死ぬまで維持されるのだ。


 人間とは誰に教わった訳でも無いのに「生きよう」とする本能が備わっており、ケガや病気になっても、栄養をとって身体を休ませてやれば、ちゃんと修復しようと頑張ってくれる。


 折れた骨も繋がるし、開いた傷も塞がるのだ。


 なのに、そんな自然の摂理に逆らって「自ら死ぬ行為」を行わせる技術が、この世界には確かにある。


 今回の様な「黒いモヤ」はトリガーの一つに過ぎず、この日本社会の色々なところにそうした原因がゴロゴロとあることも今回の情報収集によって知る事が出来た。


 食については特にそうだ。


 野菜は有毒な農薬によって汚染されている事が分かった。

 農家の仕事を楽にする為という大義名分で、農地に生える雑草を枯れさせる「枯葉剤」という農薬が流通している事が分かったのだ。


 その枯葉剤は、野菜等も一緒に枯れさせてしまう事も分かっている。


 なので、農薬メーカーは「枯葉剤では枯れない様に、遺伝子を組み替えた種子」を販売し、その種子によって野菜や穀物を育てる様に農家に勧めて来たのだ。


 その結果、日本国内の野菜や穀物の大半が遺伝子組み換え作物にとって代わっていた。


 肉や魚も無事では無かった。


 スーパーに並ぶ肉や魚には、様々な保存料が使われていた。


 綺麗に見える刺身などは、そう見える様に加工されたものだったし、色あざやかな肉も同じだった。


 インスタント食品やレトルト食品などは特にそうだ。


 様々な食品添加物が加えられ、それらが人間の身体を蝕む事は、厚生労働省も分かった上で認可していた。


「ただちに人体に影響はない」


 という方便でごまかされてきたが、「ただちに」影響がなくとも、それは確実に人間の身体に蓄積されてゆき、「やがては」大きな影響を及ぼすものだったのだ。


 医療業界も酷いものだった。


 食べ物によって蝕まれた人々は、やがて病気になって病院に行く。


 西洋医学が広く取り入れられた日本の医療業界は、対症療法としては優秀な反面、根本治療についてはほとんど行われていなかった。


 製薬業界との癒着によって、いかに薬を処方するかという「ビジネス」と化しており、本来の医師の本分である筈の「人の命を守る」という業界では、既に無くなっていたのだ。


 戦後の日本が歩んだ復興の道は、勤勉な日本人の働きによって世界にも大きな影響を与えて来た。


 しかしそれは昭和時代までで、平成の時代には、外国資本によって日本の経済は浸食されていった。


 俺が務めていた外資系金融機関もそんな戦犯の一つだった。


 日本の法律の抜け穴を使って、様々な不正を行い、一部の人間だけが肥え太る様なお金の流れを作っていた。


 日本政府もその事実を知りながら、法律の抜け穴をわざと作っていた事もうかがい知る事が出来る。


 政治家達は外国勢力にそうした要望を突き付けられ、官僚達にもそうした圧力がかかっていた。


 勿論そこにはお金の流れが発生していた。


 柴田の様に、そうした事実を知って官僚を辞めた者も多くいるそうだが、それでもほとんどの官僚は、自らの生活のためにと悪事に加担し、裏で利益を得ながら同胞である筈の日本国民を食い物にしてきたのだ。


 ナチョス達ロストジェネレーションなどはいい例だ。


 外国資本の思惑で、いわば人体実験とも言えるような様々な実験動物にされてきた世代だといっても過言では無いだろう。


 経済的困窮によっておこるストレスの増幅。


 それにより免疫力が低下した多くの人々。


 そこに安価で入手できる添加物まみれの食料。


 それしか購入できない貧しい人々は、そうした食料を摂取して身体を蝕んでゆく。


 病気になれば、病院で診断を受ける度に医薬品を薦められ、言われた通りに薬を飲めば、目の前の症状は緩和されても、その他の疾患が新たに生まれるという悪循環。


 それらはアメリカの経済界によって作られたが、軍需産業が主体のアメリカでは「戦争」が無ければ兵器産業が潤わない。


 そこで日本には隣国との不和を起こさせ、メディアを使って国民感情を揺さぶり、隣国への不信感を醸成してゆく。


 そうして「戦争が起きるかも」という不安を国民に与え、アメリカの兵器を日本に買わせる口実にしてゆく。


 そうして日本国民は税金を徴収され、その額は年々増えていく。


 高額の税金を納める国民は「有能な奴隷」として生かされ、税金を払えない国民は、病気や自殺などの、何等かの方法で死に至らしめてゆく。


 これらの流れは全て、日本の一部の政治家や官僚の裏切りによって行われており、それをコントロールしているのが外国資本だという事が、今回暴露する情報で明らかになる訳だ。


 ・・・今夜はとんでも無い騒乱が起こるかも知れない。


 テレビはこれらの騒乱を報道するだろうか?


 それとも政治的圧力によってもみ消されるのかも知れない。


 しかし、圧倒的数の力で人々が情報に触れる事になったならば、それはもうメディアが無視できる規模では無くなる事だろう。


 政権与党が政治資金パーティーで外国資本から資金を得ている事も分かっている。


 これは犯罪行為だ。


 外国資本によって日本の政治が左右される事があってはならないという建前で、外国人からの献金が禁止されているからだ。


 しかし政権与党は20万円以下の寄付に情報公開が不要である旨の措置をとっている。


 つまりは、20万円の資金を1000個に分けて寄付すれば、2億円の資金を得ても情報は隠ぺいできる訳だ。


 そんな裏技を外国資本にも教え、その方法で外国資本家から資金流入を図って来た政権与党は、彼らの要望を着実に実現してゆき、日本において長期にわたる政権を担う事を許されてきたのだろう。


 しかし、日本は経済的に大きく疲弊している


 国民の困窮率は増加し続け、もはや奴隷として生きる事さえ辛くなってきた現在において、いつ爆発してもおかしくない国民の不満は、今も火種となってくすぶっているのだ。


 そこに今回の大量の暴露情報を投下したらどうなるのだろう。


 それらの不満は爆発し、政府は大混乱に陥るだろう。


 もしもメディアが報道しなかったとしても、インターネットによって世界中が繋がっているのだ。


 海外に住む日本人もこの情報に触れる事になるだろう。


 そしてそれは瞬く間に世界中に広がるに違いない。


 そうなった時、「敵」はどのように動くだろうか?


 インターネットを切断する訳にもいかず、情報をデマだと決めつけるには、デマではない事を示す証拠が多すぎる。


 メディアは隠ぺいできないと知ればやむなく報道を始めるだろう。


 そこでどんなプロパガンダが行われようと、この情報量に対処するのは無理な筈だ。


 騒乱、騒乱、騒乱。


 もう騒乱が起きる景色しか、俺には想像できない。


 ならば起きてしまえばいい。


 世界を揺るがす程の騒乱が・・・


 ピピピ・・・、とナチョスのスマートフォンからアラームが鳴った。


 時計を見れば18時になっている。


「さてと・・・、そろそろ始めますか!」


 そう言ったナチョスが、力強くキーボードのエンターキーを叩く。


 PCの画面では、アップロードした情報が一般公開された事を示すランプが点灯した。


 ナチョスの元には沢山のDMが届きだす。


「公開しました!」

「ブログ公開しました!」

「動画が公開されました!」

「生配信なう」

「リア充に鉄槌を!」

「日本国よ生まれ変われ!」

「日本政府爆発しろ!」

「再び日が昇る日本に!」

 ……


 どこまでも続くDMの受信は、時間の経過と共に画面の右端を埋めてゆく。


「凄い! 始まったんですね!」


 120万人中のどれだけが実際に情報を公開してくれるかは分からない。


 しかし、少なくとも未読DMの数を示す数字は18時10分の時点で3000通を超えて今も尚物凄い勢いで数字が増えている。


「もう止まりませんよ!」


「ええ! 行けるところまで行きましょう!」


 増え続ける数字を見ながら、ナチョスが嗚咽おえつを漏らし始めた。


芳江よしえさん・・・、必ず仇をとりますからね!」


 芳江というのがナチョスの恋人だった女性の名前なのだろう。


 俺もそれにつられたのか、


「佐智子・・・」

 と不意に声が漏れていた。


 圧倒的な「数の力」は、音もたてずに増加を続け、DMの数はあっという間に1万通を超えた。


「佐藤さん、腹が減りましたね」

 とナチョスが涙を拭きながらそう言った。


 俺は頷きながら、

「そうですね」

 と言いながら身体を起こし、「街の様子見も兼ねて、どこかに食べに行きましょうか」

 と促した。


「いいですね。そうしましょう」

 とナチョスも身体を起こし、「イテテ・・・」

 と言いながら腰をさすっていた。


「今日はずっと座ってたから、突然立ち上がろうとしたせいで腰が痛いや」

 と苦笑しながらそう言うナチョスは、それでも表情は清々しかった。


 矢は放たれたのだ。


 120万を超える情報の矢が。


「どこかテレビがある店がいいですね。この時間でも定食屋とかが開いていればいいんですが・・・」

 と言う俺に、ナチョスはゆっくりと身体を起こしながら、


「いい店がありますよ。私の行きつけなので、そこにしましょう」

 と言って、大きく伸びをしたのだった・・・


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「臨時ニュースです。内閣官房長官が先ほど、インターネット上に公開された様々な情報について、会見を開くとの発表を行いました」


 俺達がナチョスの行きつけだと言っていた定食屋に入ってから、1時間以上経過していた。


 時計を見れば19時32分。


 定食屋は20人くらい入れるくらいの小さな店で、中年の主人が一人で切り盛りしている店の様だった。


「ここの店主と僕は同い年でね、暇な時はここで飯を食べながら、よく話してるんですよ」

 とナチョスが言っていた通り、店主はナチョスが店に入るなり、一番落ち着けそうな壁際のテーブル席に通してくれた。


 他にはぜんぜん客が無く、


「今日は空いてるね」

 というナチョスの言葉に、店主は肩をすくめて、

「そりゃそうだ。クリスマスだもんよ」

 と言って笑っていた。


「今日くらい、店を休んでも良かったんじゃないんですか?」

 と俺が訊くと、店主は首を横に振って、


「あたしゃ独り者なもんでね。家に居ても気が滅入るだけだし、店をやってた方が、同じ独り者と語らえていいと思ったんだよ」

 と言っていたが、他に客は居ない様で、「これじゃ自宅と変わらないかも知れませんがね」

 と笑っていた。


 料理は洋食を中心とした家庭料理で、今回は唐揚げとエビフライの盛り合わせを肴に、ナポリタンを食べる事にした。


 食べ終わった後も雑談を続けていたが、

「大将、テレビのチャンネル変えてもいいかい?」

 とナチョスが声を上げたのをきっかけに、ナチョスが店主に借りたリモコンで、チャンネルを変えていた。


 それをしばらく続けていたが、チャンネルがNHKに変わった瞬間に、臨時ニュースとして先ほどの報道が流されたのだった。


「動き出したな」


 ナチョスがそうつぶやくのを聞いて、店主がナチョスの顔を見た。


「何の話だい?」

 と訊く店主の声に、画面から目を離さないままにナチョスは、満面の笑みを作ってこう言った。


「これから日本がひっくり返るって話だよ!」


 呆気にとられた店主は、しばらくあんぐりと口を開けて呆けていたが、やがて肩をすくめると俺の方を見て、


「変わった人だろ?」

 と苦笑した。


 俺は笑顔を返しながら、


「ええ、だけど、少し変わってるくらいの方が、僕はいいと思いますよ」

 と言ってやったのだった・・・

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