第34話 幽霊の仕業

 クリスマスイヴの夜から俺とナチョスは食堂のテレビを見ながら朝を迎える事になっていた。


 食堂のテレビから流れる内閣官房長官の会見ライブ映像を見るうちに、他の客が居ないのをいいことに食堂の主人もテレビに見入ってしまい、結局は店を早仕舞いして俺達と一緒に今回の騒動について語り合う事になったのだった。


 記者会見は昨日の21時に始まり、他のテレビ局も緊急特番としてこの事を報じる動きを見せた。


「えー、現在は情報の真偽を確認するべく、各省庁にその旨を通達し、その結果を踏まえて対応する所存です」


 会見の時間は30分を予定していたらしいが、内閣官房長官の放った余計な一言が事態を炎上させた。


 きっかけは、詰めかけた記者の質問だった。


「今回の首都圏を騒がせた大量自殺につきまして、政府が関与しているという証拠が次々と明るみに出ていますが、官房長官がそこに関わっていたという事はあるのでしょうか」


 恐らく、そこにいた誰もが気になっていた事だろう。


 しかし、国会にいる番記者というのは、大抵は政権与党の閣僚と裏で口裏合わせをしているもので、政権を揺るがす様な余計な質問はしないというのが暗黙のルールになっている。


 しかし、その記者がまだ経験の浅い者だったのか、それとも突然の記者会見でそうした裏調整が出来なかったのか、よりにもよって生中継のカメラが入る会見の場で、その質問が投げかけられた。


 何も関与が無ければ「ありません」と答えるだろう。もし関与があれば・・・


 誰もがそう思っている中、内閣官房長官が発した言葉は、


「今回の一連の事件につきまして、政府は『幽霊のようなものの仕業』と考えておりまして、政治的な意図や関係についてはお答えできません」


 というものだった。


 会見会場で大きな騒めきが起こった。


 テレビ中継を見ていた俺も、


「何だそれは!」

 と大声を上げていた。


 定食屋の主人も呆気にとられたように、


「何を言ってるんだコイツは?」

 と声を漏らしていた。


 政府の会見で「幽霊の仕業」だなどと、オカルト番組でもないのに、真面目な顔でそんな事を言われても、記者は勿論、テレビを見ている人々が信じる訳が無い。


 そんな中でナチョスが突然ワハハと大笑いを上げ、


「これはいい! すごくいい流れだ!」

 と言いながら「大将、ビール貰える?」

 と注文をしていた。


「ちょ、ちょっとナチョスさん。どういう事です?」

 と俺は訳が分からずにそう訊くと、


「佐藤さん、こんなバカな発言をした会見が、炎上しない訳が無いでしょう?」

 と満面の笑みでそう言っている。


 なるほど、確かにそうかも知れない。


 こんなバカげた会見を、ネット民が放っておく訳が無い。


「つまり、日本中でこの件が話題になると?」

 と俺が訊くと、ナチョスは大きく頷き、


「ええ! もしかしたら、世界中で話題になるかも知れませんよ」

 と言って、大きなガッツポーズをしたかと思うと「ざまぁ見やがれ!」

 と大声で叫んでいた。


「ほい、ビールお待ちどう」

 店主が新しいビールジョッキをテーブルに置くと、「何がそんなに嬉しいんだい?」

 とナチョスに訊いた。


 ナチョスは運ばれたビールをグビグビと半分くらい飲むと、「プハーッ!」と盛大に息を吐き、


「言ったろ? 日本がひっくり返るってさ!」

 と言って手を叩いた。


「ああ、さっきそんな事言ってた気がするけど、日本がひっくり返って、何がそんなに嬉しいんだい?」

 と意味が解らないといった表情の店主に、ナチョスは、


「諸悪の根源を一網打尽に出来るって事さ!」

 と言って、再びビールジョッキを手にすると、残りのビールをイッキに飲み干したのだった。


 その後もキョトンとしている店主に、俺は事の顛末を話して聞かせた。


 俺の恋人が集団自殺の被害者になった事。ナチョスの恋人がワクチンの犠牲者になった事。


 そうした中で、店主も妻が不妊だという悩みを抱えていた事が分かり、その原因が、政府が推奨してきたワクチンにあるという証拠がネット上に一斉に公開されているという話をすると、店主も徐々に興奮してきたのか、


「よっしゃ! もう今日は店仕舞いだ! 朝まで飲もう!」


 という事になったのだった。


 会見は予定を大きく超えて、23時まで続いた。


 最後は記者の追求を無視して、内閣官房長官は逃げる様に会見を打ち切って退室してしまった。


「ちゃんと答えて下さい!」

「逃げるのか!」


 そうした怒号が会見会場に溢れていた。


 NHKではその後番組は終了してしまったが、他のチャンネルに変えると、放送予定を変更して特番が始まっていた。


 そう、俺達はメディアを動かしたのだ。


 インターネットだけでも相当な効果があったにも関わらず、テレビ報道をジャックする事が出来た今、ナチョスの言う通り、日本がひっくり返る騒ぎになる事は間違いないだろう。


 報道特番は深夜3時まで続いた局もあり、その番組の中でコメンテーターとして「超常現象研究家」なる女性が席に座っていた。


 それを見たナチョスが、

「おー! チロリンさんだ!」

 と声を上げる。


「ご存じの方なんですか?」

 と俺が訊くと、ナチョスは大きく頷いて、


「知ってるも何も、イルイルさんが運営している陰謀論者の集いのメンバーですよ」

 と言ってテレビに顔を向けた。


 イルイルと言えば、柴田の事だ。


 そして、あのサイトを作ったのがナチョスな訳だから、当然メンバーの事はよく知っているのだろう。


 ナチョスが整理した情報は当然チロリンと呼ばれた女も見ている筈だ。


 つまり、全ての情報を知っている者がテレビの生放送に出演しているという状況な訳だ。


 テレビ局はそんな事を知らずに出演を依頼したのだろうが、これは・・・


 俺がそんな事を思いながらナチョスを見ると、ナチョスは食い入る様にテレビ画面に見入っていた。


 ナチョスも俺と同じ思いなのだろう。


 チロリンが生放送のテレビで何を言うのか。


 千載一遇のこのチャンスをどう活かしてくれるのか。


 放送が続く中、ようやく番組司会者がチロリンに発言を求める機会がやってきた。


「政府の『幽霊の仕業』発言について、チロリンさんはどのようにお考えになりますか?」


 超常現象研究家などというオカルトチックな肩書に似合わず、テレビでもチロリンと名乗っているショートヘアのその女は、歳の頃30歳前後で快活な印象を俺に与えた。


 ちょっと雰囲気が菊子に似ているかも知れないな・・・


 そんな事を思いながら俺達がテレビ画面を見ている中で、チロリンは司会者の質問に、こう答えていた。


「私は超常現象について研究していますが、様々な超常現象と呼ばれる不可解な現象も、たいていは科学的に説明できる事が多いのが現実です。今回インターネット上に公開された膨大な量の情報を私も確認してみましたが、その中には今回の大量自殺に関する原因について、科学的に証明した資料も多くあり、決して『幽霊』なるものの仕業とは思えません」


「では、何が原因だと考えますか?」

 との司会者の質問に、チロリンはカメラ目線でこう答えた。


「兵器によるものと断定できると考えています」


 スタジオはその言葉に騒然となっていた。


 他の出演者が、

「いやいや、兵器なんて事は無いでしょう! 本当に兵器によるものだとしたら、これはテロだという事になりますよ?」

 と声を荒げる者が居たが、チロリンは平然と、


「ええ、これはテロだと思います」

 と答えていた。


「落ち着いて下さい! チロリンさんの主張はよく解りました。今度は別な方の意見も聞いてみましょう」

 と、その場をとりなす様な進行に四苦八苦しているようだったが、チロリンのこの発言があった直後、インターネット上はこの話題で盛り上がっていた様だ。


 ナチョスのスマートフォンにはSNSからの通知が連続して鳴っており、それは朝まで鳴りやむ事は無かった。


 そんな中、テレビ画面に「速報」としてテロップが流れた。


【総務大臣が死亡 自殺か】


 緊急特番を放送していた画面は、突然ニューススタジオの画面に切り替わった。


「番組の途中ですが、速報です。先ほど、総務大臣の溝口健次郎氏が、自宅で死亡している事が分かりました。妻の通報によるものと見られ、現場に駆け付けた警察の発表によると、大量の睡眠薬を摂取した痕跡がある事から、自殺の可能性が高いという事です」


 衝撃的なニュースだ。


 しかし、俺の中には不謹慎にも歓喜の思いが湧き上がっていた。


 総務大臣といえば、国内の通信事業に関わるトップだ。


 HAARPなる電磁波攻撃に関して無関係である筈が無い。


 これはある意味、政府の関与があったという事実を証明するに等しい。


 テレビ画面は緊急特番のスタジオに戻っていて、今の速報を受けて更に騒然としていた。


 冷静なのはチロリンだけで、総務大臣の自殺という衝撃的なニュースにも関わらず、


「これは、政府が関与していたって事で、ほぼ確定って事じゃないですか?」

 と話していた。


「いや、チロリンさん。まだ断定できる事では無いので、そうした発言はちょっと・・・」

 と場の混乱を治めようと必死になっている司会者に、


「では、このタイミングでの突然の自殺の原因を、誰か説明できますか?」

 と、毅然と言い放つチロリンの姿があった。


 画面を見ていたナチョスが何度も大きく頷きながら、


「そうそう! まったくその通りだよチロリンさん!」

 と言いながらスマートフィンを操作し、今より若い姿のナチョスと寄り添う様に写っている若い女性の写真を画面いっぱいに拡大していた。


 そしてスマートフォンを胸に抱く様にして画面をテレビの方に向けており、それはまるで遺影を抱いている遺族の様でもあった。


 この写真の女性が、ナチョスの恋人だった人なのだろう。


 今のナチョスは、政府に殺された恋人と共に、政府が滅んでいく様を見ている気分なのかも知れない。


 心なしか、ナチョスの瞳が潤んでいる様にも見える。


 深夜3時、緊急特番はまとまりが無いままに終了し、テレビを消した店内には静寂が漂っていた。


「えらい事になったね」

 静寂を破ったのは店主だった。「これから日本はどうなっちまうんだろうな」

 と言いながら腕を組んだ店主は、ナチョスと俺の顔を交互に見ながらそう漏らした。


「俺の恋人を殺した奴らが今まで平気な顔で生きていた方がおかしいんだ。こんな政府、一度滅んだ方がいいんだよ」


 そう言うナチョスだったが、しばらく腕を組んで考えた後、


「とはいえ、なる様にしかならないだろうから、朝になったら街の様子でも見に行こうかね」

 と言いながら、大きなあくびをして見せた。


 そういえば随分と夜更かしをしてしまった。


 ビールを飲んだせいもあると思うが、俺も少し眠い。


「とりあえず、嫁さんが怒ってるだろうから、俺は一旦家に帰るよ」

 と店主がそう言いながらテーブルの上を片付けだした。


「そうですね、遅くまですみませんでした」

 と俺はそう言って頭を下げ、食器を片付けるのを手伝おうとしたが、右手のギプスを見てため息をつきながら、「お手伝いできなくてスミマセン」

 と言うしか出来なかった。


「佐藤さんが悪い訳じゃないだろ? そのケガだって、あいつらにやられたんだから」


 そう言ってナチョスが立ち上がり、代わりにテーブルの片づけを手伝っていた。


「大将、奥さんには俺のせいで遅くなったって言っておいてくれていいよ」

 とナチョスが笑いながらそう言うと、


「当然だ。そう言うつもりだったよ」

 と笑って返した。


「始発まではまだ時間がありますが、どうしますか?」

 と俺がナチョスにそう訊くと、


「とりあえず、俺の店に戻って仮眠しますか」

 と言って、右手に店の鍵を持ってチャラチャラと振って見せた。


 俺は自宅に帰る事もできたかも知れないが、ここまで大きな騒動を起こした後だ。

 俺の自宅に何が仕掛けられてもおかしくは無い。


 俺は自分のスマートフォンの電源が切れている事を確認し、


「そうですね。じゃあお邪魔させて頂きます」


 と言ったのだった・・・

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