第20話 太古の約束

「そんなバカな!」


 俺はそう言わずにいられなかった。


 獅童が、この一連の事件の黒幕が米国だとでも言いたげだったからだ。


「確かに日米関係は同等では無いでしょうが、それでもずっと同盟を組んできた国が、どうして…」

 と俺の言葉をそこで制する様に、獅童は右手の人差し指を自分の口に当て、俺の目を見ながら小さく首を横に振った。


 俺は慌てて口をつぐみ、辺りを見回した。


 店員が少しこちらを見たが、俺が「スミマセン」と軽く会釈すると、店員はすぐにカウンターの奥で食器を磨きはじめた。


 俺は再び獅童の顔を見て、小声で話した。


「いったいどうしてそんな事に?」

 と俺が訊くと、獅童はゆっくりと息を吐きながら、身を乗り出す様に顔を近づけて口を開いた。


「私もにわかに信じられんのですがね…」

 と前置きをしてから、「戦後に日本が独立国としてやって来たと思っていたのは、どうやら間違いの様でしてな」

 と続けた。


「というと?」

 と俺が訊くと、獅童は小さく頷き、


「日本は、今もアメリカの植民地という事ですわ」

 と言って、自嘲気味に口元を歪めて笑った。


 俺は少し面食らった。


 もっとリアリティのある話が聞けるものと思っていたからだ。


 あの黒いモヤの様なものの正体や、それが人為的に発生した証拠に繋がる情報を期待していた俺に、深刻そうな顔をした獅童が口にしたのが、よりによって、日本がアメリカの植民地だって?


 そう思った俺は、つい余計な事を聞いていた。

「しかし、日本を運営しているのは、当然日本政府ですよね?」


 それは勿論その通りだ。


 そう獅童が言ってくれる事を期待していた俺の耳に届いた獅童の声は、


「さて、どうですかな…」


 と、半ば絶望的だとでも言いたげな、沈んだ声だった。


 おいおい…


 仮に日本が今もアメリカの属国だったとしても、表向きは日本は独立国だ。


 もしこれまでの不可解な黒いモヤなどがアメリカの仕業だったとして、そもそもアレは一体何なんだ?


 得体の知れない黒いモヤの事を、鮫沢教授は「酸化グラフェンの一種だろう」と言っていた。


 俺には化学的な事は分からないが、警察にだって化学捜査チームがいるだろうし、獅童がそれを知らない訳が無い。


 にも関わらず、獅童から聞けた話は「政治的な陰謀」の話だ。


 まったくバカバカしい!


 しかし…


 俺の心の片隅に、「もしも、全てが事実だとしたら?」という問いが頭をもたげるのも事実だ。


 これまでの俺の行動は「現実的」な見地に立っていた。


 しかし、そもそも突然大量に自殺をする今回の出来事からして「非現実的」ではないか?


 到底現実とは思えない、SFかホラー小説の様な出来事ばかりだった筈だ。


 なのに、俺はどうして「政治的な要因」だけをんだ?


 何かがおかしい。


 今回の一連の事件がおかしな事なのは確かだが、何と言うか、もっと根本的な…


「佐藤さん?」

 と獅童の声がして顔を上げると、獅童が俺の顔を覗き込む様にして「大丈夫てすか?」

 と訊いてきた。


 俺は慌てて背筋を伸ばし、大きく深呼吸をして一旦落ち着く事にした。


 そうだ。


 この世は既に、のだ。


 そう考えると、これまで俺が気にも留めずに見逃して来た事にさえ「何かの意味」がある様に思えてきた。


 そうだ、これまでの俺は、自分に関わりの無い事を「他人事」として、興味さえ持たなかった。


 だけど、人間社会は個人が無秩序に生きている訳じゃない。


 今もそうだし、人類の歴史を遡ってももそうだ。


 中世や近代、現代の歴史も、詳しく紐解けば、それは「陰謀の歴史」じゃないか?


 ならば何故、俺達は「陰謀論なんてバカバカしい」と考える様になったんだ?


 第二次世界大戦が終わって、日本がずっと平和だったからか?


 きっとそうだ。


 日本が平和だったから、日本人である俺は「世界も平和な筈だ」と、頭のどこかで思い込んでいたんだ。


 世界中で今も戦争や紛争がある事を、知識としては知っているのに、まるでそれを「ファンタジー世界の出来事」であるかの様に、まるで現実だと認識して来なかったじゃないか!


 俺はそこまで考えて、もう一度背筋を伸ばし、獅童の顔を正面から見据えた。


「獅童さん。その話、もっと詳しく聞かせてもらえませんか?」


 俺はそう言い、獅童が驚いた様に目を見開くのを見ていたのだった。


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 自宅に戻った俺は、ダイニングテーブルにノートPCを置いて、人類史や戦争の歴史、更には都市伝説や陰謀論についてまで、ありとあらゆる情報を集めだした。


 あの黒いモヤについての情報に直接関係が無くてもいい。


 今回の一連の出来事は、恐らく表面的な事象を検証しても意味を為さないのだ。


 もっと根本的な、もっと根深い原因によるものだと考えるべきなんだ。


 そうして、これまでバカバカしい絵空事だと思っていた都市伝説や陰謀論について闇雲に情報を集めていくうちに、それらの情報が、決して無秩序なものでは無い事に気付いた。


 一見すると無関係な情報が、いくつかの情報と結びつく事で、一気に近しい情報へと変化する。


 そうして集めた情報を少しずつ体系化していくという、気の遠くなる作業を、俺は無我夢中で続けた。


 獅童と会ったあの日から3日もの間、不眠不休で作業を続けたが、俺の頭は疲労を感じる事さえ惜しむかの様に冴えていた。


 そうして徐々に体系化してゆく情報は、やがてひとつの「意志」の様なものを形作ってゆく様に見えた。


 その「何者かの意志」は、やがてその姿を具体的にしてゆき、とうとうその全容が露わになった。


「ふう〜…」


 俺は大きく肩で息を吐き、自分では気付けなかっただけで、実は相当に疲労している自分の身体を意識する事になった。


 何度も大きな深呼吸を繰り返し、頭が痺れているのを感じる。


 同じ姿勢でいたせいか、腰や背中も固まってギシギシする。


 椅子から立ち上がろうとすると、膝が痛くてよろけてしまい、慌ててテーブルに手をついて身体を支えた。


「まったく…、俺も若くないって事か」


 などと自嘲気味に呟いてはいるが、実は気分は悪くない。


 これまで暗中模索だった、大量自殺事件の姿が、概ね理解出来た気がするからだ。


 実際のところ、確証が得られた事など何も無い。


 ただ、大勢にバカにされてきた都市伝説や陰謀論の内容を理解し、その根幹に居る「存在」を信じる事で、世の中に起こっている理不尽で理解不能な出来事でさえも「起こるべくして起きた出来事」に見えてくる。


 むしろ、「起きて当然の出来事」だとさえ思えるのだ。


 もっと簡潔に言えば、「そう考えれば、全ての辻褄が合う」のだ。


「事実は小説より奇なり、とは良く言ったもんだ…」

と俺は呟いていた。


 そう、事実は小説などよりもよほど奇妙な事で溢れていた。


 しかし、それらには原因があり、犯人がいる。


 自然発生したかの様な出来事には仕掛け人が居たし、政治的要因に見えた戦争には裏のビジネスが動いていた。


 世界を揺るがす疫病にはワザと病原菌をばら撒いた者がいたし、一国の経済を揺るがす様な大災害は、恐ろしい技術によって人工的に起こされていた。


 つまり、全ては「支配者」に都合が良い様に動いていて、その「支配者」達も「ひとつの意思」に沿って動いていたのだ。


 そしてそれは、太古の時代から脈々と続いてきた歴史であり、これは今も途切れる事無く続いている。


 つまり、今回日本を騒がせた一連の事件も、「支配者」にとっては都合が良い出来事であり、それは彼らの目的を遂行する為の過程でしかなく、その目的とは「太古からの約束を果たす事」に他ならないのだ。


 それは世界の神話の時代にまで遡る約束事であり、現世の我々には到底理解出来ない内容だった。


「まさか、世界がになっていたなんてな…」


 俺はそう呟きながら、いつの間にか、ダイニングテーブルに突っ伏す様に眠ってしまったのだった。

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