第19話 奴隷化
「ご
俺は菊子の葬儀に訪れ、菊子の両親に挨拶をした後に焼香の列へと並んだ。
列車の事故から3日、今日は11月12日の土曜日だ。
本来ならば、菊子が俺の家に来て、佐智子の自殺や菊子の友人の自殺について、これまでに得られた情報を交換するつもりの日だった。
それがこんな形での再会になるなんてな・・・
列車の事故に巻き込まれ、肋骨と首の骨を骨折、更に内臓破裂などが重なった菊子は、西船橋の駅で既に心肺停止状態だったとの事で、おそらく一番最初に救急車で運ばれた菊子が、皮肉にも一番最初に死亡が確認された被害者となった。
僧侶の読経が続く中、俺に焼香の順番が回ってくる。
顔を上げれば正面には、元気だった時の菊子が笑顔で映る写真が飾られている。
つい先週に見たのと同じ笑顔だ。
この後の出棺時には、冷たくなった菊子の顔を最後に見る事になるのだろう。
俺は焼香を済ませて席に戻り、僧侶の読経を意識の隅で聞き流しながら、今回の事故についてこの数日、俺なりに調査してきた事を思い返していた。
テレビの報道だけではどうにも信用がおけなかった俺は、佐智子が自殺した日の翌朝に自宅に来た
「ああ、佐藤さん。こちらもそろそろ佐藤さんに連絡をしようと思っていたところなんですよ」
と獅童がそう言い、この葬儀の後に俺と会う約束をしたのだった。
気が付けば僧侶の読経が終わり、喪主となる菊子の両親が深々と頭を下げて挨拶をしていた。
昨日が通夜だった為か、連日の来訪者対応で疲れ切っているのが表情から伺える。
参列者が次々に立ち上がり、菊子の両親に会釈をしてから出口の方へと歩いて行った。
出口扉の横には沢山の花を持った職員がおり、出口を通る参列者に花を1輪ずつ手渡していた。
この後に出棺がある。
あの花を菊子の棺に入れる時が、菊子の顔を見る最後の時になる。
俺はつい先日に見た菊子の顔を思い出していた。
佐智子が料理は苦手だという事もあり、一緒に集まった時にはいつも菊子が料理を作ってくれた。
菊子の手料理はいつも栄養バランスを気遣っていて、翌日に胃もたれする心配をせずに美味しく食べる事が出来た。
誰でも仲良くなれそうな丸い性格をしていた菊子との時間は、佐智子と喧嘩した後の俺を救ってくれた事もよくあった、もんだ。
そんな菊子が、変わり果てた姿で、あの棺の中に居る。
俺は列の順番が来て立ち上がると、ゆっくりと歩いて出口で花を受け取った。
建物の外には、火葬場まで棺を運ぶ為の霊柩車が停まっていた。
霊柩車の後部扉が開け放たれており、その後ろには棺を乗せる為のストレッチャーの様なものが準備されていた。
そのストレッチャーの周囲を囲む様に、手に1輪の花を持った人々が集まっている。
俺もその集団に溶け込む様に紛れ、出棺の時を待つ事にした。
程なくして建物から、菊子の親族の手によって棺が運ばれて来た。
慣れない手際で棺をストレッチャーの上に乗せると、棺の蓋が開けられた。
そこには、白装束を身に纏った菊子の姿があった。
その表情は穏やかだったが、菊子が穏やかな死を迎えた訳じゃない事を俺は知っている。
周りの人々が口々に最後の言葉を菊子の亡骸にかけながら、手に持った花を手向けた。
先日会った時よりも少し痩せて見える菊子の姿に、俺は悲しみと怒りで身体が震え、いつしか目には涙が溢れていた。
「必ず、仇を獲ってやるからな」
周りの人々の言葉に紛れる様に、無意識に俺はそう呟き、菊子の亡骸に花を手向けた。
俺は菊子の姿をもう一度瞼に焼き付ける様に見てから、棺に背を向けて霊柩車の脇をすり抜けて敷地の出口の方に歩いた。
俯いていた顔を上げて出口の方を見ると、門柱の脇に獅童刑事の姿が見えた。
獅童は俺と目が合うと、軽く会釈してから、門柱を離れて道路の奥へと歩いて行く。
俺はその姿を追う様に歩調を早め、出口を出てから、少し先に居る獅童の後ろ姿に向かって声をかけた。
「獅童さん」
俺の声に獅童が振り向き、
「佐藤さん。とりあえず、この先の喫茶店で話をしましょうや」
と言って、少し先にある商店街の方に向かって行った。
俺もその後を付いて歩き、商店街に入って最初に見つけた喫茶店の扉を、獅童に続いて潜ったのだった。
俺が喫茶店の中に入ると、
「いらっしゃいませ~、コチラにどうぞ〜」
という若い女性店員の声がして、獅童が座る席へと案内された。
「やあ、ご無沙汰でしたね、佐藤さん」
獅童は軽く右手を上げてそう言うと、俺に向かいの席に座るように促した。
「こちらこそご無沙汰してしまって…、本当は色々聞きたい事があったんですが…」
と俺は言いながら席に座ると、「ブレンドコーヒーを」と店員に注文をしておいた。
「早速ですが、私から獅童さんに質問しても良いでしょうか?」
俺はそう言いながら、これまでに蓄積している、気になる出来事についての記録を纏めたノートを取り出した。
獅童は少し肩をすくめる様な仕草をしたが、
「構いませんよ」
と言って両手を組むと、テーブルに肘を付いて身を乗り出す格好で耳をこちらに向けた。
俺はノートを開き、先ずは警察の見解について確認する事にした。
「先ずは、原因不明の自殺者が続発している事について、警察の見解はどうなっているか、教えてもらえますか?」
俺の質問に、獅童はため息をついてから、
「少し、厄介な事になっとりますな」
と言って、辺りを気にする様に視線を巡らせてから、店員がコーヒーを運んでくるのを見て、口を噤んだ。
「お待たせしました」
店員が俺と獅童の前にコーヒーカップを置いた。
どうやら獅童も同じものを注文していた様だ。
「ごゆっくりどうぞ」
店員がトレーを脇に抱えてカウンターの奥に去るのを見てから、獅童はもう一度テーブルの上に身を乗り出し、声を潜めるようにして口を開いた。
「この一連の事件、上の圧力で迷宮入りになるかも知れません」
そう言った獅童はもう一度辺りに視線を巡らせたあたり、この話は本来、外部に漏洩してはいけない話なのかも知れない。
それを察した俺も、自然と小声になって、
「それは、警察庁レベルの話ですか? それとも、外務省レベル?」
と訊いてみた。
獅童は少し驚いた様な顔をしたが、すぐに真顔になって、
「佐藤さんは何か知っとる様ですな」
と言いながら目を瞑り、「その答えは、後者の方ですな」
と付け加えた。
なるほど。
外務省レベルの圧力が警察にかけられたという事か。
となると、これら一連の自殺者騒ぎは、やはり外国による何らかのテロの可能性があるという事だ。
「なるほど。国際的な攻撃を受けているとなると、何か政治的な背景があるのでしょうが、その目的とは何なんでしょうか?」
俺の問いに、獅童は再び目を瞑り、大きくため息をついた。
「これはまだお伝えすべき話では無いかも知れませんがね、噂程度の話として受け止めてもらえますかな」
そう言いながら顔を上げた獅童の目は、俺にそれを強制するような威圧感があった。
俺はゴクリと唾を飲み込むと、少し強張った顔で頷いた。
獅童は俺の目を見たまま頷き、更に深いため息をついてから口を開いた。
「実はですな…、日本人を、何と言うか、家畜化しようという動きがあるんですわ」
俺は意味が分からず、怪訝そうな顔で獅童を見返し、
「日本人を家畜化って、何かの比喩表現ですか? まさか、日本人を食べてしまおうなんて怪物が居る訳では無いんでしょう?」
と訊き返した。
獅童は肩をすくめて苦笑すると、
「ええ、もちろん比喩のつもりでしたが、少し表現が悪かったですな」
と言って顔を上げると、「正確には、『日本人を経済奴隷にしようとしている』と言った方が正しいですな」
と言い直した。
「経済奴隷って…」
と俺は、それ以上言葉が出なかった。
外務省レベルの圧力が警察に掛かっているという事は、どこか外国勢力が関わっているという事だ。
そして、日本人を奴隷にしたい勢力と言えば、日本を仮想敵国に指定している国という事になるのだろう。
となると、北朝鮮、中国、ロシアのどれかという事か。
しかし、あの黒いモヤを電磁波で操り、人間を自ら死に至らしめるなんて技術を持てるのは、恐らく中国かロシアのどちらかだろう。
「私の頭に3つの国の名前が浮かんでいますが、N.C.Rの内のどこかはもう分かっているんですか?」
俺がそう言うと、獅童は苦虫を噛み潰した様な顔で辺りを見回し、誰も怪しい者が居ない事を確認してから、俺の方に顔を近づけて小声で言った。
「その3つの中のどれでもありませんよ。実は…」
と獅童は一呼吸おき、続きの言葉を発した。
そして、その続きを聞いた俺は、しばし絶句したまま固まってしまった。
獅童は小声でこう言ったのだ。
「4つ目の選択肢、米国ですわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます