第31話 集結
「これがインターネットの力か…」
俺はそう漏らすも、それ以上の言葉が見つからなかった。
ナチョスが運営する都市伝説や陰謀論を集めたサイトの登録者に、一斉に送ったDMはこんな内容だった。
『ここ数ヶ月の大量自殺について、政治家の関与がある証拠を発見しました。犯人はDS。日本が共犯。日本の与党政治家がその橋渡しをして大金を得ていた事も確認。今年のクリスマスイヴに、その情報を一斉公開するプロジェクトを企画しましたので、情報の一斉公開を手伝ってくださる有志を募ります』
要は、登録者が持つアカウントで、動画サイトやブログサイトに、クリスマスに同時に情報を公開しようという事で、その協力者を募ってみた訳だ。
公開する情報は、社会が大騒ぎになる様な政治家達の不正やスキャンダルなら何でも良かったのだが、ナチョスがこれまでに集めていたワクチン関連の情報や、俺が整理した今回の大量自殺に関する情報を出そうという事にした。
まずは参加者を募り、どれくらいの人数が集まるかによってどれだけの情報を公開するかを決めるつもりだったのだが、参加予定者は既に延べ100万人を超えていた。
チャンネル登録者200万人のうち、DMへの返信はまだ5万人程度なのだが、一人一人の返信内容が、
「友人知人含めて10人参加します」
「私のコミュニティで3000人参加出来ます」
「私のブログのフォロワーが8000人程参加希望です」
などなど、とにかく返信者一人一人の規模が大きいのだ。
恐らくは同じ人が重複している事もあるだろう。5万人の返信に対して100万人の参加見込みという事は、200万人が全員同じ様に仲間と参加すれば、単純計算で4億人に達してしまう。
それでは日本人口を超えてしまうし、あり得ない計算だ。
しかし、参加者情報が重複しているという事は、参加者のネットワークが網の目の様に広がっているという事の証明でもあり、このコミュニティの連帯の強さを表しているとも言える。
DM送信からたったの数時間で5万通の返信。
仮にここまでに分かっている約100万人がそれぞれ別人だとすれば、もはや国民の100人に1人が参加してくれる事になる訳だ。
ここまでくれば、悪事を働く政治家や官僚に近い者も含まれているだろう。
しかし、ここに参加してくれるという者がそんな連中の仲間とは思えないし、むしろさらなる情報収集を助けてくれる存在にだってなり得る筈だ。
俺がそんな事を考えていると、ナチョスは満足気な顔を上げて俺を見た。
「佐藤さん、クリスマスイブに情報を公開しようと思った理由が分りますか?」
突然の質問に少し面食らったが、
「さあ・・・、学生なんかは冬休みに入りますし、みんな外出しているので、大騒ぎにしやすいとか、そういう事でしょうか?」
と俺は答えたものの、自分でも納得がいっていない回答内容に、嘲笑にも似た笑いがこぼれた。
一斉に裏の情報を公開するなんて大きな事を、ことさら目立たせるなんて事をすれば、社会はパニックになりかねない。
もしかしたら、俺はまだ無意識にそうした「常識」に囚われているのかも知れないな。
しかし、ナチョスの反応は、俺が考えていたものとは全く別のものだった。
「なるほど。佐藤さんは、いわゆる『陽キャ』なのかも知れませんね」
「というと?」
「考えても見て下さい」
そう言いながらナチョスは、俺にもう一度PCモニターを見る様に促し、
「この人達がどういう人達なのか、考えた事はありますか?」
と、俺の表情を確かめる様にこちらを見ながらそう訊いた。
・・・どういう人達か?
そんな事は考えた事も無かったが・・・
俺のそんな心の声が聞こえたかの様に、ナチョスは続けた。
「彼らは、この社会の犠牲者たちなんですよ」
「犠牲者? ・・・それは、ナチョスさんの様に、恋人が薬害に遭ったとか、そういう?」
「そんな人もいるでしょう。しかし、もっと大きな
「もっと大きな
俺はナチョスの言いたい事が分からなかったが、ナチョスは「あんたはもう知っている筈だ」とでもいいたげな顔で俺を見ている。
どういう事だ?
数時間前にナチョスが身の上話を語ってくれたが、その中に何かのヒントがあったのだろうか。
俺はPCの画面を見ながら、画面の中に何かのヒントが無いかと視線を走らせた。
「あれ?」
俺は画面の中に、一つの共通点のようなものを見つけた気がした。
DMへの返信をしてきた者のアカウント名には、全てにカッコに囲まれた数字が書かれているのだが、それは恐らく年齢なのだろう。
そして、全てのDMの返信を見ていると、その年齢が、40代前半から50代前半に集中している気がしたのだ。
40代前半から50代前半と言えば・・・
「そうか! ロスジェネか!」
「ビンゴですよ、佐藤さん」
第二次ベビーブームで
そして団塊ジュニア世代が、別称「ロスジェネ」という呼ばれ方をしている事を今更俺は思い出した訳だ。
大学や高校の卒業を前に、就職活動をする時期になって、日本経済のバブルが弾けてデフレ経済に突入した為、約半数が就職できなかったという「就職氷河期」ともいわれる時代に苦しんだ世代の事だ。
その後も不景気は続き、企業の求人は低迷を続けた。
やっと企業が求人しだしたものの、募集人材は新卒者ばかりで、就職氷河期世代はそこでも就職にありつく事ができなかった訳だ。
彼らはそのまま日雇い労働や派遣、更にはアルバイト等で生活を続けていたが、知識もスキルも大して身につかない上に、そもそも貯蓄をする事が出来なかった。
ナチョスも決して裕福とは言えず、無くなった恋人とのつつましい生活にささやかな幸せを感じていた筈だ。
そして、DMに返信してきた多くのユーザーがロスジェネだという事は・・・
「つまり、彼らはクリスマスイヴにも自宅でPCの前に陣取っているという事ですね?」
俺の言葉にナチョスは満足げな表情で頷いた。
「その通りです。彼らはロスジェネのど真ん中ですからね。恋人を作ってデートをするなんて事が、もはや『贅沢』と考えている人が多いんです」
「なるほど・・・」
「で、クリスマスイヴみたいな『恋人たちの聖夜』ともなると、そんな『リア充』の姿を見たくないので、自宅に引きこもってPCの前でゲームやSNSに興じる訳ですよ」
そう胸を張るナチョスの姿は、誇らしげにも見えるが、少し自嘲的でもあった。
しかし今回に限っては、彼らほど心強い人たちは居ない。
仮に200万のユーザーが一斉に情報を公開したとすれば、動画サイトやブログサイトの運営者も規制をする事が困難だろうし、政府も年末近くになってこんな問題に対応できる体制など整っている訳がない。
つまり、これらの情報はSNS上で大炎上し、主要メディアも無視が出来なくなり、更に海外にまで飛び火して、世界中で話題になるだろうという事だ。
日本が東日本大震災で苦しんでいた時、アラブ諸国では民主化運動が活発化しており、チュニジア、イエメン、リビア、エジプトなどで続いた独裁政権が崩壊するといった大事件があった。
これもキッカケは民衆によるSNSの活用だったとも言われている。
そうだ。
敵がどれほど権力や兵器、そして今回の様な怪しげな技術を持っていようと、抑圧される民衆の方が圧倒的に数は多いのだ。
その昔ヨーロッパ諸国では、支配者は奴隷の数が豊かさの象徴の様に考えられていた時代があった。
当時の貴族社会は第二次世界大戦後に崩壊したものの、今も尚その価値観は受け継がれており、エネルギーや経済によって庶民を支配してゆく準備を行っていたのだろう。
今回の日本の首都圏における大量自殺などは、支配者にとって「日本が邪魔だった」という事に他ならない。
そして、政治的に様々な圧力を受けた日本政府の閣僚達が、日本国民の削減に力を課す代わりに、自らの生命と財産を保証してもらったというのが全体の流れだった訳だ。
柴田に貰ったフロッピーディスクの情報は、全て外付けハードディスクに保管して隠していた。
俺の入院中に自宅を荒らされた形跡は無かったが、おそらくはフロッピーディスクに何かの仕掛けをされていてもおかしくはない。
が、外付けハードディスクは今俺の手元に持っており、ナチョスにその情報を整理したものを公開する準備を行う予定だ。
俺がこれまでに見た情報だけでも、日本の官僚が関わっていたと思われる情報はいくつもあった。
これからナチョスと精査するのが「金の流れ」になるのだが、ナチョスが事前に色々な情報を集めているだけでも、不可思議な金の流れは数百件に渡り見つかっているそうだ。
つまり、これから始まるのは「大暴露大会」であり、世界中の政界や経済界が大きく揺らぐ事になるのは必至だという事だ。
そう考えると身体が震えてくる。
俺の様な庶民が、こんな大きな事をやろうとしているのだから、恐怖するのは当たり前の事だろう。
しかしその恐怖も、DMの返信を次々と開封していきながら協力者の人数を計算しているナチョスが叩く電卓の数字を見ていると、不思議な高揚感を感じる事も出来た。
俺は無力だ。
一人では大した事は何もできない。
しかし、こうして数百万人が集う事で、その力は絶大なものになっていく。
今、電卓の数字が300万を超えた。
延べ人数とはいえ、もはや日本国民の数の2.5%になる。
有権者数が1億人と少しだった筈だから、そのうちの半数が高齢者だと仮定すると、それ以外のインターネットを閲覧する世代のうち、6%の協力者がいるという計算になる。
それはつまり、小中学校の教室に例えるなら、「クラスに2人以上は協力者がいる」という計算になる訳だ。
クリスマスイヴまであと10日程度。
しかも今年のクリスマスイヴは祝日だ。
それまでにどれだけの協力者が集まるだろうか。
500万人? 1000万人?
もしそんな事が実現したなら、この社会がどうなってしまうのかなんて想像もつかない。
「佐藤さん、今やっと1000人分の返信を開封しましたが、今の時点で協力者は延べ300万人を超えています」
そう言うナチョスの手は少し震えており「この調子だと、おそらくは延べ1000万人を超える事になるでしょう」
という声も、少し上ずっていた様に思えた。
ナチョス自身も、これから起こる事に恐怖を禁じ得ないのだろう。
世界がひっくり返る様な出来事があと2週間もしないうちに起こるかも知れないのだ。
そしてその仕掛け人として俺達が居る。
世界の支配者がいくら強大な力を持っているといっても、所詮は世界人口の1%にも満たない人数しか居ないのだ。
圧倒的な数の力があれば、この世界をひっくり返す事だって夢ではない。
「これは・・・、世界がひっくり返るでしょうね・・・」
俺の言葉にナチョスは頷き、
「こんな腐った世界、思いっきりひっくり返してやりましょうや」
震える声でそう言いながら、喉の奥でクックッとくぐもった笑い声をあげてもいた。
・・・2018年12月14日、18時16分。
ナチョスが叩く電卓の数字は、既に500万を超えていたのだった・・・
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