第36話 最後の唄
「これは、一体…」
そう声を上げたのはナチョスだった。
佐藤がホテルで日比谷公園の集会のライブ映像を見ている頃、ナチョスもまた、同じ動画を見ていた。
事の重大さを一目で察したナチョスは、すぐに秘密基地を出て、秋葉原の裏通りにある、知人が経営するジャンクショップに向かった。
その店は様々な計器類を販売していた。
放射線を測定するガイガーカウンターや電圧計、他にも色々な計器を販売していたが、ナチョスは迷わず電磁波測定器を手に取り、閉店間際で店の奥でテレビを見ていた店長に声をかけた。
「店長! これを少しの間、俺に貸してくれないか?」
「何だい、随分と慌てて」
とナチョスの元に歩み寄った店長は「電磁波計測器か・・・、棚に並べてあるのは中古品だからいいけど、いちおう高額商品だから、壊さない様に気を付けてくれよ」
と言いながらナチョスの手にある電磁波計測器を手にし、本体を裏返して蓋を開け、棚に並んでいた乾電池を4本、本体にセットしてくれた。
「ほら、これで使える筈だけど、一体何に使うんだい?」
「詳しい話はまた今度します。ちょっと急ぎなんで、これ、借りていきますね」
ナチョスはそう言って、
「あ、ちょっと・・・」
と踵を返したナチョスに手を伸ばそうとした店長を後目に、ナチョスは電磁波計測器を握りしめて大通りに向かった。
大通りに出ると、クリスマス用に装飾された商店が閉店間際の駆け込み客対応で忙しくしているのが分かった。
クリスマスの割にあまり人通りは多く無い大通りで、偶然通りがかった空車のタクシーを見つけ、ナチョスは手を上げてタクシーを呼び止めた。
ナチョスに気付いて停車したタクシーの扉が開くや否やナチョスは後部座席に乗り込み、
「日比谷公園まで!」
とだけ言って、スマホで動画サイトを検索し、日比谷公園のライブ映像を探していた。
秋葉原から日比谷公園まで、タクシーなら15分程度で着くだろう。
(佐藤さんと調べた事が本当なら、日比谷公園は今、特定の電磁波が飛び交っている筈だ・・・)
そう思いながらナチョスは目的の動画を見つけ、スマホでその様子を確認してみた。
画面は薄暗い状態で、「らー」「さー」という様々な声が折り重なっていた。
そんな中で「おい! しっかりしろ!」と正気を保っている者の声も聞こえ、現場が相当混乱しているであろう様子が窺い知れた。
「これで電磁波の種類が特定できれば、どこから発せられたものかを絞り込む事が出来る筈だ・・・」
そう呟いたナチョスに、信号待ちをしていた運転手が振り返り、
「この信号を曲がれば日比谷公園が見えてきますが、公園のどのあたりに止めますか?」
と訊いて来た。
ナチョスはスマホの画面を見ながら、黒く陰った画面の中に、野外音楽堂の壁らしきものが映っているのを確認し、
「野外音楽堂の方にお願いします!」
と答えた。
タクシーはそのまま日比谷公園の西側の大通りを左折し、野外音楽堂方面へと走って行った。
ナチョスは右手に見える日比谷公園を見ながら、公園の奥の方の空が少し黒くかすんでいるのを見た。
「あれか・・・」
ナチョスはその黒い霞が徐々に近づいてくるのを見ながら、手にした電磁波測定器の電源を入れておいた。
徐々に迫って来る大きな黒いモヤに、タクシードライバーも眉をひそめて見入っている様だった。
「何ですかね、ありゃ」
とそう訊く運転手に、ナチョスも眉をひそめながら、
「あれがニュースを騒がせている、電磁波に反応するという自殺粒子ですよ」
と答えた。
「ええ? それなら、あそこまで行くのはマズいんじゃないのかい?」
「そうかも知れません。なので、野外音楽堂の近くを通り過ぎるだけでいいので、ゆっくり走ってもらっていいですか?」
マジメな顔でそう言うナチョスの姿に何かを感じたのか、運転手は頷いて、野外音楽堂付近をゆっくりと徐行して走ってくれた。
ナチョスは後部座席の窓を少し開けると、電磁波測定器を、黒いモヤが集中している方に向けて画面を確認した。
画面は微かに電磁波を検知している様だが、距離があるせいか、期待したほどの測定ができない。
「仕方が無いな。ここで降ろして貰っていいですか?」
とナチョスは運転手に声をかけ、クレジットカードで運賃を支払おうとした。
「あれ、おかしいな・・・」
クレジットカードを機器に差し込んだ運転手は、そう呟きながら眉をひそめた。
「どうしました?」
「いやね、電波が悪いのか、クレジットカードの決裁が出来ないんですよ」
「電波が・・・」
とナチョスは言いかけて言葉を切り、「じゃあ、少しここで待っていてもらえませんか? 僕は公園で少し黒いモヤの測定をしてからすぐに戻りますので」
と言うと、運転手は少し考えてから頷き、
「ここで待ってますから、ちゃんと戻ってきてくださいよ」
と言ってカードを返し、ドアを開けてくれた。
「ありがとう、恩に着ます」
そう言ってナチョスはタクシーを降りて公園の中に入り、黒いモヤが集中するあたりまで小走りで近寄って行った。
(ちゃんと戻ってきてくださいよ、か・・・)
運転手は、乗り逃げを警戒してそう言ったのだろうが、この時のナチョスには、黒いモヤに負けずに、生きて帰って来てほしいという意味にも聞こえた。
この時のナチョスは命を賭けていたと言ってもいい状態だった。
佐藤から聞いた話もそうだが、二人で調査した情報の信ぴょう性には自信があった。
電磁波の扱いについてもナチョスは理解していた。
なのでタクシーを降りた時には既にスマホの電源は切っていた。
着ている防寒着も、内側にアルミ蒸着シートがしつらえられたもので、防寒だけでなく電磁波の遮断も出来る筈だ。
事実、ナチョスのその準備は無駄では無かった。
あたりが薄暗く感じるところまで近寄ってみると、電磁波測定器の画面が激しく動き出していたからだ。
防寒着のフードをかぶり、極力頭部を守れる様にしてナチョスは測定器を空に向けていた。
ここで測定されたデータは本体に記録される。
秋葉原に戻れば、データをPCに取り込む事も可能だ。
周囲に人は居ない。
まだ黒いモヤの中心部までは距離がある。
しかし、ここまでデータが取れれば問題は無い筈だ。
ナチョスは更に奥まで行って見たい衝動を抑えながら、その場で踵を返してタクシーが止まっている場所まで走って戻る事が出来た。
タクシーは、ナチョスが降車した場所に、ハザードを焚いて停まっていた。
ナチョスがタクシーの前に立つと、運転手がパッと明るい顔になって後部座席の扉を開けてくれた。
「おかえりなさい」
「ああ、戻って来れましたよ。このまま秋葉原に戻ってもらえますか?」
「はいよ」
タクシードライバーは嬉しそうにそう言うと、扉を閉め、秋葉原に向かって走り出したのだった・・・
△△△△△△△△△△△△
その日の午後5時、ナチョスからPCでメールが届いた。
俺はメールを開き、その内容を見て驚いた。
そこには、端的な文章が列記されていた。
・今日の日比谷公園の集会で、黒いモヤが発生。
・電磁波測定器を持って現地調査を実施。
・電磁波の種類は「ミリ波」と断定。
・帯域は2.5ギガヘルツ帯。
・地域BWAの隙間が使用されていると断定。
・取り急ぎ以上の情報を共有されたし。
「何て危険な事を!」
メールを見た俺はそう声を荒げたが、ナチョスがその情報を共有しようとした理由は分かった。
ミリ波といえば、5G通信で使われる電波だ。
この電波を更に強力にすれば、電子レンジにも活用できる。
日比谷公園なら5Gの電波が飛んでいても不思議は無いが、ナチョスがわざわざこうした情報を送ってきたからには、何か意味がある筈だ。
そんな中、ホテルのテレビが流していた報道番組が「速報」と銘打って画面が切り替わった。
「速報です。たった今入ったニュースです。東京都千代田区の日比谷公園で、黒いススの様なものが充満し、集会で集まっていた人々が暴れているという事です」
画面は「中継」というテロップと共に切り替わり、日比谷公園の近くで撮影しているらしいカメラの映像に切り替わった。
そこには若い男の取材記者が映っており、現場のスタッフと何かを話した後、カメラに向かってこう言った。
「日比谷公園の野外音楽堂付近を包み込む様に発生した黒いモヤの中では、集会で集まった人々の雄叫びの様な声が聞こえているという情報が入っております」
俺はそれを聞いて、黒いモヤの中で自殺者が居ないかについて考えていた。
しかし、日比谷公園の中で自殺できるような大きな建物は無いし、飛び込める様な深い池も無い筈だ。
もしかしたら、死者を出さずに済むかも知れない。
そんな俺の想いを汲み取ったかの様に、テレビ画面の中の記者は手にした紙に目を落としてこう言った。
「警察と救急隊が現地に入っているとの事ですが、今のところ、怪我人などの情報は無いとの事です」
やはりりそうだ。
俺達が流した情報で、敵は集会に集まった人々を危険視して黒いモヤを仕掛けたのだろうが、あの黒いモヤは、あくまで自殺を促すだけで、他人を殺そうとするものじゃない。
死のうとしても死ねない公園の中じゃ、やはり死者は出ないのだ。
さらに「らー」とか「さー」とか、声を上げながら自殺をするのが今回の大量自殺の特徴だったが、声を上げながらじゃ舌も噛めない。
つまり、安全な公園では自殺が出来ない上、ひとつの黒いモヤの固まりで操作できる人間の数にも限りがある。
心配なのは、公園を出た後の彼等の行動だ。
俺がこれまでに見てきた自殺者は、黒いモヤに包まれてから、時間を経て自殺している者ばかりだった。
そうなると、現地に行ったナチョスも影響を受けている可能性がある。
「無事である事を祈るばかりだが・・・」
俺はそう呟きながら、ナチョスからのメールにあった「地域BWA」という用語に目を止めた。
聞いたことが無い言葉だが、インターネットで調べると、その情報はすぐに見つかった。
どうやら一般的に公開されている電波とは別に、行政や自治体が災害時などの通信確保の為に準備している特別な帯域を使った通信インフラらしい。
という事は、ナチョスが言いたかった事とは、
「行政が関与しているという事か・・・」
これまでに紐解いて来た陰謀論にもあった「人口削減計画」という恐ろしい計画。
そして、その為に幾重にも敷かれた様々な政策がある事が分かった。
まず、狙われているのは「情報弱者」であるという事。
テレビCMに踊らされて、遺伝子組み換え食品やワクチンを自発的に摂取し、普段から何等かのストレスを抱えて免疫力が低下した人々がそうだ。
労働力としては有能かも知れないが、いずれロボットやAIにとって代わるとも言われる仕事をしている人々がターゲットだと考えて良いだろう。
そして、そんな人々の中でスマホの電波、それも5G通信に限定して反応する黒いモヤ。
つまり、スマホに依存しやすい人々が被害者になったと言えるだろう。
富裕層の中でもそうした人はいる筈だが、いわゆる悪意を持った富裕層は5G通信機を所有していないという情報もあった。
つまり、彼等は分かっていて所有しないのだ。
ここまで来れば、この先にどんな未来がやって来るかは俺にでも分かる。
いわゆる都心に住む中間層といわれる一般庶民が犠牲になり、都心では富裕層と、スマホが所有できない貧困層が残る。
郊外や地方都市は第一産業の為の人間が残り、彼等は低所得者が多い為に、貧困層と同じ運命をたどる事になるのだろう。
残った富裕層と大きく格差のある貧困層は、主人と奴隷の様な関係になる。
貧困層が多すぎると革命を起こされる可能性があるが、人口を削減して貧困層を減らしておけば、人々をコントロールしやすくなる。
そんな計画に、行政も加担している。
となると、政府が加担しているのは当然だ。
しかし、そんな計画を日本政府が描けるとは思えない。
その更に上に、アメリカ政府がいる事は間違いないだろう。
現に、日本の通信はほぼアメリカに掌握されているのだ。
そしてアメリカ政府は、グローバル資本に支配されている。
グローバル企業である製薬会社や金融会社、エネルギー会社や遺伝子組み換え種子企業、更には通信メディア企業や軍事兵器会社もそうだ。そうした企業の資本によってアメリカの大統領が決められ、そうした資本家の思惑によって世界の政治がコントロールされている。
しかし、インターネットにより誰もが情報を共有しやすくなった為に、人々はテレビから得られる情報によって洗脳する事が難しくなった。
そこで、そうした洗脳しにくくなった庶民を自ら死に追いやる為に起こした事件が今回の一連の出来事なのだろう。
これですべての辻褄が合う。
日本が平和だなんていうのは、平成の時代に終わりを告げていたのだ。
既に世界はグローバル資本に牛耳られ、日本はその的になっていたのだ。
政治家は買収され、日本人の命を売って私服を肥やしていた。
まるで中世の様に、貴族が世界を支配し、庶民は奴隷の様に扱われる社会に戻されていたのだ。
第二次世界大戦で奴隷制度が廃止されたと思っていたが、技術の発達と共に姿を変えて、その実、根本的な部分では奴隷制度が復活していたといってもいいだろう。
敵の目的はそれだったのだ。
「こうしちゃいられない・・・」
俺はそう呟くと、ナチョスのメールに俺の考察した結果を詳細に書いて返信する事にした。
ナチョスもこの考察には賛同してくれるはずだ。
そして、次に打つべき手について、何か良い案を考えてくれるかも知れない。
まずは今回俺達が公開した情報が世界中で拡散され、国会の中で、関与した与党議員の責任を追及する事が始まっている。
次に関係したであろう企業の関係者を国会に招致して、その実情を問いただす事になるのだろう。
おそらく激しい抵抗があるのだろうが、世界中にこの情報が拡散されれば、彼等だって消費者がいなければ存続できない立場上、黙っている訳にはいかない筈だ。
そしてその企業が有名企業であればあるほど、その社会的責任から逃れる事は出来ないだろう。
「勝った・・・」
俺は身体が震えるのを抑えられなかった。
そう、勝ったのだ。
世界を牛耳ってきたグローバリストと、その傀儡として動いて来た政治家たちを追いつめたのだ。
中には逃げおおせる者も居るだろが、それでも構わない。
要は、社会が本来あるべき姿に変貌してくれれば良いのだ。
俺は大きく深呼吸し、長い戦いに終止符が打たれる感覚を味わっていた。
佐智子、菊子、獅童刑事、小林刑事・・・
俺の身近な人だけで4人もの犠牲が出たが、彼女らの仇を討てた事で、彼女らの魂が天国でも安らかに過ごせるのではと思った。
そういえば、美智子も菊子も、こういう時にはシャンパンで祝っていたっけな。
このホテルにはバーなんて洒落た店は無いが、ルームサービスで酒を頼める様だった。
俺はひとり祝杯をあげようと、フロントに電話をして、シャンパンを注文した。
10分程して部屋のチャイムが鳴り、俺は扉を開けた。
扉の前にはホテルマンがワゴンに乗せられた、氷の入ったステンレスのバケツからシャンパンのボトルを取り出したところで、俺がそのボトルを両手で受け取ると、ホテルマンが、
「こちらに受け取りのサインを頂けますか?」
と言うのを聞きながら顔を上げると、ホテルマンが右手に持った拳銃の銃口をこちらに向けているのが見えた。
「はっ!」
と俺が息を飲むのと同時に、銃口から「パンパンパン!」と3回乾いた音がした。
俺は胸に熱い感覚が広がるのと同時に、息が吸えなくなっている事に気付いた。
(・・・撃たれた!)
声を出す事も出来ず、息をする事も出来ず、俺は苦しくなってその場に膝を付いた。
手にしていたシャンパンボトルは両手からこぼれ落ち、床に落ちて割れた。
徐々に頭が痺れて視界がぼやけて来る。
(苦しい! 息が出来ない!)
やがて、部屋の扉が閉められ、俺の耳にかすかに部屋のエアコンが動いている音と、廊下をワゴンを押しながら去ってゆく足音だけが聞こえていた。
(そうか、ここで死ぬのか・・・)
俺はここで死ぬ。それだけは分かった。
(佐智子・・・、菊子・・・、今からそっちに行くよ・・・)
「さー・・・」
佐智子の名を呼ぼうとして、辛うじて出せた声はそれだけだった。
(そうか、死ぬ間際のこれが、最後の唄だったのか・・・)
自殺をした者達も、最後に愛する人の名を呼ぼうとして声を上げていたのだろう。
そう思ったのも束の間、すぐに目の前が真っ暗になり、もうエアコンの音も聞こえなくなった。
俺はそのまま、二度と目覚める事は無かった。
死・・・
それを俺の魂が受け入れるまでの間、ほんの数分、いや、本当は刹那の時なのかも知れないが、俺は考え事をしていた。
俺がした事は、本当に世界を変えたのだろうか?
俺の命は・・・、誰かの助けになったのだろうか?
分からない・・・
だけどただ一つ、分かった事もある。
それは・・・「世界は既に狂っていた」という事だ。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
三途の川の向こう岸に、佐智子と菊子の姿が見えた様な気がした。
その顔はまるで「まったく、しょうがないわね!」とでも言う様に、苦笑していたのだった・・・。
完
暗闇の唄 おひとりキャラバン隊 @gakushi1076
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