第16話 解決への糸口
「
と言う佐々木の言葉に、俺は少し動揺した。
情報収集の一環として、話を聞きたいのは俺の方なのに、先に俺の話を聞きたがる佐々木の姿に面食らったというのが正直なところだ。
しかし、都庁の女性職員からは詳しく聞かされていなかったが、先ほどの佐々木の口ぶりからすると、佐々木も俺と同じ様に「大切な人を亡くした」という事なのかも知れない。
「それは構いませんが、もしや、あなたも家族の誰かが犠牲になったのですか?」
と俺はそう訊き返した。
佐々木は少し眉間にしわを寄せたが、すぐに頷いて、
「妻です」
と短く答えた。
「そうでしたか・・・、それはお気の毒です・・・」
俺はそう言ったが、俺の言葉を最後まで聞く前に、
「佐藤さん、あなたは今『犠牲になった』と言いましたが、それはどういう意味ですか?」
と訊いて来た。
俺は自分でも気付かないうちに、佐智子やその他の自殺者を、あの黒いモヤに殺された犠牲者だと認識していた様だ。
それが不意に口をついて出たのかも知れない。
「あ、いや・・・」
と俺は少し口ごもったが、もはや隠す様な事でも無いと思い、「まあ、この際だから話しておきましょう」
と前置きし、俺の考えを話す事にした。
「私はね、ここ数週間の間に大勢が自殺している事件の原因を探って、色々な方にお話を
俺がそう言うと、佐々木は驚いた様に目を見開き、
「それは一体、何ですか?」
と、身を乗り出す様にして訊いてきた。
俺は佐々木のその反応を見て、佐々木も妻を亡くした原因が知りたくて必死なのだと分かった。
「にわかに信じられない話だとは思いますが」
と俺は前置きをした上で「正体不明の物質によって、人々が自殺させられている可能性があると考えています」
と言った。
「正体不明の物質とは?」
と首を傾げる様に佐々木が訊き返してくる。
俺はひとつ頷くと、
「何と言えばいいか、人に取り憑く黒いモヤというか、黒い霧の様な物質です」
と俺は答えた。
こんな説明で理解されるとは思っていないが、俺には他の表現が思いつかない。
目に見えるウィルスかも知れないし、何らかのバイオテロかも知れない。
もしかしたら悪霊の様なものなのかも知れないが、その判断に至るだけの情報がまだ無い事も合わせて話す事にした。
しばらく黙って俺の話を聞いていた佐々木は、俺の話が終わるのを待って大きく息を吐き、
「そうですか・・・」
と短く呟いた佐々木だったが、何かを思い付いた様に眉を上げ「となると、何らかのウィルスである可能性と、バイオテロの可能性は視野に入れておくべきですね」
と言って俺を見ると、
「ひとり、そういう事に詳しい人を知っています。あなたの持っている情報について、その人にもお話頂けないでしょうか?」
と訊いてきた。
佐々木の要望は俺にとっても良い話だ。
ウイルスやバイオテロについて詳しい人間の意見が聞ければ、今回の出来事に関した原因究明に向けて大きく前進できる事は間違い無い。
俺は大きく頷いて、
「もちろんです。是非お会いしたいですね」
と応えた。
佐々木はポケットからスマートフォンを取り出し、
「以前、東京都が感染症対策の計画を策定する際に、ご参加いただいた薬学と非鉄金属の専門家の方なんですが、時々ご意見を伺う為に連絡を取り合っている方なので、これから早速アポイントを取ってみましょう」
と言いながら電話帳を検索している様だった。
「ありました」
と佐々木はスマートフォンの画面をタップしてから耳に当て、しばらく呼び出し音が鳴るのを聞いている様だ。そして、電話の相手が出た様で、
「もしもし、わたくし東京都危機管理課の佐々木と申しますが、鮫沢先生はいらっしゃいますか?」
と話し出した。
俺はその名前に聞き覚えがあった。
確か自宅で色々調べていた時にも見た名前だ。
珍しい苗字だったので覚えていたのだ。
確かフルネームは、
俺が見たウェブサイトでは、インフル薬を投与された少年が異常行動を起こした原因を見つけた実績がある博士だった筈だ。
もし佐々木が電話した先がその博士なのだとしたら、俺が次に連絡を取ろうと思っていた人物に早速行き当たる事になる。
だとすれば運がいい。
俺は、電話の相手と往訪日程について話しているらしい佐々木の姿を見ながらそんな事を考えていた。
しばらくして電話を終えた佐々木は、スマートフォンをパタンとテーブルの上に置いて俺の方を見た。
「アポイントが取れました。明日の14時に大学の研究所まで来て欲しいという事です。私も予定を調整して同行しますので、佐藤さんも同行をお願いします」
佐々木が俺の都合を聞く前にアポイントを取ったあたり、是が非でも俺を同行させるつもりでいるのだろう。
「ええ、構いませんよ」
と俺は応え、「では明日の13時に私が車でここまでお迎えに挙がりますので、一緒に大学に向かいましょう」
と言って席を立ったのだった。
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翌日、自宅から車を走らせて佐々木が住むマンションの駐車場までやってきた俺は、スマートフォンで佐々木を呼び出し、佐々木がやって来るのを待っていた。
昨夜、帰宅してからもインターネット等でニュースを見ていたが、昨日の時点で更に40名程の犠牲者が出ている事が分かった。
テレビの報道番組でも、自称専門家とやらが色々と意見を述べていたが、「政治に対する不信感から未来に絶望したのではないか」とか「自殺がブームになっているのではないのか」などという見当はずれなコメントが行き交うばかりで、俺は嫌気が差してテレビを見るのを途中で止めてしまった。
俺以外にあの黒いモヤに気付いた者は本当に居ないのだろうか?
菊子も俺のマンションであの黒いモヤを目の当たりにしたし、代々木公園ではテレビにもハッキリと黒い球体が空中に浮かんでいるのが映っていたし、その場に居合わせた人々がそれを不思議そうに眺めていたのもテレビで見ている筈だ。
そんな異常な事象が立て続けに起こっているのに、何故どこのテレビ局も今回の自殺騒ぎとその事象の因果関係をを結び付けて報じる事をしないんだ?
内容が残酷だとかで、放送コードに引っかかるとかの理由だろうか?
俺がブツクサと車内でそんな事を呟きながらため息を付くと、丁度マンションのエントランスから佐々木がこちらに向かってくるのが見えた。
「お待たせしましたね」
と助手席の扉を開けた佐々木が言った。
「大丈夫ですよ、さあ、行きましょうか」
と俺は応えて車のエンジンをスタートさせた。
大学までは20分程度で到着した。
校門の警備員に要件を伝えると、入館証を2枚手渡してくれ、駐車場へと誘導してくれた。
「B館の3階が鮫沢先生の部屋になります」
と目的地までの経路を教えてくれた警備員は、まるで警察官がするように敬礼をして俺達を見送った。
駐車場に車を停めた俺と佐々木は警備員に教えられた通りにB館の入口へと向かい、エレベーターで3階まで上がると、薄暗い廊下を歩いて「鮫沢」と書かれたプレートが貼られた扉を見つける事が出来た。
約束の時間にはまだ10分程あったが、俺が
「どうぞ~」
という女性の声がした。
俺がドアノブを回して扉を開けると、
「佐藤さんと佐々木さんですね? お話は伺っています。こちらへどうぞ」
と声の主と思われる、白衣を来た若い女性が部屋へと招き入れてくれた。
「鮫沢先生は講義に出ていますが、間もなく戻ると思いますので、ここで掛けてお待ちください」
と白衣の女性が小さなテーブルの横にパイプ椅子を2つ作って促した。
「お邪魔します」
と俺と佐々木はパイプ椅子に腰かけながら部屋を見回した。
大学の教授の個室に入るのなんて、15年ぶりくらいだろうか。
鮫沢の部屋はさすが研究者というべきか、棚には様々な薬品に関する書籍が並んでおり、扉が開けっぱなしのキャビネットの中には、何かの研究資料の様なファイルが詰め込まれていた。
ガラス扉がついたキャビネットの中には、まるで化学実験室にでもありそうなガラス瓶が並んでおり、それぞれに色とりどりの粉が入っている。
薬品や非鉄金属の専門家だという事らしいので、おそらくはそうした素材が入っているだろう。
そうしたキャビネットと俺達が座っている小さなテーブルの他には、恐らく鮫沢が使っているであろうデスクが一つあるだけの、それほど大きくは無い、簡素だが整った部屋だった。
「どうぞ」
と白衣の女性がいつの間にかお茶を淹れてくれたらしく、テーブルに2つの湯呑が並べられた。
「あ、どうも」
と俺はぎこちなく礼を言い、軽く会釈した。
その時、突然部屋の扉が開けられ、
「戻ったぞ~」
と言いながら、ヨレヨレの白衣を着た初老の男が入って来た。
男は俺達の姿を見て立ち止まり、
「おや、もう来てたんかね」
と言って佐々木の顔を見ると、「佐々木さん、随分とやつれとるじゃないか?」
と苦笑しながら佐々木の肩をポンと叩いた。
佐々木も苦笑しながら少し腰を浮かし、
「今回は急なのに時間を作って頂いてすみませんでした」
と言って軽く頭を下げると腰を下ろし、「ここ最近世間を騒がせている事件について、先生のご意見を伺いたくて、ご無理を承知で押しかけてしまいました」
鮫沢は部屋の奥にあるデスクから事務椅子を引き出してドカッと座ると、
「まあ、大体事情は察するがの」
と言いながら俺の顔を見た。
俺は鮫沢と目が合ったのをきっかけにその場で立ちあがり、
「佐藤と申します。この度はお時間を頂き、ありがとうございます」
と礼を述べてから、「今回は私が見てきた事象についてお話を聞いて頂き、専門家のご意見を伺えればと思いやってきました」
と話し出そうとする俺を鮫沢は右手を上げて制し、
「まあまあ、落ち着きなさいな。うちの学生でちょっと興味深い話をしているのが居てね、もうすぐその子がここに来るだろうから、話はそれからにしましょうや」
と言って白衣の女性の方を見て「儂にもお茶を淹れてくれんか?」
と言ってガシガシと頭を掻いたのだった。
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