第25話 大事件

 まずは現場を確認し、僕は相賀さんに行き先を伝えた。いつもとは違う硬い声で彼女が復唱。

 次いで僕は、着脱式の警光灯を窓から車の上へ。緊急車両となったこの車が、力強い加速で現場へと向かう。


 事が起きたのは、在京キー局の一つ、東都TVの自局スタジオだ。

 今日のこの時間、局は生放送を放映していた。現役の国会議員を各党から招き、色々なテーマに沿って論を戦わせるものだ。

 定期的にやっている番組で、結構な人気がある。

 議員同士で論戦するだけでなく、一般席の客からの質疑応答も定番コーナーで、様々な分野の著名人や識者が、正体を隠して紛れ込んでいる。

 そういう人たちを見つける楽しみだとか、台本がなさそうな議論の白熱ぶりが人気の理由だとか。

 そんな、各界の有名人がかなりの数集まる番組が、爆弾テロの標的になっているという。


 端末上で資料を開き、視線を走らせる僕に、スマホから課長が事の流れを口にした。


『事件発生は今から15分ほど前。生放送中に、突然スタジオ内で爆発が発生。その後、ダイナマイトらしき円筒を手にした男が、スタジオ中央に出てきたわ』


 その時の様子を収めた映像が、メールに添付されていた。

 爆破されたのはスタジオの端の方。死者が出るような規模ではなかった。

 ただ、ここから先がどうなるかはわからない。

 送られたメールにはURLの記載があり、そこから飛ぶと現場のリアルタイムの映像が映し出された。人質が一箇所に固められている。


「現場のカメラは生きているんですね」


現場では・・・・誰も手を付けていないけどね。局の方にうまいことやっていただいてるわ』


「なるほど」


『不可解なのは、スタジオ内に爆薬なんて持ち込めるはずがないということ。それも、ダイナマイトなんてわかりやすいものはね』


「そもそも、ダイナマイトの爆発が、この程度で済むものとも思えませんが」


 現時点での粗い情報だけど、負傷者は何人か出ているという。爆発で破片が飛んできたり、機材が倒れ込んできたりで。

 それでも、普通のダイナマイトであれば、もっと甚大な被害が出ていてもおかしくないのではないかと思う。

 実際、僕がいだいた疑問は、課長が僕らに出動命令を下した理由でもあった。


『映像中のダイナマイトが本物かどうかはともかくとして、何かしらの異能による犯行だと判断しています』


「爆発物処理班は?」


『現場で待機中よ』


「声明と要求は?」


『とりあえず、逃走用のヘリを要求しているわ。それと、放映再開の用意。全国ネットで改めて声明を出すか、呑めるはずがない要求をあえて出してるだけかも』


「政府の反応は?」


表向き・・・には、調整の検討に入る段階とのこと』


 つまり、「応じない」ってわけだ。

 あるいは、時間を稼いでいる間に、葬祭課で片付けろと。


 課長はすでに現場の局ビル前にいるという話だけど、事が起きて間もないということもあって、つかみきれていない情報も多い。

 というより、僕らに伝えるにあたって、情報をまとめきれていないと正直なところを認めた。


『そちらから聞きたいことがあれば答えるわ。それで話を進めましょう』


「世間の反応はどうです? 放送事故になったと思いますけど」


 普段よりずっと速い車を操りつつも、横から相賀さんが疑問を口にした。


『実を言うと、事件発生時の爆発は、放映されずにカットされてるわ』


「というと、生放送じゃなかったんですか?」


『スタジオで5分前に収録した生の映像を、無編集で定刻通りに送出していたのよ』


「ああ、それでカットする判断が間に合ったんですね」


『ええ』


 それはわかったけど、解せないのは、わざわざ5分のタイムラグを用意してあったことだ。

 番組の内容的に、やや加熱しすぎるところもあるけど、その万一の対応にというのでは、かえって番組の意図に反するようにも思われる。

 むしろ、今回のような、もっと突発的な事故・事件に対する対応のように感じる。

 実のところ、5分遅れの放送は、そのための措置だったらしい。


『実は、本放送の2週間ほど前、局に怪文書が送られて』


「怪文章?」


『英語の論文で、差出人はセオドア・カジンスキーとあったそうよ。私も現物を見せてもらったけど』


 この、セオドア・カジンスキーという名前に、何かひっかかるところがあるけど、すぐには思い出せない。

 すると、車が急ハンドルを切って交差点を曲がった。悲鳴のようなスキール音を響かせた後、相賀さんが「ユナボマー?」と口にする。


『さすがね』


 短い肯定の言葉に、背筋が冷たくなる。

 ふとバックミラーを見ると、深刻そうな顔の平坂さんがそこにいた。

 ただ、ユナボマーという名前に、ピンとくるものはないらしい。

 まぁ、それはそうか。


 突発的な事件に巻き込みつつある現状、彼女を置いてきぼりにして話を進めることに、罪悪感を覚えたところ……


『友恵さん?』


「は、はい!」


 彼女を忘れていたわけではなく、課長からの声かけが。


『ユナボマーってご存知かしら?』


「い、いえ! 不勉強で、その」


『ああ、いいのいいの。私だって、つい最近改めて確認したぐらいだもの』


 と、状況の割に、どこか余裕のある声音で応じる課長。

 そのまま課長は、ユナボマーについて簡単な説明を始めた。


 ユナボマーというのはFBIによるコードネームで、本名はセオドア・カジンスキー。

 全米を震撼させた、連続爆弾事件を引き起こした、おそらくは世界一有名な爆弾魔だ。

 彼やその事件を題材にした書籍やドキュメンタリー、さらには映画なんてのもある。


 普通の犯罪者とは一線を画すとでもいうか、彼の犯行には色々と竹筆スべき要素があった。

 まず、活動期間。初犯の1978年から逮捕の1996年まで、全米各地で連続爆弾事件を起こした。

 FBI捜査史上、最も時間と資金を費やした犯罪者でもある。

 そして、その犯行目的というのが――


『犯行を止める引き換えに、産業化社会に対する警鐘を鳴らす論文の掲載を各大手新聞社に迫っていて。社会変革が最大の目標だったらしいわ』


「論文というと……今回の事件でも、怪文書が届いたという話ですが」


『ええ。その時点では、何を意図した怪文書かわからなかったけど……念のため、生放送に遅延送出の準備をしたとのことよ』


 それで、局の読みは当たったというわけだ。


 では、そもそも、今回の実行犯とユナボマーを名乗る怪文書の差出人に、どのような関係があるのだろうか?

 事の関連性を結びつけようと、僕は頭の中で思い巡らしていく一方、相賀さんがそもそもな点を指摘した。


「ユナボマーって、まだ存命じゃないですか?」


『ホント、さすがね……彼はまだ生きて服役中よ』


「ということは、本人の関与はない、と」


『生霊という可能性もないでしょうね。特に変わったところはないと、米国に確認しているわ』


 つまり、存命中の服役囚の名前をかたって、怪文書を送りつけたヤツがいるってわけだ。


「今回の論文の方は、どんな内容でしたか? 本物の丸コピーとか?」


『それがまた、手の込んだもので。新しく作った……いえ、今風に作り直したってところかしら。”情報化社会とその帰結”とかいうタイトルよ』


「はぁ……なるほど。それっぽくしてあるんですね」


 僕は端末を叩きながら、うんざりしたような思いに囚われた。

 調べてみたところ、ユナボマー本人による論文は、邦訳で『産業社会とその未来』とある。

 怪文書の作者は、明らかにユナボマーを意識した上で模倣している。


 では、今回の事件との関連は?


「単なる模倣犯とも思えませんが」


『そうね。違和感はある。直接的な放送事故にはならなかったって話はしたでしょ?』


「爆発までは放映されなかったんでしたっけ」


『ただ、SNSでは情報がバラまかれてるのよ。例の怪文書と一緒に』


 確認にSNSを立ち上げてみると、その通りの状況だった。

 生放送の中断は機材トラブルというのが公式発表だったけど、どういうわけか、爆発事件が起きたという情報が広まっている。

 それに、ユナボマーという名前も、かなりの勢いで拡散している。

 関係者が漏らしたとすれば、世も末だけど――


「局員に、犯人グループの何者かが紛れ込んでいるのでは?」


『私たち司令部でも、同様の見解に達しています。論文の手の込みよう、爆弾魔を局員を装って忍び込ませる用意、情報戦の仕掛け等、組織的犯行と見て間違いないでしょう』


「そして、葬祭課案件でもあるんですよね?」


 相賀さんの問いかけに、課長は少し間を開けて答えた。


『まず、可能性が高いのは、実行犯が異能犯だということ。加えて、こちら現地の空気も悪くなる一方だわ』


「ああ~」


 空気が悪いというのは、業界人によくある表現だ。霊として形を得る以前の、漠然とした悪しき空気や気配、瘴気など、淀んだ雰囲気を指すものだ。

 事の背景がどうあれ、僕らが動かざるを得ない状況には違いない。


 その上で、犯人の目的は何だろうか?


『要求はダミーだと考えています』


「放送再開ってヤツですっけ?」


「まぁ、ユナボマーの模倣にしては、チグハグな感じはありますね」


『ええ。後追いや信奉者という線は捨てきれないけど、それにしては違和感が強いように思えるわ」


 そこで課長は、いくつかの可能性を指摘した。

 まず、単なる捜査かく乱。もしかすると、成り代わり。あるいは――


『ユナボマーの名前をかたった事、論文といういかにもな材料の提示、それと要求。全部、世間を騒がせるためのものでしかないのではと、私は考えています』


 あり得なくはない話だ。

 世間が恐怖に駆られれば、事象の中心にいる悪霊の力は増していく。

 実際、すでにSNSの海には火がつき、現地を禍々しい空気が覆いつつあるというのだから――


「つまり、悪霊付きの異能者として、さらなる力を得る通過儀礼に過ぎない、と」


『それが、シンプルでわかりやすいと思うわ』


「で、葬祭課の存在を知ってか知らずか、ケンカ売ってるわけですね」


『のようね』


 短く答える課長の言葉を耳に、僕は窓の外に目を向けた。

 厚く暗い雲が空を覆い尽くしている。少なくとも、天気は敵に味方しているようだ。だとしても――


 ナメやがって。

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