第10話 霊がいる世の中で
霊の正体について端的に告げると、中学生たちの感じが目に見えて変わってきた。霊の子たちに対し、当惑とともに同情心も向けている。
そんなみんなに、僕はもう少し詳細を語っていった。
ここにいる霊の子たちは、はっきりとした自我を持っていない。長じる前に亡くなった子たちの霊魂と、親御さんの想いが寄り集まって、定まった一個の人格を持たない霊となっている。
あまり好きな表現ではないけど、こうして寄り集まる霊魂のことを、業界では
雑霊には悪性のものもあれば、そうでないのもいる。
ただ、雑霊がどちらに傾くかは、実際には周辺で生きている人間の影響を受ける部分も大きい。
「生きている人間が恐れれば、雑霊も恐ろしいものになる。もともと寄り添ってできた霊だけに、染まりやすいところもあってね。特に、人の悪意には染まりやすい」
「だから、あまり怖がるなっていうのは……」
「そういうこと。それがこの子たちのためでもあるしね」
これでみんな合点がいったようで、怖いものを見る目は完全になくなった。
というより、もともとそんなに恐ろしいものとも映っていない感じではあった。僕に手招きされるまま、ノコノコやってきたわけだし……
どちらかというと、霊の方が遠慮がちにしているから。
そこで僕は、もう少し核心に近づけていく。
「この子たちは、単純にもっと生きていたかった。親御さんは、もっと生きていてほしかった。そういう願いが、霊となって形をなしているんだ。同じような境遇の子同士で寄り添い合い……もはや自分の名前がわからなくなっても」
ここまで来ると、先に亡くなった子への視線は、同情的なものが大勢になってる。中には感じ入って涙ぐむ子も。
ああ、良い子たちで良かった。これで心置きなく、対処法の話に移れる。
「それで……まぁ、この辺りには悪霊がいないし、塩で
「付き合うって、こっちから何かするんですか?」
「ちょっと難しいかもしれないけどね。この子たちに出くわしたら、怖がらないでほしいけど、その代わりに少しくらいは驚いてほしい」
と言うと、ちょっとざわつき始める中学生たち。
「そんなことでいいんですか?」
「うん。“そこに居る”ことに気づいてほしい。無視しないで、ご近所さんとして付き合って……いつしかいなくなった頃、寂しく思うぐらいでいてほしい。遊び足りなかったこの子たちには、それが一番の弔いになるから」
そう言った後、僕は後頭部を少し掻きながら付け足していく。
「実を言うと、問答無用で消す事もできる。君らの親御さんには、それを望む方もいらっしゃるかもしれないけど……住民自体が霊とうまく付き合えるほうが、地域の自浄作用が高まるし、悪いものも憑きにくくなるからね。こうして掃除の場を設けてもらったのは、そういう説明の場でもあります」
とは言ったものの、今回の掃除とは別に、公民館や役所で住民向け説明会を行う予定も入っている。今日は先に、お子さんの方を押さえたわけだ。
なんというか、業務上の戦略として。
で、とりあえず今日のところはうまくいったらしい。僕の話の後、体育の先生が口を開いた。
「生徒会で、今回の話をまとめてみても良いんじゃないかな?」
「はい。まずはお昼の放送で伝えて、それとは別に各クラスへプリントを配ればいいかなと思います」
というわけで、心強い味方ができた。
――が、しかし。無事に仕事が終わって、それでも何か引っかかるものがある。顎に指を当てると、僕の考え事に気づいた生徒たちの間で、にわかに暗雲が広がっていく。
「何か、マズいこととかあるんですか?」
「いや、何か見落としが……」
そこで僕は、はたと気づいた。
「そもそもだけど、幽霊が見えるような時間に、外を出歩かないように。夜道は危険だし……僕らも一応は警官だからね。見つけたら補導しちゃうぞ」
ちょっとイイ話で終わりかけたのを、台無しにした感じはあるかもしれない。
というか、言われた。
「今更ァ?」
「せっかく、イイ話っぽく締められそうだったんですけどね~」
生徒に続き、横からも相賀さんのツッコミ。
結局、その場はちょっと笑われてオシマイとなった。
その後、改めて締めの挨拶を行い、プール掃除は完了となった。
霊の子たちは、みんなに手を振られながら退散していく。声を発する訳ではないし、全体としておぼろげな雰囲気だけど、嬉しさよりは戸惑いが大きく勝るのはよくわかった。
あくまで、驚かして遊ぶために来たんだろう。霊としての目的は果たせずじまいに終わったわけだ。
みんなの様子を見る限り、あの子たちにとっても住みやすい環境に近づいたのではないか……とは思うけど。
霊の子たちを見送り、視える化の護符を回収し、後片付けを進めていく。その後は先生方と少し会話して終わりだ。
生徒会の子たちが作るという配布物については、後でメールをもらうことになった。監修:警視庁葬祭課ってところか。
一つちょっとした仕事が増える形になったけど、こういう微笑ましいのなら大歓迎だ。
今日一日、それなりの労働ではあったけど、さすがに鍛えているようで、平坂さんに疲労の感はほとんどない。
それでも、初仕事ということで緊張はあったかもしれない。「お疲れ様でした」と
「天野さんも、お疲れ様でした!」
疲労や緊張はまるで感じさせず、達成感に満ち満ちているのがよくわかる。
どうやら、掃除ではなく葬祭課の本業――霊の子たちへの対応――に、強い刺激を受けたらしい。
「私って、その……視える側の人間だから、それで悩むことも多くて。中々相談もできませんし……それで、視えちゃった相手のことを避けてたんです」
「実際、そうするのが賢明だと思うよ」
彼女の生活は、悪い霊が寄りつきにくい感じだと思うけど、君子危うきに……とか言うことだし、興味本位で近づくことはない。
ただ……そうして霊を避けていた彼女だからこそ、今日の出会いには感じ入るものがあったのだという。
こういった形で得るものがあったのは、僕としても喜ばしいことだ。インターン生を単なる雑用係にしてしまうのは心苦しい。
和やかに言葉を交わしつつ、僕らは仕事道具を手に駐車場へと歩を進めた。
車には相賀さんが先に戻っている。特に急な連絡は入っていないけど、メールチェック等のためだ。
それで……何かあったようだ。運転手席でタブレット端末を見つめる彼女の視線は、いつもよりも少し険しい。別に、緊急という感じでもないけど。
「何かあった?」と、僕は彼女に尋ねた。平坂さんも気になっているらしく、無言で視線を向けている。
すると、相賀さんは僕に何も言わず、ただ端末を手渡してきた。口の中では塩飴を転がしている。
受け取った端末に視線を落とすと――僕はつい、ため息をついた。
「何かありました?」
「なんというか……葬祭課案件っぽいのがね」
そして僕は、固唾を呑みながらも関心を示す平坂さんに、続きの言葉を告げた。
「石川五右衛門が出たんだってさ」
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