第13話 マンション住まいの大泥棒

「ま、いつもの流れですね」


 署内における事の顛末てんまつを、ややオブラートに包んで話すと、相賀さんはケロッとした様子で言った。

 その一方、平坂さんは複雑そうな顔をしている。「あの……」と、彼女はかなり遠慮がちな様子で言った。


「何か?」


「いえ……その警部さんって、本当に見えちゃう人のことまで、胡散臭く思ってらっしゃるんでしょうか?」


 実際に、本当に見えてしまう一員としては気になるところだろう。ただ、僕の所見としては……


「そういう偏見はなさそうだった。単に、自分の仕事に横槍が入って、場が荒らされるのが嫌なんだと思う。胡散臭いってのは……まぁ、ヨソ者を遠ざける口実なんじゃないかな」


「……そういうもんですか?」


「そうそう」


 あの警部に対し、僕個人としては悪感情を持っていない。もっとこう……頑迷なヤツは、そう珍しいものでもない。

 職業意識とは別の、感情的なものもあると思う。ああいった年配ともなると、若かりし頃とは違う今の世の中が、まるで汚染されているようで受け入れがたいんじゃないか、と。

 そんな、見透かしたようなことを言えば、きっと怒りに触れてしまうだろうけども。


 道中、当たり障りない話題をしていると、容疑者の家に近づいてきた。

 なんというか、良い暮らしをしていらっしゃるらしい。広くゆったりした敷地はちょっとした公園のようになっていて、そこに数棟の高層マンション。 いかにも分譲ってたたずまいだ。

 契約駐車場は軽自動車が少なく、大体がセダンやハイブリッド車。ここにもヒエラルキーというものを感じさせてくる。


「盗った金でお住まいなんですかしらね~」


 うんざりした様子で口にする相賀さん。


「今回のとはまた違うだろうけど……いや、別件・・はあるかも」


「そーですよ。それでピリピリされてるんじゃないですか?」


 今までも活動中だった侵入者クラッカーに、石川五右衛門が取り憑いて……大仕事の上、声明で尻尾が出た、と。

 あの霊ならではの手口もあるだろうけど、憑依先がズブの素人とも考えにくい。ならば、叩けば埃が出る可能性はある。


 では、どうしたものか。

 ここが現場になるのだとしたら、本当に、相手があの石川だとしたら。

 少し考えた後、僕は言った。


「相賀さん。所轄の方と一緒に上がって」


「了解!」


 わかってましたと言わんばかりに、彼女は快活な声で応じ、後部座席の平坂さんにウィンクした。

 ドアを開けっぱなしで立ち去る彼女。僕も一度外へ出て――

 車を回り込み、さっきまで彼女がいた席に着いた。


「横に滑ったりしないんですね」


「割と育ちがいいもんで。それに、君の教育に悪いし、公用車だし」


 言いながらシートベルトを締め、久々のハンドルに手をかける。


「前に運転が苦手とか言ってたけど、人並み……だと思うから。あまり心配しないでね」


「は、はい」


 とはいえ、緊張はされている。

 まぁ、何もこれから車を飛ばそうというわけじゃない。僕はまず、車外の動きに目を向けた。

 私服警官の一行に、相賀さんが合流したところだ。何事か言葉を交わし、一行がエントランスに入っていく。

 そこまで確認してから、僕は車を発進させた。ものすごくゆっくり、徐行運転で敷地内へ。


「車で、中に入るんですか?」


「ま、ちょっと懸念があって」


 答えつつ、僕は窓から外を見つめた。聞いている潜伏先、部屋番号を思い出し、指で数えていく。


「ところで、ハッキングって聞いて、どういうのをイメージする?」


「う~ん……モニターにらみながらキーボードをカタカタうつ感じです」


「ま、そうなるよね」


 実際、僕もそういう友人がいるわけではない。どうやって侵入を果たすのか、具体的な部分は大して知らない。

 ただ、世間一般で言われるハッキング以外にも、侵入のための手口があることは知っている。


「ソーシャルハッキングっていう言葉があってね。普通、ハッキンクってコンピューターやネットワークの弱点を突くんだけど、ソーシャルハッキングでは組織や人間の弱点を攻めていくんだ」


「組織や、人ですか?」


「早い話、従業員と仲良くなったり、出入りの業者に成りすましたりして、情報を抜き出すんだ。バスワードひとつ得るだけなら、本人に聞いた方がよっぽど早いからね。後は、メモとか書類を盗んだり」


「なるほど~」


 原始的と言えばそうなのだろうけど、セキュリティの防壁をいくつも突破するよりは、こちらの方がスマートかもしれない。

 そして、ここまで説明すると、平坂さんの中で察するものがあったようだ。


「もしかして、今回の石川五右衛門も、そういうソーシャルハッキング的な手法を使っているんでしょうか」


「その可能性が十分あると思う」


 そこで僕は、ヤツについてのさらなる説明も兼ね、状況の推察について話していった。

 生身の人間に霊が取り憑く、身体能力が目覚ましい向上を遂げることが多い。

 加えて、強力な雑霊ぞうりょう、あるいは特霊が取りついた場合などは、世の摂理を歪める異能を操ることも。


 では石川五右衛門の霊の場合はというと、実はそういった異能を操った前例がない。

 ただ、ヤツの霊そのものの特徴として、憑依先に取り憑くのが異常に早い傾向がある。

 それと、逃げ足の速さも。スッと気づかれない内に取り憑き、いつの間にか心身を掌握し、旗色が悪くなればサッと抜け出る。

 つまり、何かを盗む以前に、今のヤツは人そのものを盗むことにおいて、他を寄せ付けない才がある。


「今回、社内で霊障の疑いがあったという件も、奴が下見や情報収集を兼ねて侵入していたと考えれば、ありえない話じゃないと思う」


「そういうことですか。でも、忍び込むのが得意でも、完全に痕跡を消せるわけじゃないんですね」


「さすがにね。社員の方々も、当時は気が立っていてナーバスだっただろうし……気になる兆候があれば、相当神経質になっていたものと思うよ」


 ただ、ヤツでも隠蔽しきれないのは、標的が大企業の本社ビル――つまり、人の出入りが激しい場所だったからだ。

 それに比べれば、今回こうしてやってきたマンションは、潜伏先としてかなり好適と思われる。オートロック完備で、煩わしい人付き合いは特にない。

 ハッキングを仕掛けるという都合上、憑依先がおそらくインドア派というのも好都合だったことだろう。


「なんだか、手慣れてらっしゃいますね」


 と、呆れた感も込めて言う平坂さんに、僕は苦笑いを返した。


「現世入りの常連だからね」


 本当に、迷惑な話だ。


 さて、現場への応援は相賀さん任せだけど、こちらはこちらでやっておくことがある。

「平坂さん」と、僕は声をかけた。


「これから僕は外に出るけど、君は車内で待ってて」


「は、はい」


 一人ぼっちになることへの緊張や恐れがあるのだろう、彼女はかなり硬い様子で答えた。


「心配しなくても、この車は特別製でね。見た目は普通だけど、よほどの悪霊でも侵入できない防御力があるから」


「わかりました。大人しくしています」


「うん。それと……」


 僕はこの先の展開を思い巡らした。


「これまでの傾向から、重傷者が出るような現場にはならないと思う。ただ、色々と心臓に悪いだろうから、何も見えないように、車の中で寝てたほうがいいかな」


「そんなに、すごい現場なんですか?」


「まぁ……危なっかしいというか」


 本当に、あの石川が相手ならば、相賀さんと鬼ごっこになる。

 まだ民間人の平坂さんが目撃してしまうと、正気が損なわれるかもしれない。

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