第17話 今日も御用だ
真犯人の確保に成功し、依り代となった青年の方も、無事に保護できたという報が入った。
少しすると、その青年を連れて数人の警官がマンションから出てきた。
操られていたものと思われる青年だけど、困惑ばかりでなく憔悴や恐れも感じられる。一方で、保護され安堵した様子はない。
彼自身も何かしら、スネに傷がある身だったのかもしれない。
そんな彼の後ろを歩く相賀さんは、特に負傷した様子はない。
ただ、僕が確保した真犯人に視線が向くと――さんざん振り回してきたこの悪党に、一瞬だけ鋭い目を向けた後、怒りを吐き出すように一息ついた。
”乗り捨て”に対する怒りはあるのだろうけど、それをどうにか飲み込んだみたいだ。
近寄ってくる彼女に「お疲れさま」と声をかけると、彼女は「お粗末さまでした」と返した。
振り回され、僕に負担をかけたことへの自嘲と、結局は捕まった悪党への皮肉のように響く。
これから、容疑者二人に対して取り調べを行い、事件の真相を明るみにしていく。
青年の方は所轄の方に任せ、石川は僕ら葬祭課が署まで連行することに。
問題は、車だ。僕らの専用車なら、こういう霊を運ぶのに何ら問題はないのだけど……
有無を言わさず霊体を引きずり、とりあえず僕らは自分の車へと向かった。
後部座席のドアを軽くノックすると、指示通り座席で横になっていた平坂さんが、恐る恐る上体を起こしてきた。
ああ……終わったんじゃなくて、別の事を心配しているのかもしれない。今、ドアを叩いたのが、味方ではなく例の男だと。
その見立ては当たっていたようで、僕の顔を見るなり、彼女の顔が安堵で緩んでいく。
まずは状況の説明だ。霊は僕が外で保持し、車に乗り込んだ相賀さんから、諸々の説明をしてもらう。
「――というわけで、こちらでの仕事は終わりました」
「お疲れさまでした!」
ハツラツな声に、僕らの顔が緩む。これだけで連れてきてよかったなぁと、思わないでもなかったり。
まぁ、いらんヤツが横で聞いてるんだけど。
『見習いか? あんなの連れてくるなんて、ずいぶんと余裕じゃねェか。ああ?』
「こっちにも事情があんだよ」
うんざりしつつ、僕は護符に力を入れた。霊を締め上げる力が増していき、やや苦しそうな声がヤツの口から漏れ出る。
こういう
それに、これから聴取も待っているわけだし。「ちょっと黙ってろ」ぐらいの感覚の攻撃に、割りと合理的なところのあるヤツは、憎々しい渋面で口を閉ざした。
そんなやり取りを聞いていたのか、車内の平坂さんは少しポカンとしている。
「天野さんは、相当優しい方ですよ?」と相賀さんがフォロー入れてくれたけど。
「それはともかく、この後どうします? この車は犯人護送に使うんですけど、平坂さんまでご一緒っていうのも……イヤじゃないですか? なんでしたら、覆面パト一台借りて、今日はこれであがりっていうのも」
正直に言うと、ここまで連れてきて、事が終わったら適当に解散というのもあんまりかなぁ……とは思わないでもない。
業界についての教育という面で、一定の意味はあったと思うのだけど。
平坂さんにとっても、これは難しい問題らしく、彼女は少し考え込む様子を見せ……口を開いた。
「私が、この車でご一緒して……万一の危険とか、そういうのは?」
「あったら商売上がったりですよ」
そう言って笑う相賀さん。まぁ、ごもっともだ。こうして確保にまで至った霊に、出し抜かれるケースなんて聞いたことがない。
それに、この車自体が、悪霊にとっては白木の棺みたいなものだ。捕縛下で好き勝手されるようでは、業界自体が壊滅する。
つまり、乗り合わせた者が脅威に思うかどうか、という問題だ。
そして平坂さんは、度胸を見せた。
「ここで解散というのも、ちょっと……スッキリしないかなって思います。だから、今日はトコトンまでお付き合いしますよ。どうせヒマですし」
「……だそーですが」
僕に尋ねてくる相賀さんだけど、同意を求めているように見える。
この後も付き合うとなると、結構遅くなるのだけど……
結局、僕は平坂さんの根性と熱意を受け入れることにした。
「わかった。この機に教えることもあるしね。少し遅くなるかもだけど……時間の都合があれば、遠慮なく言ってくれればいいから」
「はい!」
と、その時。僕は後ろに気配を感じた。
近づいてきているのは矢島警部だ。初対面のときよりも、ずっと柔らかな表情に見える。
というより、張っていた気が抜け、やや力ない感じが。
ついさっきまで、大悪党の霊と戦っていた、その余波だろうか。
「警部。お加減は?」と問うと、彼は若干驚いたのか、少し目を見開いた。
「ああ、問題ない。少しフラつく程度だ」
「でしたら安心ですが……署に着いたら、そちらの霊能課に一度診てもらうといいでしょう」
このアドバイスに、彼は「そうだな」と応じた。
思えば、僕ら葬祭課に対しても胡散臭く思っていた感のある彼が、こうもすんなり聞き入れるとは……
やや意外に思っている僕に、彼は用件を切り出していた。
「少し、話をしたいんだが」
「私とですか?」
「ああ……」
彼は、僕が確保している霊を
コイツ抜きで話をしようとなると……僕は運転席の相賀さんに声をかけた。
「話が済むまで、車内で確保を」
「了解。平坂さんには出てもらいますか?」
僕だけに用事があるというのなら、車内にいてもらってもいいのだけど……すぐに警部から返事があった。
「何なら、そちらのお嬢さんも一緒に聞いてくれればいい」
「お嬢さん? 二人いますよ?」
冗談めかして反応する相賀さんに、警部は――なんだか、楽しそうに笑った。
「面白い子だな。悪いが、
実質的に名指しで呼ばれた平坂さんは、恐縮しつつもこれに応じた。後部座席から外へ。
一方、相賀さんも一度外に出て、僕から犯人を引き受け再び車内へ。確保用の護符紐を操る手付きに、どこかぶっきらぼうさを感じさせつつ。
そうして話し相手が揃うと、警部はコホンと咳払いした。
「中には聞かれないか?」
「今ぐらいの話し声であれば」
「そうか……」
すると、警部は真犯人に視線を向けた後、フッと息を吐いた。
「感づいていたかもしれんが、本件は色々と……圧がかかっていてな。気が急いている部分はあった」
「話題性が大きな事件でしたからね」
「ああ。だからこそ、早期解決をと思う部分はあったが……その一方で、自分たちの手だけでという思いも、あったかもしれん」
そして彼は、「すまなかった」と頭を下げた。
「私の態度に、不愉快な思いをしたことと思う。本当に、申し訳ない」
自身の非を
正直な話、僕は少し困惑した。
「警部。そのように謝られなくても……自分らが胡散臭い連中だというのは、重々承知してますし」
「いや、しかしだな……」
「……まぁ、見直されて悪い気分はしませんね」
実のところ、曲がりなりにも警察組織の一員としては、警部が置かれた立場っていうのもよく分かる。
だから、誰が悪いっていうんじゃなく、僕らが良い奴だったという形で話を片付けるのが、ちょうどいい落とし所だと思う。
言葉とともに笑って見せる僕に、警部もまた、柔らかな微笑を浮かべた。
「今日は助かった。ありがとう」
「いえ……終わったら終わったで、色々ありますしね」
「嫌なことを言うな」
この後の書類仕事を思い、二人で苦笑い。
それから警部は、平坂さんに視線を向けた。
「そちらのお嬢さんの、帰りの足は?」
「こちらに同行すると、本人の意志が」
「そうか……若いもんは強いな」
若干驚きつつ、しみじみと口にする警部は、「また後で」とこの場を後にした。
彼の背を少し見送った後、横に目を向けると、平坂さんはどこか満足そうな笑みを浮かべていた。
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