第18話 R.I.P.は墓の中

 警部との会話後、僕ら二人も車に乗り込んだ。

 いつもは助手席に座る僕だけど、今回は別だ。平坂さんが犯人と隣り合わないよう、僕と石川が後部座席に並び、彼女は助手席に。


 配置変更が終わり、車がゆるゆると進みだした。

 現場へと近づけないよう、応援のパトカーがマンションの敷地を囲っていた。

 その包囲も解かれつつあるけど、騒然とした感じはまだ残っていて、所轄の人員は地域住民に対する説明等で忙しそうにしている。


 そんな状況を横目に、車はスピードを抑えて進んでいく。

 すると、石川が声をかけてきた。


『よう。とっととおっぱらやいいじゃねェか? やんねェのか?』


「聴取が残ってるだろうが。まさか、忘れたのか?」


『ハッ、どうだかな』


 これからコイツは、署で取り調べを受け――まぁ、コイツ自体からは、さほど情報を引き出せないだろう。

 むしろ、目に見える形の霊を依り代に引き合わせ、そちらから情報を引き出すのがメインだ。

 そういった一種の当て馬的に扱い、聴取が終われば――


 ここにいる・・・・・石川五右衛門は、誰にとってもお役御免だ。

 霊体は霧散し、再び顕現するまでいくらか時を要する事になる。


 窓の外を眺める石川は、遠からず消される自覚を持っていることだろうけど、そうした様子を微塵も感じさせない。

 コイツは、窓の外にいる一般人を見ながらせせら笑った。


『はは、コイツらも、俺のことを相当話題にしたんだろうなぁ……』


「だろうな」


『うらやましいか? いつまでも生きるって、こういうことだぞ? くっくくく……』


 確かに、コイツの言う通りではある。そんじょそこらの御代官さまでは、望んでも決して手に届かなかった、永遠の生。


――石川や、浜の真砂は尽くるとも 世に盗人の種は尽くまじ――


 海辺の砂が無くなるろうと、この世から盗人がいなくなることはない。

 処刑の前に残したとされる一句のとおり、永遠性の一部を、コイツは手にしている。

 その事が僕には――


「正直、同情するよ」


『同情? 俺にか?』


「ああ」


 僕は横に顔を向けた。護符でかんじがらめの石川、その奥にいる一般人たち。


「お前、自分のことを『義賊』だなんて持てはやす連中の事、本当はどう思ってるんだ?」


『……ハッ! お前こそどうなんだ? 一般市民のことを連中呼ばわりとなぁ。それが公僕サマってヤツか?』


「知ったこっちゃないね。一般人に媚びるつもりはないし、奴隷になるつもりもない」


 そして僕は、ため息の後に続けた。


「お前らとは違うよ」


 一言の後、車内は静まり返った。

 捕まってもなお大胆不敵な態度を保っていた石川も、口にできたのは『クソが』という、どうにか絞り出した一言だけ。


 署までの道のりは、ただひたすら静かだった。



 署に着いてからも、仕事は色々と残っている。葬祭課としては、一応の上席者である僕が事後対応に加わることに。

 一方、相賀さんはおおむね平坂さんへの教育で色々と解説を。

 まずは管轄署の霊能課に石川を引き渡し、最初期の報告書を書き上げ、署員の方々といくらか話し合い――

 諸々終わった頃には、ずいぶんと時間が経ってしまっていた。


 署を後にする僕を、矢島警部を始めとする署員の方々が見送りに。

 お互いにぐったりした感は隠しきれず、苦笑いを向けあって、やや力ない握手。


 車には、すでに二人が乗り込んでいた。

 僕が合流するなり、「食事どうします?」との問いかけ。


「いや、こういうのって平坂さんに決めてもらうもんじゃ……」


「聞くだけ聞こうと思って」


「ああ、そういう……」


 とりあえず、平坂さんは夜ご飯をご一緒するのに依存はないようだ。

 すでに動き出しつつある車内で、僕は頬杖ついて夜景を眺めながら答えた。


「何でもいいけど……辛いの」


「じゃ、中華でいいですね。テーブル回る店に行きましょ」


 定食っぽいところではなく、割りと本格派のところへ行く気らしい。

 たぶん、僕の支払いが多くなるだろうけど、まぁいいか。


 しかし、ごちそうが待っているという中で、車内はややアンニュイな空気が漂う。

 相賀さんは運転中、ラジオをつけない人種ということもあって、誰もしゃべらない車内は静かだ。防音性が高いということもあって、車の駆動音がわずかに耳を刺激する。

 ふとバックミラーを見ると、平坂さんが何か言いたそうにしている。


「平坂さん、今日はお疲れさま。飛び込みの案件で振り回しちゃって、申し訳なかったね」


「いえ、そんな。色々とためになる勉強をさせてもらいましたし……」


「そう言ってもらえるとありがたいけど、無理はしないようにね」


「大丈夫です。危なくなったら遠慮なく言いますから」


 と、まだまだ元気なところを見せて言葉を返してくれる。

 そんな彼女は、若干のためらいを示した後、本題らしきものを切り出してきた。


「葬祭課としては、あの石川五右衛門って相当……困らせてくる相手だと思うんですけど」


「そうだね。なんていうか、仕事が早い野郎で」


「それで、色々と気になったことがあるんです」


 彼女が指摘したのは、石川の方が、僕らを旧知の相手だとして扱っていなかったように見えたことは。

 ヤツから見て僕は、腐れ縁のある一個人ではなく、単に霊能のある警察の一人だったように感じられたという。

 これは鋭い視点だった。


「実際、その通りだった思うよ。これまでの、霊として関わった犯行について、細かなところまでは覚えていないはず」


「そうなんですか?」


「世間がそこまで知らないからね」


 これで、平坂さんも合点がいったようだ。


 現代に現れる特霊というのは、結局のところ、人々の間で交わされる言葉が存在の根底にある。

 そのため、過去の犯行が反映されることはあっても、あくまで表層的なものだ。世間がそこまで知らないのだから。

 そして、はらわれて消え失せ、次に現れた時、それぞれに精神の連続性はない。

 それでも、便宜上は同一人物として扱っている。僕ら業界人も、世間も――


 そして、おそらくは当の本人たちも。


 流れていく夜景に目を向け、僕はため息をついた。

「本当に、大変な一日でしたね」と、後部座席からねぎらいの声。

 気を遣わせてしまったことを、僕は恥ずかしく思った。


「せっかくだし、今夜は遠慮しないで色々注文していいからね」


 ちょっとしたびにと声をかけると、すぐ横から「よっしゃ」との反応。

「はいはい」と僕が応じると、バックミラーの中で平坂さんは含み笑いを漏らしていた。

 ため息ばかりで気鬱な空気も、これで払拭できたかなと思う。相方の気遣いに感謝しつつ、僕は夜空に目を向けた。


 石川五右衛門が、実際に・・・誰から盗みを働いたのか。被害を受けたのは誰か、詳細はわかっていない。

 そして、本当の被害者たちのことは、ほとんど顧みられていない。少なくとも、石川五右衛門という稀代のキャラクターほどには。

 彼に与えられた義賊という言葉の下に、物言わぬ被害者たち押し込められている。

――現実を生きていた、石川五右衛門本人でさえも。


 今となっては、本当のことは誰にもわからない。

 現世に現れる石川五右衛門の霊も、自身のルーツまではわからない。本当の初犯のことなんて、忘却の彼方だろう。

 本来の自分は、誰にも顧みられることがない。

 世間を騒がせる大泥棒の義賊は、世間に本来の自分を奪われている。


 そのことだけは、どうしようもなく哀れだった。

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