第19話 Xact

 石川五右衛門によるハッキング事件が解決し、数日後。

 取り憑かれていた青年は、署の取り調べで容疑を認めたという話だ。


 ただ、一連のハッキングにおいては最終段階で関わっただけらしい。

 前段の情報収集においては、石川五右衛門自身が霊体として侵入、社内で情報収集をしていたのだとか。

 また、例の青年はあくまでフリーランスのプログラマだそうだ。余罪と言うほどのものはなく――

 強いて言えばSNSで、石川五右衛門に付け入られそうな要素が見受けられたとのこと。

 諸々勘案した上で不起訴処分になるだろうと、矢島警部から聞いた。


 所轄の方で進展がある一方、僕らもこの件で仕事が一つ発生している。

 そこで、平坂さんにもちょうどいい機会と思い、ちょっとついてきてもらうことになった。



 目的の建造物が近づき、相賀さんが「アレがそうですよ」と言った。

 いつも通り後部座席に座る平坂さんは、リクルートスーツに身を包み、緊張した面持ちで外を見つめた。

 別に私服でも良かったんだけど、関連のある機関への顔出しということで、この服を選んだわけだ。


 大通り沿いの高層ビル群を抜けた先、贅沢にも少し広めの敷地を取る建造物が、今回の目的地だ。

 3階建てほどの高さしかないけど、見た目はかなりご立派で、周囲からは少し浮いている。アメリカの大手銀行や行政機関を思わせる、白い柱がやたら目立つヨーロピアンなたたずまい。アレが――


Xactエグザクト日本支部。霊化した偉人や大罪人の格付け機関でね……何というか、ひたすらに罰当たりな機関だよ」


「ね~」


「罰当たりって、何かマズいことでもやってるんですか?」


 実のところ、業務上重要ではあるものの色々と思うところあり、決して好きになれない機関だ。平坂さんが興味を示していること、敷地内にまだ入ってないのをいいことに、連中への憎まれ口が滑らかに出ていく。


「何者でもない連中が、偉人を格付けするってのが、そもそもおこがましいと思う。その上、自分たちの見立てが正確・厳正エグザクトってのがね」


 実のところ、正確を意味する英単語exactから取ったXactという名称は、X故人act行いを意図したものだ。

 二つ足して遺功ってとこか。

 Xには卓越みたいな含みもあるようで、その場合はXactで偉業・偉功あたりか。

 いずれにしても、格付け対象を考えれば正当な名前ではあるけど、思い上がり感は否めない。それに……


「自分たちの故人評を商売にしてるってのも、結構アレですよね~」


「商売ってことは……葬祭課みたいな公的組織に情報提供してるだけじゃなくって、民間にも売ってるんですか?」


 平坂さんの察しに「いい質問ですね!」と楽しげに答え、相賀さんは車を操りながら口を開いた。


「あそこの連中、故人の能力を数値化してるんです。やれ、統率力がどうとか、知力がどうのだとか、特殊能力は~とか。そーやって格付けしたデータを、民間に販売してて」


「……売れるんですか?」


 怪訝けげんそうな反応の平坂さんをミラー越しに眺め、僕らは苦笑いした。


「人間ってのはどうも、格付けとか番付が好きらしくてね。ギネスとかミシュランとか。ああいうのの対人版だよ」


「なんていうか、野球選手をうんぬんするノリで、偉人を比べ合ってますよね」


「そうそう。草野球やったこともないのに、専門家はだしで……」


 と、偉人格付けに関わるアレコレについて、グチをこぼした僕らだったけど……

 ふと思い直して、取り繕った。


「今の話は機密事項だからね」


 これに平坂さんは苦笑いした。


 車内では業界人二人で盛り上がっていたけど、さすがにそのノリを敷地内で続けるわけにもいかない。

 駐車場に足をつけた僕ら二人は、それまでの会話なんてなかったように、作ったような生真面目な顔を建物に向けた。

 そんな僕らの変わりように、後ろの方から含み笑いの音。砕けた空気に、僕らも表情を柔らかくした。


 Xactの受付で来意を告げると、顔なじみの受付嬢がテキパキと動く。

 僕ら二人の本人確認は、玄関口の時点で“自動的”に終わっている。

 必要なのは平坂さんの手続きだけだったけど、こちらも話は早い。前もってアポを取っていたおかげで、彼女の本人確認書類を提出し、その場で見て完了だ。

「確かに」と言って、受付嬢は平坂さん向けに入館証を差し出してきた。ネックストラップに首を通した彼女に微笑み、受付嬢が――


「ようこそ、Xactへ」


 受付嬢は余裕のあるものだけど、平坂さんには硬さが見受けられる。歓迎の言葉に、彼女は「失礼いたします」とお辞儀をした。

 こうなってくると、我が物顔で入り込もうという僕ら二人が、何だか無礼な気がしてくる。


 いや、車内では無礼そのものだったけども。


 やや気まずさを覚えつつ、相賀さんとともに「お邪魔します」と小さく頭を下げると、受付嬢はニヤリと笑みを浮かべた。

 受付を通り、僕らは中へ歩いていく。


 すると、さっそく雰囲気に圧倒されたようで、平坂さんは呆気にとられて立ち止まった。

 慣れるまでは自然な反応だと思う。火急の用件というわけでもないし、通路に通りかかる人もいない。先輩の僕らもしばし一緒に立ち止まった。


 Xactは、半官半民のような国際機関だ。ここはあくまで支部でしかない。本部はローマにあるし、各支部の所在地から言っても、全体的におおむね西側・・の機関と言える。

 その影響で、紛れもなく日本国内にあるこの建物も、内装は外見通りに欧米の大手行を思わせるものだ。天井はやたら高く、窓は多く、自然光が差し込んで室内に満ちる。

 他の支部に合わせて日本っぽくない建物になっているけど、ここに務める職員も人種多様で、邦人は半数程度。残りは様々な国から出向してきている。

 それだけ、霊障や偉人病が国際的に蔓延しており、国家間の協力を求められているというわけだ。


 今日、アポを取ってある奴も、海外からやってきている。

 僕らが一階部分で邪魔にならないように、待合スペースで待っていると、そいつが小走りでやってきた。

 フランス人の青年ジャック・オーブリーだ。背が高く、金髪碧眼。少し彫りが深い顔の、結構な美男子だ。

 ただ、中身は割といい加減な野郎ではある。


 人の良さそうな笑みを浮かべて近づいてきたジャックは、「やあやあ、おまたせおまたせ」と滑らかな日本語で話しかけてきた。

 そして、こちらが反応する前に平坂さんへ視線を向けて一言。


「こちらが例の?」


「いわゆるインターン生みたいなものかな」


「ほほ~う! さっそく、この二人からあることないこと吹き込まれたんじゃないかな?」


 これにピクリと体を震わせる平坂さん。そして、「やってしまった」と思ったらしい。彼女は僕ら二人に、なんとも言えない視線を向けてきた。

 こういう、スレてないところは、同業者にしては珍しい資質だと思う。彼女に微笑を返しつつ、僕はジャックに答えた。


「君からすれば、聞き慣れたことしか言ってないって」


「ははは、別にいいけどね。嫌よ嫌よも好きのうち、だっけ?」


 口を開けば雑な男だけど、仕事ぶりだけは一応信頼している。相賀さんと目を合わせ、僕らは鼻で笑った。

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