第20話 対偉人メタ

 僕らはジャックの案内で、建物奥へと入っていった。エレベーターに乗って3階へ。

 一階部分や外層はクラッシックなヨーロッパ風味だけど、上の階は普通のオフィスという感じだ。かなりオープンスペース感あるオフィスの中に、いくつか透明な仕切りで区切られたスペースが。

 防音・防弾ガラスで囲まれた、応接用のブースだ。


 まずはこちらに通され、3人で待つこと2分程度。

 戻ってきた彼は、小脇に抱えたアレコレをテーブルに広げた。サービスらしきペットボトル4本。どれも違う清涼飲料で、炭酸だ。単に自分の好みで選んだのだろう。

 そして――今回の訪問の主役である、厚手の表紙に挟まれたファイル。

「これが今期分」と差し出しされたファイルを広げ、僕は一瞥いちべつした。


「いつもより……少し多いかな」


「それだけ活発化してるってことでね。こっちも必死だよ。あまりにもモダナイズが激しいようだと、君ら現場に悪いしね」


「見立てが外れたとしても、君らには噛みつかないよ」


 と、いつもの調子で言葉を交わし合い、僕はファイルを閉じた。

 こちらからも差し出すものがあり、カバンからファイルを取り出した。


「今回の報告書」


「どうも」


 これは、今回・・の石川五右衛門の犯行について、現時点での調査報告をまとめたものだ。

 もちろん、無関係の人間に見せられるものではない。

 ただ、このXactエグザクトという機関だけは話が別だ。公的機関への捜査協力のため、こうして逆に情報を収集し、それを統合する役回りにある。


 さて、今日は社会見学という名目もあって、平坂さんを連れてきている。ファイルを気にしつつも、品よく自制している彼女に、僕は声をかけた。


「ここがいわゆる『特定故人』の評価を行う機関だと説明したけど、現世に現れてからやらかした事も、評価改定の上では重要でね」


「世間からの評判も、それで動くかもしれませんしね」


 察しのいい平坂さんに、ジャックも目を丸くし、どこか嬉しそうに口を挟んできた。


「そういう面もありますね! 世間からどう思われているかは、霊化の際に影響力が大きいところで……直近の出来事なんかは、かなり響いてきます」


 実際には、特霊が最近になってやらかしたことというのは、現世への馴染み具合を示す材料になりやすい。

 たとえば、つい先日の石川五右衛門。奴は肝心な部分を憑依で済ませたとは言え、曲がりなりにもハッキングによるサイバー犯罪を遂行した。

 こうなると、あの石川五右衛門はハッキングもできる義賊――なんてイメージが、世間に植え付けられてしまうわけだ。


「新しい犯行に挑戦し、世間の目を変えていくと言うのは、ヤツなりのイメージ戦略と言えるね」


「なるほど……」


 あくまでも義賊という縛りから抜け出せないアイツだけど、こういう一歩引いた大局的な視座がある節は認めざるをえない。

 犯罪者相手ながら、平坂さんも目からウロコといったところで、ヤツにはある種の感心をいだいたようではあった。


「実を言うと、特霊の評価は流動的なところがあってですね。最近の事件以外にも、留意事項があるんです」


 ジャックが別の話を持ち出すと、平坂さんは少し身を乗り出した。


「それは……あ~、資料の新発見とかですか? それで見直しが発生したりして」


 彼女の気づきを心地良く思い、僕は笑顔でうなずいた。


「そういう学術的な事情もあるね。頻度としては少ないけど、貴重な一次資料で……真実として認められやすいものだから」


「なるほど……」


 格付けに揺らぎが生じる理由は、他にもある。一言で言えば、「時代の精神」ってところか。

 不特定多数の人間からなる、思想や観念の流行り廃りは、自然と過去の人物に対する再評価に結びつく。

 早い話、同じ人物が相手でも、見る目が変わってしまうわけだ。


 そのため、Xactでやっている仕事というのは多岐にわたる。

 まず、偉人・罪人といった大物の霊――つまり特定故人の霊の関与が疑われる事象について、情報収集と分析。

 考古学・歴史学等のアカデミックな見地からの、新事実を盛り込んだ再評価。

 そして、特定故人に向けられる、現代人の感情や認識の変化を、主にSNS等を監視して把握。

 こういった地道な作業を通じ、Xactは故人の評価改定を続けている。


 今回受け取ったファイルは、やや注意を要するレベルで世間の認識に変化があった、特定故人の報告が大半。

 他には、特霊が関与する事象・案件をまとめたもの。


「特霊の活動性は、本当に人それぞれというところですが……活動に変化が見受けられれば、そちらも葬祭課等の組織への報告対象ですね。それらしい活動が鳴りを潜め、潜伏状態と思われる大物ですとか。特に、要監視対象などは」


「特別な注意を要する大物がいる……いや、いらっしゃるんですね」


 やや砕けた口調ながらも、わざわざ言いかえる平坂さんは、おそらく故人に対する礼節を自然と有しているんだろう。

 見えたり聞こえたりするその素質が、彼女にそうさせているのかもしれない。

 そんな彼女に、ジャックは少しだけ目を白黒させた。それから、彼は少しだけ改まった様子で、話を続けていく。


「まず注意が必要なのが、過去の有名な悪人ですね。これは分かりやすい監視対象ですが……現代とは倫理観が違う時代の偉人も、憑依先のメンタリティ次第では危険人物になりえます」


「悪人に取り憑いて……うまいこと使われてしまうんですか?」


「そういう例もあります。時代の倫理観というものは、長い目で見ると移り変わりが激しいもので。今では悪人とされるような人物に、故人が馴染むケースも、なくはないんですよ」


 これは故人の名誉というものがあるし、公安に関わりが深い部分だけに、説明は表層的なものに留めておくことになった。

 早い話――今の視点で見ればテロリストでしか無い人々も、過去の倫理観や法制度の中では、ある程度容認されていたということだ。


 そういった要監視対象の動向を押さえるのは、もちろん公権力の手先たる僕らの仕事なのだけど、手広く情報収集してくれるXactに助けられている部分も大きい。

 実際、故人の点数評価ビジネスをやっていなければ――

 その点を持ち出すと、ジャックは「そうは言うけどさ~」と苦笑いした。


「歴オタ向けに売れて稼ぎになるし……そういう“素質”ある連中が、ウチの職員になってくれるかもだし」


「そういう、間口を広げるって意味はわかるけどさ……」


「それに、罰当たりって点では、君らも共犯だろぉ? 対偉人メタとかさぁ」


 痛いところを突かれて口ごもる僕の横で、聞き慣れない単語に反応する平坂さん。


「たいいじんめた? って何ですか?」


 たぶん、どこまで漢字でひらがな・カタカナが含まれるかどうかもわかっていない。

 そこで、「こうやって書くんですよ~」と相賀さんがメモにペンを踊らせる。適当なところもある子だけど、超達筆だ。

 これで対偉人メタという単語を目にした平坂さんだけど、その意味までは腹落ちしない様子。

「先輩なんだから」と、ジャックがニヤニヤしながら僕に促してきたけど、説明役は相賀さんが勝って出てくれた。


「まず、メタって意味ですけど」


「GAFAの一つですか?」


「ええまぁ、Facebookっていうか、今はMetaですけどね。あのMetaと意味合いは同じですよ」


 そんな解説をしている横で「なんでGAMAにしないんだろ」とジャックがつぶやくも、これを無視して相賀さんが語っていく。


 対偉人メタの“メタ”というのは、幅広く対戦ゲームで用いられる用語、メタゲームから取られている。

 これは、実戦に先立つ情報戦、読み合いによる盤外戦みたいなものだ。流行の戦法や戦術があれば、それに有利を取れる手段を研究し、身につけて本番に臨む。

 そうすれば、対戦の場で優位を取れる確率が高まる。


 これをより露骨にやるのが対人メタというもので、次に戦う特定の相手に対し、戦う前から弱点を突くような手口を指す。

 たとえば、電気を操るのが得意な相手に、地面へ潜る手段を用意したり――モグラっぽいモンスターを仲間にしておいたり。


 対偉人メタは、こういった手口を故人相手に用いる。


「つまり、すでに知ってる弱点を突くわけです。たとえば、信長公は火攻めに弱いとか……」


「……誰でも弱いんじゃ?」


 身も蓋もないツッコミが平坂さんから。


「あと、曹操は人妻や未亡人に弱いとか……」


宛城エンジョウのアレは、ちょっと……」


 と、今度はジャックがやや悲哀の色を見せる。


「……みたいな感じです。早い話、故人のトラウマをえぐって優位を取るんです。罰当たりでしょ?」


 ケロリと口にする相賀さんに、平坂さんは口ごもった。

 ただ、そういう手口を用いるのは、そうされても仕方のない手合だけだ。


 それに、加減できる相手ばかりというわけでもない。


 時には非道を働く僕らに、ジャックが一応の助け舟を出してくれた。


「自分を偉人になぞらえるだけ・・の偉人病なら、結局は常人なんです。それに雑霊ぞうりょうが入り込むと、常人以上の力を発揮させますけど、これもまぁ、別にってところで。最悪なのが、特霊が取り憑く、いわゆる本物ですね。ヒラサカさんも、そういうのはご存知では?」


「つい先日の石川五右衛門とか……もっとひどいのになると、ニュースでたまに出るような異能犯とか?」


「そうですそうです」


 当人の妄執によるものか、世の理を歪めて現世に現れる悪名高い霊は、時として超常の力を発揮する。

 そういった連中がどういった力を発揮したか。その際のデータを集積するのも、このXactの仕事だ。


「霊的な犯罪は、今じゃ国際化が進む一方で。公権力だけじゃ協力し合うにも限度ありますし」


「耳が痛いね」


 警視庁葬祭課と似たような組織は、国内外にいくらでも存在するけど……

 霊的事象に対応できる人材ってのは、そもそも出自が地域に根ざしたものだ。縄張り意識が強く、それは公的機関が霊的事象を扱うようになった今も、そう変わらない。

 そこへ、官僚組織らしい縄張り意識が加わるのだから――何をか言わんやって感じだ。


「それで、ウチの出番ってわけですよ」


 というわけで、ここには実際、かなり世話になっている。

 それでも、ここの存在自体を色々と不謹慎・冒涜的に思ってしまうのは、きっと同族嫌悪のようなものだろう。


 僕としては、平坂さんがここをどう思うかが――道中で色々と言っていた割には――心配だった。

 ただ、僕の懸念をよそに、彼女はここの働きを好意的に捉えているようだ。「大変なお仕事ですね」といたわるように口にする彼女に、ジャックが嬉しそうに笑う。


「おいおいおいおい、お二人さんや。後輩さんの方が、人ができてらっしゃるんじゃないかなァ~?」


「はいはい、感謝してますよっと」


「足向けて寝られませんわ~」


 雑に応じる僕ら先輩だけど、ジャックもジャックで雑なもので、皮肉っぽく笑うだけだ。

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