第11話 今どきのサイバー犯、石川五右衛門

 石川五右衛門の名を聞いて驚いた平坂さん。


「またですか」


「らしいね」


 また・・というのは、現世で初犯ではなく――というか、迷惑なことに故人の霊の中でも、ヤツはかなり活動的だからだ。現代人に取り憑き、悪さを働き……調伏されても、その内また蘇る。

 ワイドショーを騒がす事件も、何回かしでかしている。葬祭課的には、宿敵ってところか。


 今回の話は、かの人物が関与したと断定できるものではなく、とある事件の捜査中にその可能性が浮上してきたらしい。それで、僕らにお声がけがかかってきたというわけだ。

 時刻は3時を回っている。都内からの応援要請ということで、そうはかからないだろう。

 問題は、平坂さんを連れて行くかどうか。


 ただ、この業界にいれば避けては通れない問題というものがあって、その説明の機会として格好の題材ではある。

 実際に、彼女に同行してもらうかは後ほど決めることとして、まずは道中この件に関し、彼女に色々と教えることにした。

 ちょうど、彼女も何かと気になる様子でいることだし。


 事が起きたのは3週間ほど前。都内に本社ビルを構える某大手企業がハッキングの被害に遭い、いわゆる身代金ウイルスがサーバーに侵入。

 結局、その支払いに応じることで、その後の業務に大きく響くことはなかった。


 この事件に先立つ形で、ちょっとしたトラブルも起きていた。同社の取締役社長は、ちょっとした名物みたいなもので、何かにつけて一家言ある――

 早い話、世の中で何かあれば、何か言わなきゃ気が済まない系の人だった。

 ネットの海ではよくある人種だけど、彼は立場上よく目立つお人で……ちょっとしたきっかけで、彼のSNSが炎上。

 株価にも若干の影響があったようだけど、これに追い打ちをかける形で、件のハッキングが仕掛けられたらしい。

 というのも、犯人と思われる者から、「これは懲罰だ」と称するような声明が出ていたからだ。


「……それで、その犯人が、石川五右衛門なんですか?」


「確定してないけど、かもしれないんじゃないかって……所轄の一部では、そういう話が出ているみたいだね。これがいわゆる“特霊”案件かもしれないって」


「特霊って、『特定故人の霊』のことですよね?」


「そうそう」


 特霊というのは警察業界用語で、「特定故人の霊」という、ニュースでも用いられる行政用語を略している。

 で、特定故人の霊が意味するのは、確立した自我を有する霊。生前には広く名を知られていることが多い。

 弱い霊が寄り集まって生じる雑霊ぞうりょうと、ちょうど対をなす単語だ。


 特霊が特別視されているのは、良くも悪くも影響力が強いからだ。

 それに、誰かに憑依して現世の肉体を得れば、世の理を歪める異能を発揮することもままある。こうした異能を操る犯罪者は、異能犯と呼ばれている。

 そういう意味では、石川五右衛門という大悪党の霊は、比較的マシではあった。過去に異能を発揮したことはない。

 とはいえ、その内使えるようにならないとは言い切れないのが辛いところだけど。


 ヤツの関与を疑う理由について、そういった情報まではこちらに届いていない。

 おそらく、サイバー犯罪ということもあり、ヤツの宿敵である葬祭課への情報提供には慎重になっているんだろう。

 縦割り社会だからってのもあるだろうけど。

 具体的な話は向こうについてからということで、端末に着ている連絡は、吉祥寺分室を通じてのごく簡単なものだ。


 こうして事のあらましを告げた後、平坂さんは「それにしても」と口を開いた。


「大昔の大泥棒が、ずいぶんと今風になっちゃったもんですね……」


 すると、横で飴を噛み砕く音が聞こえた。話に混ざりたいらしく、ハンドルを握りつつ相賀さんが横から口を入れてくる。


「前には、特殊詐欺やってた時もありましたね~。すぐに御用になりましたけど」


「特殊詐欺と言うと、いわゆる『オレオレ』ってやつですか?」


「そうそう。『オレオレ、五右衛門』」


 声音を変えておどける相賀さん。「ルパンじゃあるまいし」とツッコミを入れると、二人は含み笑いを漏らした。

 それはともかく……


「その特殊詐欺の件では、いわゆる……ちょっと問題があると思われている金持ちから大金をせしめようとしていてね。ま、義賊のつもりなんだろう。今回も募金にバラまいてるみたいだね」


「なるほど。だから、同一犯なんじゃないかってことですね」


「そういうこと。それらしい声明も出てて……模倣犯という可能性も捨てきれないだろうけど」


 厄介なのが、“声明を出すこと”に味を占めているんじゃないかということだ。

 模倣犯が出たり、そこまではいかずとも大きな話題になったりすれば、霊としては次も出やすくなる。うつし世で語られる事が、霊としてのエネルギーになるからだ。

 調伏に完全はなく、生きた口に語られる限り、霊に不滅はない。

 それに……時代の精神とでもいうか、くだんの悪党にはちょっとした需要があるらしい。権力や格差に対するアンチテーゼというか。

 ヤツ自身、そういうことは毛ほども考えていないだろうけど。


 世の中を動かすほどのパワーや格を、ヤツ自身は求めていなさそうということもあって、再出現のスパンは短い。

 なんというか、もったいつけずに現れる、みたいな。そういうフットワークの軽さがある。

 おかげで、警察関係者、それも僕らみたいな部署の人間にしてみれば、好ましからざる腐れ縁があるわけだ。


 そうした業界事情に、「大変ですね」と僕らをいたわってくれる平坂さん。


「実際、面倒な相手ではあるけど……まだマシかな」


「血を見るようなことはないですしねぇ」


 あまり乱暴せず、あくまで金だけを標的に絞った犯罪ばかり。ヤツの目的にも手段にも、今のところは殺しがないのは幸いだ。


「ところで、平坂さん。石川五右衛門がいつの時代の人物か、わかるかな?」


「……江戸ですか?」


「それが、実は微妙なところでね。半分正解かな」


 半分正解と言っても、別に時代の切り替わりを例の人物が体験したという話じゃない。身を乗り出して耳を傾ける平坂さんに、僕は解説を続けた。


 石川五右衛門という人物自体は、実在性が高く、安土桃山時代に裁かれて死んだという資料がある。

 ただ、現代に伝わる石川五右衛門は、江戸時代に生まれたキャラクターと言える。実在していたらしい・・・人物に面白おかしく尾ひれをつけて、創作のネタになっていったからだ。

 おそらく、「釜茹でされた大泥棒」という点に誰かが着目して創作化し、これに後追いが乗っかっていったんだろう。事実に基づくであろう初期の創作に対し、以降のは三次創作ではないかと思う。

 言うなれば、事実に対する史実としての三国志正史と、小説としての三国志演義、さらにそこから派生した作品群の関係みたいな。


 石川五右衛門が反権力の義賊だったという話も、人々に語られるようになってから確立したものと言える。

 実際に、彼がそういう善行?を働いていたという確たる証拠はない。

 ただ、公権力に見せしめとして釜茹でで処刑されたらしい・・・彼の最期が、創作者の権力嫌いとくっついただけではないかと思う。

 そういう意味では、元ネタは安土桃山時代の人物で、現在に伝わる人物像は江戸時代生まれというわけだ。


「それで……今の世を騒がせているのは、江戸時代産・・・・・の方だね。というより、元ネタの本物の方は、もう出る幕がないんじゃないかと思う」


「完全に、そっちの方で認識されちゃってるんですね」


「世間も本人もね」


 霊になっても自我を保つような人物であっても、世間のイメージには染まりやすい。特霊と言えど――というより、人に語られることで顕現する特霊だからこそ、どう思われているかが本質に大きな影響を与える。

 この石川五右衛門という人物の場合、実際のものはどこかへ完全に追いやられた格好だ。


――その点については同情する。

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