第24話 廃屋の幽霊退治

 7月2日。一日中、分厚い雲が立ち込めていた日の夕方。

 一日の仕事の締めに足を踏み入れたのは、かつて日本家屋だった廃屋だ。

 屋根を中心にその姿を保っているけど、中身は相当悪くなっている。

 多分、最初に壁か雨戸が悪くなったんだろう。横から入り込む湿気に侵食され、長く手付かずだったと思われる屋内は、至るところが腐り落ちている。


 そんな中にたたずむ――

 いや、ヤンキー座りをしている、少し紫っぽい若者の霊が三体。

 いつの時代の族か知らないけど、だらしなくも威圧的な感じのある装いだ。

 そんなハグレ者の霊たちは、明らかに公職っぽい僕の接近を目の前にしても、特にたじろいだ様子がない。クッチャクッチャと口からわざとらしく音を立て、ガムを膨らませている。

 そのガムも、きっと霊体の一部なんだろうけど。


 そんな小憎たらしい亡者に、僕は懐から取り出した書面を提示した。


「ここらへんで、良くガラスが割れるという相談が寄せられているんだが、お前たちだろ」


 すると、霊の一人がすっくと立ち上がった。

 図体ばかり、デカくなりやがって。190近くはあるかもしれない。

 おそらくは雑霊ぞうりょうだと思うんだけど、顔の輪郭はハッキリしている。ガンのつけすきで、みんな同じ顔になったのかも。

 そいつもご多分に漏れず、顔を歪ませてにらみつけてきた。


「んだテメェコラ。証拠あんのかよ、ショーコ」


「権力のオーボーつてヤツじゃねえの?」


「犬は尻尾まいて帰んな!」


 と、族の霊が挑発し、ゲラグラ笑い声をあげる。

 楽しげな連中を前に、僕は書類をしまってため息をついた。


「お前らがやったという直接の証拠はないけどな、お前らがいなくなって被害が収まれば、それが証拠だ」


 これにピクリと反応し、こちらへの視線が鋭くなる。

 僕の目の前の大男は両手を合わせ、威嚇的に音を鳴らし始めた。

 どうも、仕事柄よく聞く感じの音だ。


「今の生活、意外と楽しんでるんじゃないか?」


「ああ?」


 凄みを利かせ、首をかしげて脅してくるそいつに、僕はニコリと笑った。


「いわゆるラップ音だろ、それ。強そうに見せる努力は、死んでも変わらないわけかァ……イヤ、涙ぐましいね」


 割りと露出が少ない装いだけど、肌が見える部分は青筋が立っている。

 これまでニヤニヤしながらヤンキー座りしていた連中も、舐められっぱなしではいられないのだろう。二人とも立ち上がり――

 連中の身振りに合わせ、細長い物体が何本か宙に浮き上がる。先が腐った角材、鉄パイプ、錆だらけのバールのようなもの。


 物理的実体のあるモノを操る、いわゆるポルターガイストだ。


 念動力テレキネシスを操る上等な霊もいるけど、こいつらは自分の手で操るのを好むらしい。

 たぶん、そっちの方が手慣れてるんだろう。

 生身の人間を容易に殺傷せしめる武器を手にし、賊どもは腐った畳を得物で叩き始めた。


「もう取り消せねえぞ」


「願ったり叶ったりだね」


 すると、賊の一人が強襲を仕掛けてきた。


 霊体となっては、別に重力に従わなきゃいけない道理はない。ただ、地に足つける様式に、心が馴染んでいるというだけだ。

 その気になれば、霊は重力に縛られない。


 今回の族も、その程度の動き方は心得ているらしい。空中で向きを変えて、水平に武器を振り下ろしてきた。

 大きく腰を落として水平斬りを回避するも、今度は二人が大きく振りかぶり、獲物を叩きつけてくる。

 しゃがんだ脚に力を入れ、素早く右へ回避。金属の武器を叩きつけられ、腐った畳に強く食い込む。


 こんな連中だったら、最初から使っておけばよかったかもしれない。

 腰の道具入れに手を伸ばし、僕は護符を一枚放った。族の亡霊たちのちょうど真ん中を護符が通り過ぎ、内一人の体がギョッと固まる。


「クソッ、専門家かよ」


 じゃなきゃ何だと思ってたんだろ?

 若干気になるも、僕はもう一枚護符を飛ばした。


 もはや肉体や重力に縛られない亡霊たちだけど、動きに限度というものはある。

 必殺の一枚を避けるのに手いっぱいで、こちらへ攻撃を仕掛けられないでいる。

 最初の攻撃には、中々の鋭さがあった。生前のご同輩程度なら、簡単に殺せただろうけど……


 やがて避け切れなくなった霊に、護符が一枚貼り付いた。霊体に紫電が走り、苦悶の悲鳴を上げた後、そいつは消えてなくなった。湿った畳の上に角材が落ちる。


 仲間一人を早くも失ったことに、残るニ体の焦りはいよいよ深刻なものになった。焦燥にかられた顔で飛び……

 視線は外へ。開けっ放しの窓から外へと飛び出そうとするも、何もないところに再び紫電が走り、霊はたじろいだ。


「な、何だってんだよ、これよォ!?」


「結界だよ、勉強になったな」


 これでもう、逃げ場はないということに気づいたのだろう。族二人は絶望に顔を歪めた後、こちらに武器を向けてきた。


「く、クソが・・・卑怯じゃねェか、こんなの!」


「好き勝手遊んでやがったくせに、良く言うよ」


 破れかぶれになって突っ込んでくる二人に、僕は再び護符を投げつけた。

 もう回避する気もないらしい。玉砕覚悟で突っ込んだ二人は、仲良くその場で倒れ伏し、浄化されて虚空に消えた。


 一戦が終わり、一応は確認にと、廃屋を少し探索していく。

 ただ、これ以上の住人は、生死問わず誰もいないようだ。さっきの三体だけが住み着き、隠れ家にしていたんだろう。

 少し伸びをして深呼吸しそうになったけど、あまりにも淀んだ空気に思いとどまった。

 やたらきしむ階段を降り、足早に外へ出てようやく深呼吸。


 今回の除霊も、いつも通りの手順で、対象建造物の周囲に結界を展開してあった。廃屋を中心とする立方体の、頂点8か所に護符を展開する形だ。

 その頂点一つを、平坂さんに任せていた。


「お疲れさま」


「お、お疲れさまです!」


 初めての実戦手伝いということで、彼女はかなり緊張した様子だ。

 ただ、結界展開の方は良くできている。彼女に任せた付近に結界の揺らぎは見受けられず、初心者にしては結構なものだった。


「よくできてるよ」


「ホントですか?」


「ホント、最初としては上出来だよ」


 素直な所見を口にすると、心配が顔に出ていた彼女も、フッと柔らかな笑みを浮かべた。

 現場の廃屋すぐ近くには、公用車に乗った相賀さんもいる。一応のバックアップ要員だけど……まるで心配した様子がない。

 たぶん、平坂さんの腕を確認し、早い段階で大丈夫と見切ったんだろう。


 車に戻ると、彼女は「お疲れさま~」と声をかけてきた。


「で、ただの族でした?」


「特に背景なさそうな奴だったね。弱い護符で十分だった」


 こういう仕事では、用いる護符に強弱がある。護符の攻撃力に対する反応で、敵対的な霊の水準を図るためだ。そういう手応えをもとに、調査を進めることもあるのだけど――

 今回のは、良くある程度の霊でしかなかった。

 それでも、それなりの実害は出ていたんだけど。


「ガラス中心に、結構被害出たみたいですね」


「バイクを盗まれなかっただけ、まだマシかな」


 冗談めかして口にすると、横で相賀さんが含み笑いを漏らした。後ろからは素朴な疑問が。


「バイクに乗る霊もいるんですか?」


「いないこともないよ。走り屋の霊とか……」


「峠で、たまに出るって聞きますね。なんか、やたら速いのが。コースを攻め過ぎて、事故ってゴーストになったとかナントカ」


 ただ、そういう霊も、自力でガソリンスタンドに行けるわけじゃない。中には、霊力で内燃機関を駆動させるようなレベルの高いヤツもいるけど……

 大半のレース系幽霊は、結局は他人のバイクを乗り回すわけで、迷惑千万だ。


 そんな業界話で談笑していると、車はどんどん人通りが多い方へと近づいていく。

 すると、相賀さんが話しかけてきた。


「おゆはん、どうします?」


「うーん」


 就活前の大学生を連れ回し、飯までおごるっていうのは……彼女の将来選択という意味で、あまりよくないことだとは思う。

 ただ、今日は霊能者としての練習も兼ね、ちょうどいい程度の仕事を手伝ってもらっている。

 当然、時給は発生する。とはいえ、それだけで済ませちゃうのもなあ……という感じだ。

 色々悩んだ末、僕は本人に尋ねた。


「急ぎの用がなければ、平坂さんも一緒にどうかな。好きなもの食べていいよ」


「じゃ、お言葉に甘えて」


 そんなに遠慮しなくなってきている彼女だけど、それでも控えめなところはある。提示してくる食事は、リーズナブルだ。ウナギとか言い出す可愛げは、今のところはない。


「ちょっと蒸し暑いですし、何かサッパリしたもの……ソバがいいです」


「んじゃ、適当な店選びますね」


 割と食道楽な相賀さんが、鼻歌交じりにハンドルを操っていく。

 たぶん、一見さんお断りの高級店とか、そういうところにはいかないだろう。僕も行ったことはないけど……

 彼女なら、オフの日に課長と一緒に行ってるかもしれない。


 と、その時、スマホに着信があった。相手はその課長から。

 何だかイヤな予感がする。

 ハンズフリーにし、ホルダーにおいて僕は通話状態にした。


「天野です」


『天野くん。三人とも車で動いているところ?』


 ということは、僕らのスケジュールを把握した上で――つまり、先に吉祥寺分室に話をした上での連絡だろう。

 いよいよもってイヤな予感がする。


「はい」


『緊急事態よ。平坂さんもそのままで、現場へ向かって。詳細は今送るから』


 言われて僕は、タブレット端末を立ち上げた。送られたメールを開き――目を何度かこする。


 テレビ局で爆弾テロが起きたとある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る