第23話 警視庁葬祭課課長
僕らみたいな霊能関係の警察官は、警視庁葬祭課以外にも、都内各署に在籍している。
そうした都内の同僚たちを、警視庁葬祭課は管理統括する立場にあり……各都道府県警の筆頭に警視庁が存在することを踏まえれば、僕ら霊能系の警察官にとって、警視庁葬祭課の課長は事実上の大ボスと言える。
思いがけない大物が来訪しているばかりか、応接室まで呼ばれている。この事務所に馴染んできた平坂さんも、さすがに強い困惑を示した。
「わ、私もですか?」
「はい。一度お目にかけたいと」
実質的に名指しで呼ばれたようなもんである。恐縮しつつも断りづらい雰囲気だ。僕はふ~っと息を吐き、室長に応えた。
「了解しました」
相賀さんも、さすがに姿をくらませるわけにはいかない。渋い顔で目をつむった後、苦笑いで平坂さんに声をかけた。
「じゃ、行きましょうか。大丈夫、良い方ですよ。キンチョーしますけど」
「は、はい」
そうして彼女は、ガチガチになっている平坂さんの手を自然な流れで握った。部屋に入るまでは、ということだろう。こういう気づかいは本当に助かる。
僕に対しては、だいぶぞんざいな気がするけど。
そうして僕らは、応接室の前に立った。僕が先頭、二人が並んで後に続く形だ。
ドアをノックすると、中から「どうぞ」と落ち着いた女性の声。
しかし……耳に届いた声に、若干の違和感があった。ドアノブに手をかけ、「失礼します」と口にしてドアを開けていく。
設備・装備面で意外と金がかかっている吉祥寺分室だけど、この応接室も中々気合が入ったものだ。
というのも、こういうところに相談に来る方というのは、相応に地位があることが多いからだ。重厚な木材の調度品、高そうなガラスのテーブル、立派な革張りのソファー……には誰も座っていない。
やけに横の方から声が聞こえてきたのは、聞き間違いじゃなかった。
「なにしてらっしゃるんですか」
僕は壁沿いに立つ大ボスに、少し冷ややかな声をかけた。
「ふふ、こうした方が緊張が砕けるのではないかと思って」
茶目っ気のある返事をするこの女性が、悪霊もたじろぎ避けて通る警視庁葬祭課課長にして、全日本の霊能系警官の頂点だ。
見た目は品のいいおば様といった感じ。やや短めにまとめた黒髪で、顔は若作り――と言うと喜ぶ。
まぁ、本人以外は誰も実年齢なんて知らないけど。
最初は僕らを驚かすつもりだったのだろう課長は、それが空振りに終わると、そそくさとソファーの方へ。課長の対面の席に僕ら三人が並んでいくと、課長はニッコリ笑った。
「あなたが、平坂友恵さんね。お話は私の耳にも入っています」
「きょ、恐縮です」
やはり硬い様子の平坂さんに、課長がスッと手を伸ばしてまずは握手。その後、課長は相賀さんに顔を向けた。
「あなたも、初めましてだったかしら?」
「ボケるには早いですよ~」
立場も
新入りに対する、ちょっとした気配りだったのかな、とも思う。あまり肩肘張らない空気になった中、全員でソファーに腰を落ち着けた。
「今回のご用向きは?」
「そう身構えなくっても」
問いかける僕に、困ったように笑った課長は、「視察よ」と付け足した。
「それに、噂のインターン生が気になってね」
噂になるほど言い広めた記憶はないけど、連れていった案件に関して報告書を上げてはいる。そこでお目に留まったのだろう。
「
「そんなに当たってましたか」
「生ガキよりはね」
反応に困るジョークに、思わず顔が引きつる。当たりが多いと認められていることは、いくらか平坂さん向けのリップサービスだとしても、素直に喜んでいいのだろうけど。
そこへ「当たらないって店もありますよ」と相賀さん。
「なんか、無菌の生食用とか何とか。今度、四人で食べに行きます?」
「それもいいわね。後で予定を調整しましょうか」
と、気が付けばそういう話が進んでいる。人のスケジュールを埋める点において、この二人は天性のものがある。別にいいんだけど。
それにしても……職場の上司も交え、大学生を飲み食いに連れていくとなると、いよいよ就活じみてくる。
相手はまだ大学一年の子だってのに。
そういう意図もあっての訪問だろうか?
自分の上司相手ながら、少し注意を以って様子をうかがっていると、課長が平坂さんに声をかけた。
「友恵さんは、確か社会心理学を学んでいらっしゃるのよね。大学生活は充実してるかしら?」
「はい。講義は面白いですし、友だちもいい子が多くて……」
「それは何よりね。まずは大いに今を満喫してほしいものだわ。こういうアヤシげなところに、あまり入り浸りにならないように、ね」
と、思っていたよりもずっと和やかな感じで話が進み、とりあえずは安心……
したのだけど気にかかるものもある。
そもそも、この方は良い人ではあるんだけど……お立場柄というものもある。わざわざ雑談に、ここまで来るものだろうか?
そうして一人、気を揉む僕の前で、課長はポンと手を叩いた。
不意に背筋を伸ばす僕に、課長はニコリと笑い、笑みをそのまま平坂さんに向けた。
「せっかくだし、名刺交換しましょう。今もお持ちかしら」
「はい」
今日は私服の平坂さんだけど、そこは新聞部魂というものらしい。とっさの取材のためにと、名刺は携帯する習慣があるのだとか。
まだ緊張は残るものの、どこか晴れやかな感じの平坂さん。彼女が受け取った名刺には、吉井理香子と名前が記されている。
ただ、こちらの名前で呼ぶことはなく、関係者はほぼ全員が単に課長と呼ぶけども。
「友恵さんも、私の事は課長と呼ぶといいわ。名前で呼ばれ慣れていないものだから、そっちで呼ばれると反応が遅れるかも」
と、笑う課長。
結局、今日の話は本当にそれだけだった。
一応、視察ということもあって、最近の仕事や押収品について話しはしたのだけど……
どうも、視察という名分を果たすための、付け足しのように感じてしまう。
――本当の目的は、平坂さんに会うことだったんじゃ?
「帰りは電車で」という課長を事務所の外で見送り、僕は横の平坂さんに声をかけた。
「緊張した?」
「さすがに緊張しますよ~」
まぁ、彼女の人生では相当偉い部類に入る人物だったことだろう。
ただ、嫌な感じはしなかったという。
「もっとこう……恐い人なんじゃないかって思ってて」
「へぇ~」
相賀さんが頭の後ろで腕を組んで、ニヤニヤ笑い。
「ちょ、ちょっと! 内緒ですよ!」
「そりゃ~もう。私が言ったって自滅にしかならないですし」
よくよく自分と課長の事をわかっている相賀さんは、朗らかな笑顔で応じた。
そんな二人を横目に、僕は遠くの課長に細い目を向けた。
僕が見出した子はよく当たるって話だったけど――
課長も、僕よかよっぽど当てるんだよなぁ……
だから、今回の視察というのも、実際には何かしらの勘が働いて目をつけに来たんじゃないか。
少なくとも、平坂さんに何か期待するような、そんな空気感があった。
そう思うと、平坂さんの扱いは、もう少し考えた方がいいかもしれない。
なにしろ、まだ大学一年生なんだ。
彼女に気にされない程度に、もう少し職場体験の機会を減らした方がいいのかも。
やる気見せてくれる彼女に対し、申し訳無さや後ろめたさはあるのだけど――
「……どうしました?」
遠くを見つめる僕に、平坂さんが問いかけてきた。
「なんでもないよ。練習の続きをしようか」
「はいっ!」
一人で思い悩む僕に、彼女の笑顔が少し眩しい。
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