第22話 霊能トレーニング
座学や軽めの現場巡りの日々を送り、平坂さんもいくらか葬祭課になれてきたある日の事。一日空いている暇な日だというので、彼女に霊能者としてのトレーニングを施すことに。
葬祭課吉祥寺分室の、ある一室。壁は三面真っ白、窓側は一面ガラス張りで、少し厚手のカーテンに覆われている。
うっすらと日が差し込む程度の部屋の中、中心には標的が一体。水を入れて安定させる円形の重りを足代わりにし、その上にカカシが突き刺さっている。練習用の的だ。
ここの所員からはマスコットみたいに可愛がられているそれに向かって、平坂さんは護符を構えた。腕をたたみ、肘は的の方へ。真剣な眼差しを前方に注ぎ――
彼女は腕をピンとまっすぐ伸ばし、護符を放った。
手から離れた護符は、的の周囲をぐるぐる巡る。前に注文を付けておいたように、まずは横を一周。続いて角度を変えてまた一周、さらに傾けまた一周。
僕の注文通りに動いた護符は、最終的に的の額あたりへフワリと動き、そっとくっついた。
「お見事」
拍手とともにロにすると、彼女は額に汗を少し
護符を操るのは霊能者として基本中の基本だ。それが初日から中々の飲み込みで、筋がいい。
(本当にアタリだったかも……)
とは思う僕だけど、そういうことは言わないようにしている。あまり調子に乗るタイプじゃないとは思うけど、余計なことを言ってこちら側に引き込んでしまうのも……と思ったからだ。
あくまで、彼女の自衛に役立つ程度であればいい。
ただ、彼女自身は、もう少し志が高そうだけど。カカシにつけた護符を再び操り、ふんわりした動きで再び手に収めた彼女は、僕に向かって尋ねてきた。
「こういうトレーニングですけど、自宅でもできたらな~って」
まぁ、そりゃ聞くよなぁって感じだ。
もちろん、冷めた態度でいられるよりは、適度に打ち込んでもらえる方が嬉しくはある。こういう時間を設けるのが、中々都合がつかないということもあるし。
その一方、あまり頑張りすぎても……という懸念はあった。他にも色々と注意点はあり、僕は彼女の熱を冷まし過ぎないよう、言葉に少し注意しながら答えていく。
「自宅で霊力を出し過ぎると、変に思われるからね。その辺を注意した上で、地道にコツコツやる感じになるかな」
「悪い霊に悟られないよう、コッソリってことですね」
「そうそう」
実際には、霊だけじゃなくて悪い人もいるんだけど……
そういった手合いに目を付けられないよう、自宅でトレーニングするにあたって、まず重要になるのが部屋づくりだ。
「余計なものを置かない部屋がいいね。日常的に霊力を出すと、いつの間にか
「そのカカシは大丈夫なんですか?」
「護符が付くたび
加えて、カーテンを開ければ日光が入り込むおかげで、陰鬱な気を自然と浄化しやすいのも大きい。
そして、ここで使っているカーテンには、ある程度の霊力を遮断する効果もある。
「――というわけで、余計なものを置かず、窓が大きく、専用のカーテンがある。そういう部屋が一番安全だね」
「う~ん……余計なものっていうのが、ちょっと難しいかも……」
「だろうと思うよ」
困り顔の平坂さんに僕は苦笑いを返した。
今どきの霊能業者にとって、部屋選びは極めて重要だ。風水的な事情もあるし、そもそも建物自体の立地に気を配る価値もある。
そんな中で、トレーニング用の一室を用意、確保するというのは中々難儀なことだ。東京の住宅事情なら、なおさら。
実際、ここの事務所にこういう練習部屋があるのは、所員の住環境を配慮した結果でもある。
「何なら、空いている時間はここを使ってもらってもいいよ。暇な所員が付き添うだろうし……自分の部屋でやりたいのなら、相賀さんに監修してもらうとか」
「ご迷惑になりませんか?」
「気にしないと思うけどなぁ」
彼女は平坂さんのことを相当気に入っている――というか、たいていの人(生死問わず)とは仲良くなれる――から、遊びに行くぐらいの気分でやってくれるものとは思う。
「悪いヤツに目を付けられないようにつて意味では、カーテンが一番重要なんだけど、それも相賀さんに業者を紹介してもらえばいいよ。平坂さんちに入れる分なら、経費で落ちるから」
「いいんですか?」
「ま、こっちのためにもなるしね。教育の一環ということで」
実際、彼女がこの先どういった道をたどるにせよ、意味のある投資にはなるだろう。
さすがに恐縮した様子の平坂さんだけど、相賀さんの口からも似たような発言が出るだろうし、それで納得するのではないかと思う。
部屋づくり解説はひとまず置いて、僕は肝心のトレーニング方法を教えることにした。
「まさか、部屋の中にカカシ置くわけにもいかないよね」
「ちょっと……友だちは呼びにくいかも」
ウチのカカシをチラ見し、苦笑いする平坂さん。
そこで僕は、自前の護符を取り出し、宙に浮かせた。
「平坂さんちには、壁掛けの時計とかあるかな?」
「ありませんけど……」
「じゃ、所員の誰かからお古をもらおうか」
そう言って僕は、宙に浮かせた護符を微妙に動かしていく。平坂さんの視点では一本の直線に見えるそれは、末端の一点を軸にして、刻一刻と傾きが変わっていく。
「もしかして、時計の動きに合わせて操るトレーニングですか?」
察しのいい彼女に、僕は微笑んだ。
「『時計合わせ』だの『針合わせ』だの呼ばれてる、結構伝統的な練習方法でね。時計の秒針に合わせて動かすんだ」
この場に基準となる時計はないけど、僕はこの練習を何時間とかそういうレベルではないくらいに繰り返している。
何なら、これだけで時計代わりを務められるくらいに。
そんなことを少し自慢げに言うと、何か閃いたらしい平坂さんが、いそいそとスマホを取り出した。
「だったら、ストップウォッチと勝負しませんか?」
「よかろう」
胸を張って答え、僕は護符の針を0秒に合わせた。平坂さんの合図で計測が始まり……ドキドキした顔で僕の針とスマホを交互に見つめる彼女。
一分経った合図は、見開いた彼女の目と感嘆の声だった。
「すっごい!」
「まぁ……ホント、嫌っていうほどやったからね」
すると、今度は自分でもやってみたくなったようだ。ウズウズしている彼女に、僕は提案した。
「試しにやってみる? 僕のに合わせて動かせばいいから」
「はい」
快活な顔で、彼女は護符を操り、僕が操る基準の護符へと合わせてくる。
しかし、針がなかなか揃わない。軸も、地面に対する護符の角度も。フラつく護符を前に難しい顔をしている平坂さんに、僕は「ストップ」と声をかけた。
「最初の部分がそもそも難しいんだ。できなくても焦ることはないよ。落ち着いて、繊細なコントロールを身に着ける練習だから」
「わかりました」
あまりムキになりすきず、彼女はフッと息を吐いて力を抜いた。
素直な性格ってこともあるだろうけど、気分の整え方を知っているようにも感じられる。メンタルを自分で調整するのも、こういう業界ではかなり重要視だ。
そういう意味でも、彼女はやっぱりかなりの――
「どうしました?」
「いや、なんでもない。少しずつ頑張ろうね」
教える側としての熱や欲をうずかせてくれる彼女は、屈託のない笑みで答えてくれた。
根を詰めすきてもということで、練習は一時切り上げ、僕らは執務室へ戻った。
戻るなり、興味ありげな同僚たちの目が突き刺さる。もっとも、平坂さんの様子を見ればある程度察しがつくだろう。特に聞かれることはなかった。
談話用のちょっとしたスペースに腰を落ち着けると、これまで書類仕事していた相賀さんが、仕事から逃げるようにこちらへやってきた。
見るからに休憩する気満々らしい。彼女はテーブルに手際よくグラスを並べ、麦茶を注いでいく。
「そういえば」と、僕は先の練習の場で話題にした、相賀さんへの頼みごとを切り出した。平坂さんの自主トレのため、環境づくりに付き合ってほしいというものだけど……
「そりゃ、もっちろん」と返答は予想通りに快いものだった。さっそく手帳を取り出し、お互いの予定を詰めていく二人。
どうも、その件以外にも色々と連れ立って遊ぶ流れになりつつあるけど、気が合うようで何よりだった。
しかし、場の空気が急変する。
いつもはにこやかで鷹揚な室長、富倉さんがなんとも困ったような苦笑いで近づいてきたからだ。
「あ~、声が大きかったですかね?」と口にする相賀さんだけど、そうじゃないとわかっている感はある。
実のところ、「そういうわけじゃないんですが」と室長は答えた。
「三人とも、応接室へ来てもらえませんか?」
どうも、嫌な予感がする。
ホワイトボードにチラリと目を向けるけど、誰かがやってくるという予定は特に入ってない。僕と平坂さんが練習室にいるいる時に誰か来たのだろうけど……
どことなくひきつって見える相賀さんの表情、室長の様子を見る限り、どういうお客さんかは何となく察しがつく。
訪問に際し、表立ってのアポがないあたりも。
「実は、課長がお見えでして」
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