第29話 テロリズムと天国
骨や髪といった人体の一部は、古くから呪詛のために用いられる。
これを異能の核に用いているというのなら、この爆弾攻勢も納得の行くものだった。
思えば、最初の爆発――今回の事件が起きた時の爆発は、不可解なものだった。
というのも、爆発が起きてから、ダイナマイトを手にした男が現れたという話だった。
そうは言っても、ダイナマイトを置いて爆発させたとは考えにくい。そんなの、きっと誰かが気づくだろう。物陰に隠して起爆したというのも、怪しまれればそこでアウトだ。
しかし、もっと別の何かだったなら? 暗がりの中で気づきにくい何かが爆発したのなら……
これまでの経験と勘から、僕はヤツの異能を「人体の一部を爆発させる」ものと考えた。
たぶん、最初の爆発で用いられたのは髪だ。僕が交渉人を装っていた際、奴が踏ませようとしたのも髪だろう。
そう思うと、ヤツが頭に付けているエクステも、単なる飾りには見えなくなってくる。
そして、ヤツはちょうど弾切れになったらしい。
少なくとも、表面上はという話だけど。
懐に手を伸ばすヤツを前に、僕は身構えた。下手に飛び込めば、きっとこちらも巻き添えになって死ぬ。
どこまでできる異能かは不明だけど、
秘密を暴いたと思えば、さらなる脅威が前にある。僕は思わず生唾を呑んだ。
懐で何やらゴソゴソしていたヤツは、急に腕を振りながら握った手を開いた。
目を凝らさなければ見えない小さな物体も、忌まわしい邪気を孕んでいるせいで良く見える。
投げられたのは爪だ。これを護符の防御膜で受け切る。
もしかすると、とっておきだったのかもしれない。この一手を阻まれたヤツは、顔を歪ませた。
とはいえ、こちらから近づきづらいのは確かなところ。護符を放って攻撃しようにも、逆に爆破で阻まれる。
だけど、こちらにはもう一つ、防ぎようがない武器がある。
口だ。
「人様の体を爆破させるなんて、結構なご身分だな。生前も、そういう事ばかりやってたんだろ?」
「黙れ!」
激しい怒りをあらわに、再び何かを投げつけてくる。爪や歯だ。
コイツの背景を、僕は宗教系のテロ屋だと直感した。
だからといって、それだけでは絞り切れないのが、なんとも暗い気分にさせてくるけど……
挑発を重ねてヤツの内面を浮き彫りにさせる。
痛いところを突いて冷静さを奪う。
その上でアイデンティティを踏みにじり、尊厳を破壊する。
それが、現世に舞い戻った悪霊に対する、効果的な攻撃だ。
「お前らの経典に、ノーベルって天使はいないか?」
「何の話だ!?」
「ダイナマイトの守護天使だよ!」
「減らず口を!」
怒りもあらわに投げつけられる、小さな骨や爪。
冒涜的な振る舞いに思わず顔をしかめ、護符を放って迎撃。幾度目かもわからない爆煙がスタジオに舞う。
視界が通らずとも、罵声は通る。
「ハハッ! 一度死んでみた気分はどうだ? 信じた天国はきちんとあったか?」
「黙れ!」
「それとも、追い返されたかな?」
返答代わりに、爆煙の向こうから追加で投げられる何かの気配。
怖気と虫唾の走る異能だけど、中々強力ではあった。
それでも、呪物にまとわりつく怨恨と無念の想いは、僕の目に明らかだった。
挑発を繰り返した口を食いしばり、護符を叩きつけて相殺していく。
やがて爆煙が晴れ上がると、ヤツは若干の疲労を示していた。
異能を見破られた焦燥があるのかもしれない。
あるいは、心理攻撃が効いているのか。
いや、効果があろうがなかろうが、目の前のクズに対して口撃は止まない。
「勘違いしないでくれ、別にお前らの信仰を否定したいわけじゃないんだ。信仰の数だけ天国があるのは良いことだからね」
すると、ヤツの体から抑えきれないほどの黒い邪気が噴出した。
ああ、一神教で、それも原理主義的なアレか。
先ほどの挑発に、ヤツは血走った目を向け、腰から何かを投げ飛ばしてきた。
これまでで一番大きい骨だ。おそらく、脚部のどこか。
呪物の大きさが爆発の威力に影響するのなら、キレた後に投げてきたのなら――
護符を重ねて結界を貼るも、爆破の衝撃を抑えきれず、僕は吹き飛ばされた。
どうにか着地し、広いスタジオの床の上を滑っていく。
そんな中でも口は自然と動く。
「あの世でお前らみたいなのと鉢合わせるなんて、ホントうんざりだからな! いや、天国なんてなかったんだっけ?」
「黙れッ!」
「ハハハ! 他人を
「貴様らを根絶やしにして、我々がこの地上に天国を築こうというのだ!」
ようやく背景らしきものを口にし、ヤツは肌がひりつくほどの憎悪と激憤を向けてきた。
再び投げられる他人の一部。これを護符で相殺した。
「その後で、どうせ仲たがいするんだろ?」
冷ややかに指摘すると、爆煙の向こうからヤツの歯ぎしりの音が聞こえた。
亡骸の爆弾と護符の応酬で生じた爆炎と煙が晴れ上がると、ヤツは憤怒の形相をこちらに向けていた。
他人の遺骸も弾切れと見える。
ただ、一つ。ヤツには大きな爆弾が残っている――かもしれない。
ヒト一人分の大きさの爆弾が。
ヤツに、それを扱う能力と……覚悟があるとして、だけど。
「自分を燃やす力はあるのか?」
皮肉と、少しばかりの憤りを込めて、僕は問いかけた。
「貴様、今まで何を見ていたんだ?」
「"今まで″、人様ばかり自爆させてきたんだろ? 自分だけは最後まで残ってさ。じゃなきゃ、こんな卑しい力に目覚めるもんか」
悪霊としてのヤツの過去を見透かし、僕は続けていく。
「何もかも借り物だな。どうしてAKやRPGが
「黙れッ、貴様に何がわかる! 志半ばに朽ちた同志のためだ、恥じ入ることなど何一つあるものか!」
「お前らの教典に恥の概念はないのか? だったら落丁だな。取り替えてもらったらどうだ?」
返す言葉も尽きたと見えて、ヤツはただ、すごい形相のままジリジリと距離を詰め始めた。
一応、スタジオ内にはまだ人が残っている。人質を弾にされれば最低だ。
たぶん、弾の信仰は問わないはずだ。
――こんな奴、神も預言者も願い下げだろうから。
ヤツが近寄ろうという先に、僕は護符を何枚か投げつけた。カーブを描いて襲い掛かるそれを、ヤツはとっさの動きで回避し――
僕は懐から武器を抜いた。ヤツの脚めがけて、銃を三射。
被弾した奴は、見開いた眼をこちらに向けている。唖然とした驚きと、絶望入り混じる目を。
取り憑かれた体の方は、実は無実かもしれない。
だとしても、無傷でというのは無理な注文だ。
両脚合わせて三発受け、身動きできなくなったヤツに、僕は改めて護符を飛ばした。額に貼り付くと、紫電が走ってうめき声が上がる。
恨みがましい目が僕を刺す。
「卑怯者が……」
その世迷い言を、僕は鼻で笑った。
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