第7話 こちら警視庁葬祭課吉祥寺分室

 吉祥寺駅から徒歩十数分程度の場所に、警視庁葬祭課吉祥寺分室がある。

 傍目には警察には見えない、ただの事務所だ。色々と“恨み”を買いやすい組織だけに、身分を隠している部分はある。

 それに、きちんとした・・・・・・警察との軋轢で、今も慎ましくやっているという面も。


 駐車場にはパトカーが一台もない。必要に応じてサイレンをつけるだけの権限はあるけど、一目では警察関係者とわからない。

 現場要員の僕らも、滅多なことではサイレンを付けない。どうせ現場所轄と協同する事が多いから、警察らしく振る舞うのはそちらに任せているし。


 そんなわけで、僕らの職場は一見すると警察にも見えないし、いかにもなオカルティストっぽさもない。

 ちょうど、街に溶け込む今どきの霊能事務所のような、飾らないありきたりさに、平坂さんは少し拍子抜けだったようだ。

「期待外れだった?」と尋ねると、彼女は頬を小さく掻いた。


 分室事務所も、メインの執務室は本当にオフィス然としたものだ。別に古文書やら藁人形が転がっていたりはしない。

 そういう押収品や仕事道具の倉庫は、適切な術式で守られて別にあるのだけど。

 細かい案内の前に、まずは挨拶をと、僕は平坂さんを連れて分室長の席へ向かった。


 ここの分室長は富倉さん。人が良さそうな顔をしている、40ちょっとのオジサンだ。

 彼の階級は、もちろん僕よりも上。ただ、それは警察組織上での階級であって、霊能における格とはまた別の話だ。

 早い話、彼は現場に出ず、仕事はもっぱら上との折衝で……そういう仕事を考えると頭が痛くなる僕からすれば、やっぱり彼は立派な上の方だ。

 先日、平坂さんの受け入れに承認印を押したのも彼で、ご挨拶に少々固くなっている新入りの少女に、彼はホンワカした態度で声をかけた。


「ようこそ、葬祭課へ。私はこの分室長の富倉です」


「平坂友恵です。よろしくお願いします」


 腰からピシッと上肢を曲げる彼女を見ていると、本当に就活やってる気がしてくる。

 ただ、ウチの分室長は、なんとも柔らかなものだけど。実際、「腹が出てきた」と嘆く彼は、柔和な笑みを浮かべて言った。


「私は分室を取り仕切る立場ですが、課の業務の実際的なところは、実はからっきしでして。その点、そちらの天野さんは、日本の霊的警察におけるエースですから」


「大げさですよ」


「またまたァ」


 人のいい笑みから、イイ性格の笑みを浮かべて持ち上げてくる。

 まぁ、世辞の真偽はどうあれ、「仕事の事はそちらの天野に」ぐらいの意味合いだったらしい。


 分室長への挨拶の後、次は同僚に声をかけて軽く自己紹介していく。

 それも一通り済み、執務室にあるちょっとした応接スペースへ。

 挨拶回りが終わって落ち着いたのだけど、そうなると今度は室内の様子が気になるらしい。初々しく周囲を見回す平坂さんに、僕は微笑んだ。


 仕事の中心となる執務室は、外光を程よく取り込むつくりになっていて、東南の角部屋。

 清掃は行き届いてキレイだけど、葬祭課と聞いて思い描くような面白みはないかもしれない。


 そんな中、目を引くものがないわけでもない。

 壁の一面には巨大スクリーンがドンと鎮座し、黒い背景に都内の地図が描画されている。

 霊能系の事務所っぽくはないかもしれないけど、最先端の警察機構っぽくはあるかもしれない。執務室に入ってすぐ目につくそれに、興味津々で見つめる平坂さん。

 そして彼女は、ディスプレイの中に気になるものがあったようだ。


「天気図とか、天気予報とか……出しっぱなしなんですか?」


 都内の地図が大きく映し出される横で、日本全体を映すような規模の雨雲レーダーも、それなりの画面を占有している。それと、二週間程度の天気予報も。


「日照があるかどうか、業界的には超重要事項でね」


「なるほど」


 一般的に、悪霊は日光を嫌う。ジメジメと湿って嫌な感じも、悪霊ほど好む傾向がある。

 そういう観点で、これから天気がどう動いていくかというのは、霊障の発生を予測する大きなツールというわけだ。


 執務室の設備を説明した僕は、次にこの事務所での仕事内容と所員について、簡単に説明を始めた。

 まず、基本的に軽度のお祓いであれば、ここの所員は誰でも対応できる。というより、そういうレベルの人材を採用している。

 ただ、一般的な所員が担当する霊能系の作業はその程度で、仕事の大半は外とのやり取りだ。警官とのやり取り、霊障があったという被害者や現場責任者とのやり取り、関連機関や業者とのやり取り等。

 後は情報収集に分析など。


――僕と相賀さんみたいな、実戦・・要員は、他のところでもごくわずか。


 平たく言えば、普通の事務作業の合間に、おさかきや塩でお祓いするのが葬祭課の実態と言える。

 平坂さんを必要以上に怖がらせまいという思いもあったけど、説明はおおむねそんな感じだ。


 説明の後、今度は執務室を出て事務所内の案内へ。

 メインの執務室の他には、まず資料庫。とはいえ、ここもかなり今風で、大体の資料は電子化されている。おかげで、資料庫というかサーバールームだ。


 他には、押収品などを一時的に保管したり、仕事道具をしまっておく倉庫。

 色々といわくつきの品が多いだけに、警備は厳重だ。倉庫内は二重構造になっていて、大きな部屋の中に、防弾ガラスで囲まれた小部屋がある。

 その小部屋の外側には、至るところに護符が貼られ、内側の本倉庫には南京錠で硬く封がなされている。

 やはり強力な霊感体質があるのか、この倉庫を前に、平坂さんは身を寄せるように両腕を前で組み、体を震わせた。

 幸い、ここで何か起きたことはないし、他の同業部署での事故報告も聞いてない。


 何かあれば、きっと誰かの首が飛ぶだろう。間違いなく書類上、ひょっとすると物理的にも。


 所内設備についても一通りの説明が終え、僕らは執務室に戻った。

 正直、この中で色々と説明するより、適切な現場へ連れていく方が手っ取り早い。座額をするにも限度というものはあるし……

 二人で大画面の近くに席を取り、僕は天気図を眺めていた。それと、未決の案件リストも。

 すると、一つの案件が目に止まった。


「室長」


「なんです?」


「お祓いで一件、こちらに回してほしいものが」


 声をかけつつ、僕は近くのキャビネットから所定の用紙をつかんだ。簡単な稟議書に所定の事項を埋めていき、提出。

 書類を受け取った室長は、すぐにディスプレイに目を向け、うなずいた。


「なるほど。いいでしょう、許可します」


 言うが早いか、彼はサラサラとペンを操り、ハンコを押して書類を返してくれた。

 先ほどの席に戻ると、平坂さんがこちらを見上げている。

 話の流れから、連れていってもらえる案件だと考えているのだろう。もちろん、その通り。しかし――


「あ、平坂さんの予定を聞くの忘れてた……」


 インターン初日早々、ポカミスをやらかす僕に、同僚からはささやかなブーイング。

 とはいえ、平坂さんは寛容だった。胸ポケットから手帳を取り出し、僕にニコッと笑みを向けてくれる。


「大丈夫です。どうしてもって用事はないですし……こっちで空けますよ」


 と、大変なヤル気を見せている。

 これからは事前に、予定でも聞かせてもらった方が良いのかもしれないけど……あいにくと、この業界は自分たちのスケジュール通りに事が運びはしない。

「申し訳ない」と言いつつ、僕は彼女の士気に甘えることにした。


「それで、どんなお仕事ですか?」


「最初だし、マイルドなやつからね」


 言いながら僕は彼女に向けて書類をめくり返した。日時は来週土曜日の昼から夕方にかけて。

 中学のプール掃除をする。

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