第6話 課内別居のハグレ部署

 平坂さんを見習い扱いで受け入れようという申請は、その日の内に正式に通った。

 まぁ、こういった申請が却下されたことは、僕の知る限りでは存在しない。

 ある意味、善悪両陣営の青田買いみたいなものだ。善と秩序を愛する官憲としては、霊感が強い一般人を悪用されないよう、目をつけておきたいわけだ。


 6月9日。14時。大学の空きコマの時間帯に、大学最寄りのコンビニへ平坂さんを拾いに向かった。

 今日は彼女を葬祭課へ案内するけど、その予定を前もって伝えていたせいか、今日の装いはリクルートスーツだ。別に私服でも良かったんだけど。

 ただ、いつかは着ることになる服に少し早めに袖を通したことで、割りと心弾むものはあるらしい。葬祭課への案内にも興味があるようで、ウキウキしているのがこちらにも伝わってくる。


 外にいる彼女に一声かけると、彼女はやや言葉に迷った後、「お疲れさまです」と言った。公用車のセダン後部座席に、いそいそと乗り込んでくる。

 今日の運転手は――――いや、今日も相賀さんだ。いつも朗らかな彼女だけど、良さげな後輩が増えたということもあって、かなり上機嫌だ。

「おはようございます、はじめまして!」と彼女はにこやかに声をかけ、まずは互いに軽い自己紹介。

 ひとしきり言葉を交わし合ってから、彼女は鼻歌交じりに車を発進させた。


 平坂さんは僕が運転するものと思っていたらしい。相賀さんがハンドルを握っていることを意外そうに見つめている。

 これには運転する当の本人も目ざとく気づいたようで、彼女はバックミラー越しに笑いかけた。


「天野さんとは基本的に二人組で動くんですけど、天野さんって運転が結構苦手で~」


「そうなんですね」


「乗馬はお上手なんですけどね」


「乗馬」


 要らんことを言う相方に冷ややかな目を向けた後、僕は「ちょっとした縁があってね」と答えた。


「馬にサイレンつけてみたらどうです? カッコいいですよ、たぶん」


「馬がかわいそうじゃないか」


「それもそーですね」


 なんて、相方とくだらない話を続けると、後部座席では平坂さんが微笑んでいる。

 試用初日だけど、リラックスしてくれているのは何よりだった。


 さて、警視庁葬祭課は、文字通り警視庁という組織内にある一部署だ。

 だた、それは警視庁のあの建物に、僕らの物理的な居場所があるということを意味しない。

 車の進行方向が霞が関ではないことに、平坂さんも気づいたようだ。


「もしかして、警視庁の外にあるんですか?」


「鋭い!」


 運転手の相賀さんが、なんだか嬉しそうに応じた。

 いや、ハンドルを握る側としては、なんとなく嬉しいか。


「葬祭課の主たる事務所は、実は吉祥寺にあるんですよ。書類上は分室ですけどね。司令中枢としての機能は警視庁にあって、私たち現場の兵隊が吉祥寺に詰めてる感じです」


「何か理由が?」


「土地代とかテナント代ですかね~」


 冗談っぽく言う相賀さん。まさかという顔の平坂さんが、バックミラーに映っている。

 そこで僕は、もう少しまともな解説を始めた。


 そもそも、警視庁の庁舎内にメインの居場所がない理由について。

 これには歴史的な事情がある。霊的事象が世の中に浸透し始めた当初、これに公権力で対応しようという動きができたのだけど……

 ぶっちゃけると、当時の警察関係者はあまり乗り気ではなかった。


 これは十分同情できる話だ。なにしろ、霊能力などという胡散臭い力があると吹聴する奴らが、これを機に身内になろうというのだから。

 当時の警察関係者の多くにとって、霊能者は職質を受けやすい連中とさほど変わりない認識だった。

 つまり……たとえ悪意がないとしても、秩序や統制を乱す、混沌側のやからではないかと。


 今でも、そういう軋轢あつれきは存在する。若手警官は、もはや霊障が当たり前になった世で生まれ育ったおかげで、僕らの働きにもかなりの理解を示してくれている。

 ただ、ベテランは話が別だ。今でも冷ややかな目を向けられることは多い。実際、少数派の理解者の方から、そういう実態についてうかがったこともある。

 警視庁にいるようなエリートやキャリア組から距離を置いているのも、だいたい同じような理由だ。

 彼らからの疎外感も、やはり理解はできる。霊能が当たり前になってしまった今の世の中が、彼らにはどうしても疎ましく感じられるんだろう。


 そういうわけで、書類上では立派な警視庁の一部署である葬祭課は、色々と面倒を避けるために警視庁の外にメインの居を構えているわけだ。

 仕事の都合上、“胡散臭い“外部の連中がしばしば出入りするという事情もあって。


 で、別居先がどうして吉祥寺なのかと言うと……地価の問題は、実際にあると聞いた。

 それとは別に、一般人には中々信じられないであろう理由も。


「名前が良くてね」


「名前ですか? 意識したことはなかったけど……言われてみれば、なんていうか、ご利益ありそうな字面ですね」


「そういうこと」


『吉』は言うまでもなく、『祥』という字も良い。普通に生きていれば、“不祥事”なんて単語で目にすることが多い字だけど、手紙のご挨拶では“ご清祥“という形で用いられる。めでたいことを意味する一字だ。

 そんな吉と祥の二字の結びに『寺』まであるのだから、もう言うことはない。こういう業界では、名前一つ取ってもバカにならない力がある。

 もっとも、葬祭課を始めとする霊能系警察機構は、陰陽道と神道をベースにしたチャンポンだ。

 それで寺にまで寄生するのは、ちょっと節操なしかもしれない。


 名前以外の点でも、吉祥寺はとても良い選択肢だった。都心から少し離れるとはいえ、交通の便で困ることはない。

 それに……葬祭課発足当時のオカルティストにとって、吉祥寺界隈のサブカル的イメージは、本当にちょうどよかった。

 実際には、彼らが思ってたほどサブカルしてるわけでもない街だけど、住みやすいことには変わりない。


 諸々の説明が終わると、平坂さんもすっかり納得したようだった。


「実を言うと、警視庁へ行くと思ってて……ワクワクする気持ちはあったんですけど、それよりも恐縮の方が強くって」


「吉祥寺でちょうどよかった?」


「はい」


 彼女は朗らかな笑顔で答えた。

 若い戦力を加えやすくなったのも、大きなメリットかもしれない。

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