第5話 スカウト

 しばしの間、戸惑いを隠せない様子の平坂さんだったけど、そこへ良いフォローが。受付の八重田さんが、僕らのテーブルにコーラとポテチを持ってきてくれた。

 客人に対するもてなしとして、このチョイスは――というツッコミどころをあえて残しているのだろう。

 明らかに所員の私物らしきこの差し入れに、平坂さんは面食らったようだけど、「ありがとうございます」と笑顔で頭を下げた。


 それぞれ開封開栓し、まずはホッと一息。話の続きをということで、太田さんには少し外してもらうよう頼んだ。

 きちんと見えるばかりか、声を聴いてくれる貴重な人物を前に、だいぶ名残惜しそうではあったけど。

 そんな彼女も、去り際に平坂さんがペコリと頭を下げたことで、かなり気を良くしたようではあった。

 それから、コーラとポテチに手を伸ばし、少しリラックスタイム。


「ポテチなんて久々ですけど、やっぱりおいしいですね」と笑う平坂さんに、僕は何とも言えないストイックさを勝手に感じた。


「節制してる?」


「そんなに大げさなものでもないですよ~。ただ、運動した後は油断しちゃうんで、ちょっと気をつけてます」


 それを世間では節制と言うのだと思う。

 まぁ、堕落しづらい精神性があるようで、これは何よりだった。


 何しろ、明らかにこちら側・・・・に近い存在なのだから。


 油断というか、特に気をつけなければ案外食べる子のようではある。ポテチがみるみる内になくなっていく。

 広げた袋から黄色い山が消え去り、銀の底が見え始めた頃。コーラを一口流し込んだ僕は、彼女に切り出した。


「新聞部では、主にどういった話題を?」


「テーマはまちまちですね。主に学内での出来事とか、大学近辺でのこと、世間で話題になっていることを紙面で議論することも……」


「霊的な話題については?」


 核心に切り込むと、平坂さんはピクリと体を震わせた。


「話題として取り上げたことはあります。大学の近所で霊障騒ぎが起きた時の事です」


「では、スクープを得るために、君が走るってことは? まだ誰も知らない何かを、最初につかむために」


「それは……ない、と思います」


 どうやら、しっかりと分別がある子らしい。

 ただ、彼女の気質とは無関係に、その霊能自体が不安の種だ。僕はそのあたりの事情を素直に伝えることにした。


「見えるってことは、霊とつながりやすいということでね。言葉が聞こえるとなおさら。向こうの思念……つまり、霊の本質とまで繋がってしまうから」


「ということは、私は何かに取り憑かれやすいんでしょうか」


「それは少し微妙なところだね。程度の低い奴は、まず寄り付かないものと思うよ。日差しの下で運動したり、ストイックな生活したり……そういうのを悪霊は嫌う。連中は低きに流れるものだから。ただ……」


 言いづらい言葉を前に、僕はコーラに手を伸ばした。心地よい炭酸も、心なしか少しぬるくなって気が抜けつつある。残りを飲み干し、僕は端的に告げた。


「大物に目を付けられる可能性は、常人よりもずっと高い」


「大物?」


「ワイドショーで言うところの、『特定故人の霊』だね。死してなお、自分を確立し続けられるだけの個性と、世の中の認知度を持つ……生半可な宿主以上の精神性の持ち主だ」


 ここまで言うと、平坂さんはテーブルに視線を伏せ、体を小刻みに震わせた。

 いかん、やってしまったか。あまり脅すつもりはなかったけど。

 社会心理学の学部生だけあり、そういう事情は良く知るところなのだろう。彼女は顔を上げ、恐る恐る僕に目を向けた。


 世間を騒がす凶悪犯は、大半が偽物だ。連中は何かと故人の名をかたりたがる、“偉人病”の患者でしかない。

 そうした有象無象の動きを隠れ蓑に、行き詰まる現世への諦念を糧に――他にもなんやらかんやらの理由で――“素質”のある依り代に雑霊ぞうりょうが取り憑く。

 そして、常人を超える力を発揮する憑き物の悪行が、世間の認知を歪ませる。霊がいて当たり前の世の中になり――


 やがて、“本物”が現れる。

 強い霊感を持つ現代人を依り代にして。


 とはいえ、死してなお名と自己を保ち続けるような、偉人や大罪人のお眼鏡は厳しい。

 そもそも、才能だけではなく気質が合うかも問われる。

 そういった点では、平坂さんのことを大罪人が気に入るとも思えない。


「平坂さんの場合、まず大丈夫だと思うけど」と言って、とりあえず安心させる一方、僕は続けた。


「万一の可能性がある以上、葬祭課としては君のことを放置するわけにはいかない。そういう意味では、こうして相談に来てくれて助かるけど」


「……ということは、拘束とか監視とか、そういう対象になるんでしょうか」


「いや、まさか!」


 一応、そういう措置を取ることもできるけど、明確な兆候がないままにやるのは規定で禁じられている。

 それ以外にも一つ、彼女が受け入れるかどうかわからない、別の道がある。

 拘束や監視と比べ、本当にマシかどうかは断言しづらいけども。


 言い出すのも悪いかもと悩んだあげく、僕は尋ねた。


「平坂さんは、葬祭課に興味があったりしないかな?」


「それは……正直に言うと、かなり気になってます」


「社会貢献活動とかは?」


 ここまで聞くと、何か察するところがあるようだ。真顔になった彼女に、僕は続けていく。


「大物向けの器を持つ人物に対し、葬祭課としてはスカウトを試みるのが通例で……試用期間中、業界の事や自衛手段について教えてあげられるし、傍にいて守ることもできる」


「でも、お仕事の邪魔になっちゃうんじゃ……」


 そうして気後れしている平坂さんだけど、ここまでの印象では、社会人見習い的にはかなり上等な部類に入る。

 ただ、あまり期待してプレッシャーになるのも悪いと思って、そういうことは言わないでおいた。

 あくまで、彼女に悪い虫がつかないようにする予防が第一だから。


「試用期間と言っても、ちょっとした雑用を頼んだり……ま、僕らの仕事を傍で見てもらうぐらいだからね。おとなしくしてもらえれば、中学生でもできるぐらいだよ」


「つまり、社会見学みたいな感じですか?」


「そんなところかな」


 これで平坂さんもどうにか安心できたらしい。少し考える様子を見せた後、彼女は「よろしくお願いします」と頭を下げた。

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