第27話 嘘つきたちの戦場

 現場スタジオへの案内は、局員ではなく所轄の警官だった。民間人に危険な役目を任せるわけにもいかないからだ。

 僕が現場へ向かう戦闘要員だと気づくと、彼は素早く敬礼した後、足早に僕を先導した。


 高層用のエレベーター向かう先は、ビル中程の階層。

 展開済みの結界ではカバーしきれない部分だ。


 上向きに相応の加速度を感じさせつつ、それでいて静かに駆動するエレベーターが、僕らを戦場に近づけていく。

 そして、嫌な予感が的中した。エレベーターのドアが開くなり、辺りが薄暗く見えるほどの、濃い瘴気が出迎えてくる。

 僕は即座にエレベーターを出て、案内係の彼に置き土産の護符を残した。

 これで、彼は問題なく降りられるだろう。


 現場へと向かおうとする僕に、彼は改めて敬礼し、声を上げた。


「どうか、ご武うッ」


 エレベーター内に流入した悪い空気に、彼はむせこんだ。


「だ、大丈夫ですか?」


「だ……だいじょう、ぶ、です」


 息を荒くしつつも、彼はどうにか威儀を正し、エレベーターのドアが閉じる。


 締まらない激励だったけど、少し緊張はほぐれたかもしれない。

 待ち受ける瘴気のかすみの中、うちわのように護符であおぎながら、僕は現場へと歩を進めていく。


 そしていよいよ、スタジオ前についた。

 入口付近も爆破されたらしく、通路にまで破片が散乱している。

 さらには、辺りに立ち込める黒い空気。爆破による煙か、それとも瘴気か、即断できないのは、爆弾魔にとって有利に働くだろう。

 地の利が相手にあることを再確認し、僕は散らばる残骸を分け入って、スタジオ内へと入っていった。


 実行犯に対して、政府から交渉担当者が一人派遣されると伝えてある。

 つまり、僕を送り込む口実だ。

 ある程度はそれっぽいことを口にして、どうにか制圧までこぎつける必要があるのだけど――


 話が通じる奴かどうか。


 床に倒れた大型機材をまたぎ、僕はようやく現場を自分の目で捉えた。

 照明は付けっぱなしだ。これは犯人側からの要求でもあった。闇に乗じて、何かされるのを嫌ったんだろう。

 まずスタジオで目につくのは、いくつものディスプレイ。時事問題等、様々なテーマを扱う際、こちらに色々と映し出される形の番組だった。


 照らし出されるスタジオの端の方に目を向けると、今回の番組の参加者がひとかたまりになっている。

 爆破の破片による負傷者も確認できた。事前情報通りだ。服の一部が朱に染まっているけど、命に別条はないように見える。

 ただ、今はまだ死んでいないというだけかもしれない。場を照らす強力な明かりが、忍び込んでくる瘴気を、より強く照らし出す。

 そんな中にあって、皆さんはかなり憔悴した様子だ。僕がやってきたのに大勢が気づいたようだけど、向けてくる視線に安堵の色は感じられない。


 そして僕は、場を支配する男に目を向けた。

 日焼けなのか、やや浅黒い肌をした長身の青年だ。全体的にラフな格好をしていて、茶髪に付けたエクステが目立つ。

 その手に握られているのは、円筒形の物体。上端からは紐らしきものが伸びている。

 遠目に見れば、誰がどこからどう見てもダイナマイトだ。

 局内に持ち込めるはずがないソレを手に、男は声を張り上げた。


「お前が交渉人か?」


「はい」


 声の感じから、そこまで興奮は感じられない。ただ、かなり威圧的だった。

 少なくとも、自分で引き起こした状況に呑まれるようなマヌケではないらしい。


「いいだろう。そのまま、ゆっくり進め」


 男に言われるままに、僕はゆっくりと歩を進め――

 少しして立ち止まった。


「どうした?」


 何歩か進んだ先に、邪気を感じる。

 たぶん、爆発性の何かが仕込んであるんじゃないか。それを確かめずに、このまま進む訳にはいかない。

 問題は、言えば交渉人なんかじゃないってバレやしないかってことだ。


「手に持ってるそれ、下ろしてもらえませんか?」


「は?」


「いえ、投げつけて殺すつもりなんじゃないかと」


 手にした武器か、床に仕込んでいるように思われる何かか……いずれにしても、すでに僕を殺すつもりでいるのでは。

 警戒心を見せる僕に対し、男は譲歩しなかった。


「交渉の前から言いがかりか!? まだ一人も殺していないだろうが!」


「死にかけている方がいらっしゃるのでは?」


「知った事か!」


 聞く耳持たない男を前に、僕は少し考え――

 すぐ先に床を避けるように、進行方向を変えた。人質が固められている方へ。


「おい、まっすぐ進めと言っただろうが!」


そのまま・・・・ゆっくり・・・・としか聞いてませんよ」


 とはいえ、僕も言外に「まっすぐ」という含みを捉えていたのだけど。


「人質の無事を確認するのが先です」


「勝手なことを……! おい、止まれ! 本当に殺すぞ!」


 さすがに、これ以上の無理はできない。僕は立ち止まった。

 今の立ち位置からヤツの方まで、直線的に移動しても、床の怪しげな部分は避けられる――

 はずだったんだけど、奴はスタジオ内をゆっくり歩き始めた。


 踏ませるために、位置関係を変えているのか?


 奴が歩を進める程に、声にならない悲鳴が上がる。

 しかし、奴は人質の様子に、なんら気を配らない。スタジオ内で唯一人、自由に動くヤツの視線は、僕の方から動くことがない。


「もう一度言うぞ。そこからまっすぐ、ゆっくりと、こちらに近づいてこい」


 ヤツは手にしたダイナマイトをチラつかせながら、よくよく言い聞かせるような口調で命令してきた。

 これ以上の駆け引きは難しい。

 おそらく、僕は交渉人だろうが何だろうが、すでに殺す気でいる。

 人質のことも、知ったことじゃないだろう。


 スタジオ内に流れ込む瘴気が、こうしている間にも、ヤツに注ぎ込んでいくのがそれとわかる。


 僕は両手を上げ、降参のポーズを取った。


「わかりました。言う通りにします」


「早くしろ」


 むしろ、時間を稼いで力を溜めたいのは、ヤツの方だろうに。

 冷ややかな気持ちを胸に、僕は一歩一歩を確かめるように、前へ進んでいく。


 怪しげな床の一点も、爆発系の異能による仕掛けだとして、可能性は三つ。

 時限起爆か、ヤツの意志で起爆するものか、僕の接近で起爆するか。

 まず、時限式って可能性はないだろう。

 では、ヤツが任意で爆発させるか、接近に反応するものか。

 視界に映らない、ただ霊力だけ感じさせるソレを見つめ、ヤツの意志で起爆するタイプだと見切った。


 間合いに入る直前、スタジオ内のすべてに視線を巡らし、僕は動き出した。

 勢いよく駆け出すとともに、腕を振って護符を撒く。全部で七枚だ。ヤツ本体、手にしたダイナマイト、ヤツと床の仕掛けの間。そして――


 突如襲いかかる護符を前に、ヤツは手にした武器をすぐに手放した。

 導火線に火がついていないはずのソレが、スタジオの隅に固められた人質の方へ。

 そして同時に、ヤツは手から霊力の塊らしきものを放った。

 次の瞬間、爆発がスタジオを揺らした。轟音が響き、衝撃の余波で揺れる機材の音が鳴る。


 人質の方は間に合った。飛ばした護符の内、四枚が結界を成し、ひとかたまりになっている集団の壁となっている。

 その前に、僕は陣取った。

 一方、残る三枚の護符は、何らかの力で爆破されたようだ。跡形もなくなっている。


 そしてヤツは、僕から距離を取ってにらみつけてきた。


「葬祭課の犬め……」


「ご存じで何よりだよ。そっちは、どこの馬の骨だ?」


 言い返す僕の前で、男は再び手に円筒を携えていく。

 たぶん、それっぽく見せるためだけの飾りを。


「何が交渉人だ? だますばかりで、役立たずもいいところだったな」


「よく言うよ、囚人の名を借りようってクズが。そんなに目立ちたかったら、南極で自撮りでもやってろ」


 冷ややかに言う僕の前で、ヤツは嘲るように唇の端を吊り上げた。

 爆煙が消えても、スタジオ内には薄暗いものが立ち込める。ここに集う瘴気が、少しずつヤツに吸われていく。

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