第33話 天神さまがみてる

 僕の、もう一つの名前で呼びかけてきたお方は、言葉を続けた。


『現在のレートは、1EsVエクサ霊子ボルトにつき0円16銭』


『後で請求してください』


『了解』


 すると、またも落雷の音。スタジオ全体の照明が一瞬暗くなり、そこら中のコンセントから紫電が放たれる。

 それらが僕の体に絡みつき、体へ神気が流れ込む。四肢にまとわりつく黒し邪気の円環がはらわれ、僕はゆっくりを身を起こした。


 そこへ襲い掛かる鞭。衝撃波の連撃も、体をうっすらと覆う紫の光が幕となって守る。襲い来る鞭本体には右腕を上げて防御した。

 一瞬、腕が重くなるほどの力は健在。だけど、内に宿りつつある力が拮抗し、一撃を堪え凌いだ。


「ほう!」


 これこそがお目当てであったと言わんばかりに、呂雉は嬉しそうな声を上げた。


 追加の攻撃の気配はない。余裕を見せているヤツを前に、僕はスタジオに転がるケーブルに手を伸ばした。

 単なる電気ではない。空から注がれる神気が通電し、好き勝手打たれた体に生気を満たしていく。

 僕の内に語り掛ける声は、先ほどよりもずっと澄明になった。


『今日は普段・・以上に大物ではないか。仕損じれば国難となろうな』


『……でしたら、金をとらないでいただけませんかね』


『ハハハ。タダ働きなどするものではないぞ。お前だって、何かしらの手当ては出るだろうに』


 そうして内なる声と言葉を交わす僕に、ヤツが声をかけてきた。


「ようやく本気になったか」


「おかげ様でね……」


 言いながら、僕は手をゆっくり握ったは開いた。

 体の感覚は戻った。邪気もはらえている。

 しかし、まだ力が体に馴染んでいない。それでも、この調子であれば圧倒されることはないだろうけど……

 ヤツの方はというと、品定めするような目をこちらに向けた後、この戦い始まって初めて引き締まった表情になった。


「日ノ本の雷神……菅公か?」


 さすがに、一時は中華を掌握しただけの事はある。単に悪行で知られるだけの存在ではない。その見識に、僕は少なからず感心をいだいた。

 この身に神を降ろしたことが見抜かれている今、隠し立てにも意味がない。

 問題は、これでも勝ち切れるかどうかだけど……不安を表に出さないのは、あいにくと大の得意だった。討つべき敵を前に言い放つ。


「かかって来いよ、端女はしため


 カンフー使いみたいにチョイチョイと手招きしてやると……ヤツはこの挑発に大笑いしながら、鞭を繰り出してきた。


 先ほどよりも振りは鋭く、連続する破裂音は、さながら万雷の拍手のように間断がない。

 そして、宙を行き来する金色の鞭の鱗から、漏れ出る黒い邪気はより色濃い。

 さっそく、少しヤバいかもしれない。

 これまで加減してやっていたと言わんばかりの張り切りぶりに、僕は思わず息を呑んだ。


 目まぐるしく宙を行き来する鞭は、一本でしかないはずなのに、宙に残る金と黒の残像が無数の脅威に見えてしまう。

 たびたび先端から生じる衝撃波が、音だけ聞けば小気味よく、乾いた破裂音を立て続けに響かせる。

 幸いにして、衝撃波そのものは、僕の身を脅かすには至らない。先ほどよりも威力が増しているのは間違いないけど、こちらも身に宿る力は段違いだ。


 問題は、鞭の直撃。軌跡を見切らせず、激しく踊り狂う金の龍。

 その一撃が迫る瞬間、僕は動いた。この身を打つはずだった、鞭の先端の龍頭に、右手が稲妻のような勢いでつかみかかる。

 握った右手に襲い掛かる強烈な熱感。身を包む力の幕を超えてなお、皮膚が焼けるような激痛を与えてくる。


 それでも構わず、僕は右手を力強く握りしめ、左手で一閃。鞭の先端を手刀が叩き切った。

 愛用の鞭を切断されたものの、呂雉の顔に焦りはまったくない。

 むしろにこやかな笑顔を見せて鞭を手元に引き戻し、軽く一振り。頭を失った金色の龍は、先端から新たな顔を出した。


――ブッ壊してもすぐに再生できるらしい。ある程度予想で来ていたこととはいえ……


 若干の苛立ちを込め、僕は右手に握ったままの龍頭を、軽く振りかぶって投げた。

 ヤツへ一直線に向かうそれに、鋭い鞭の一閃。空中で新しい頭に撃ち抜かれ、頭の断片は爆ぜて黒い霞と化した。

 鞭を完全に壊すのは難しい。放たれた先端を掴み取ることはできても……ヤツの様子を見る限り、まだ何か隠している感じはある。武器を封じられるかもという焦燥や不安が、まるで感じられない。となると――


 後の動きの算段を思い巡らせる僕の前で、ヤツは再び鞭を操り始めた。

 宙を縦横無尽に踊る鞭は、僕の直前で引き返したり、スタジオの床を打ったり。フェイントをふんだんに織り交ぜるようになっている。

 この、自由自在な攻勢の中、僕は目を凝らしてその動きを目で追った。対処しきれない攻撃ではない。


 やがて、フェイントの連続は本命の連撃へと変わった。硬いはずの床が、一発受けるたびに鞭の一撃で割れて砕け、硬質の破片が辺りに飛び散る。

 そんな中、僕は軽いステップで直撃を避けていき――


(ここだ!)


 ヤツの身に訪れた、わずかな兆し。より強い一撃を繰り出すための準備態勢を取ろうという、そのわずかな隙を突いて、僕は矢のように駆け出した。全身に宿した力が紫電となり、飛び蹴りがヤツの胴体に――

 しかし、向こうの対応はイヤになるほど迅速で、かつ的確なものだった。どこかで鞭が何かを咥えたのだろうか。ヤツが手にした鞭が、ヤツ自身を勢いよく引き抜いていく。


 予想外の避け方を前に、僕の飛び蹴りは外れ、壁を大きく穿うがつだけに終わった。

 着弾点を中心に紫の衝撃波が生じ、スタジオ全体がきしむような音が上がる。

 落胆する間もなく壁に左足をつけて力を込め、壁に突き刺さった右足を引き抜く。

 その勢いでくるりとバク宙すると、僕がいたところにちょうと鞭が襲い掛かるところだった。

 どういうわけか、今度は鞭の頭が二つ見える。


 とりあえずその場を離れ、再び体制を整えて互いに向かい合う格好に。

 もはや残像しか見えない奴の鞭さばきだけど、先ほどのものが目の錯覚でなければ――

 またも襲い掛かる鞭は、やはり双頭だった。鞭の中ほどあたりで分岐した二本が、単なる鞭とは思えない軌跡を描いてこちらに迫る。一本は下半身、一本は首へ。


 この攻撃に、僕は軽くその場で跳躍した。足元スレスレを飛ぶ一本を踏みつけ、腰あたりに迫るもう一本を手づかみ。即座に手刀でたたき切る。

 踏みつけの勢いを活かしてそのまましゃがみ込み、残っている一本に素早く手を伸ばして思いっきりこちらへ引き込もうと力を込める。

 しかし、手がつるりと滑ってしまった。

 よく見ると、鞭表面の鱗が部分的に剥落したらしい。破片が宙に舞い、ヤツが鞭を悠々と手元に戻す。


 その一方、引き抜く勢いで後ろに転びかけた僕は、その場でくるりと一回転。

 まったく、良くできた玩具だ。苛立ちを通り越して感心を覚える僕に、ヤツは微笑みかけてきた。


「中々やるではないか」


「それはどうも」


「では、もう少し本気を出してやるか」

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