第34話 天満大自在雷公鞭

 どうやら、向こうは人を弄ぶ趣味がおありのようだ。

 いや、最初から知れたことではある。これでもまだ余力があったというのは、本当にうんざりさせられるばかりだけど。

 一方の僕はと言うと、降ろしている・・・・・・間は若干スロースターターの自覚があって、ちょうど良くはあった。


 ヤツが操る鞭は、もはや鞭と呼ぶのがためらわれる。それぞれの首が分岐して自在に動く、金色の多頭龍だ。

 数々の頭が襲い掛かってくる龍頭の群れにも、今なら目と体の動きがついていっている。一本握ってはひねり潰し、宙で頭を断ち切っていく。


 こうして、弄ばれては対応していく内に、こちらもようやく準備が整った。体に満ちる神気はあふれんばかりになり、小さな稲妻となって体表を駆け巡る。

 僕はネクタイを手に取り、天に掲げた。内に仕込んだ護符が芯となり、頼りなかった布切れに、紫の稲妻がまとわりついてく。

 この、稲妻を束ねた一本の鞭を、僕はヤツ目掛けて構えた。力を放つ前からスタジオ全体がかすかに揺れる。

 それでも平静さを崩さないヤツに向かって、僕はその力を放った。太いビームのような雷光が宙を奔り――


 これに対し、ヤツは鞭で防御の構えを見せた。宙で巻き付く多頭の蛇が、円盤状の盾となる。

 そして、直撃。ほとばしる雷光が炸裂し、ヤツの鞭は爆ぜて吹き飛んだ。鞭表面を覆う金色の鱗が、きらびやかに散らばっては霧散していく。

 衝撃で僕もヤツも少し後ろに飛ばされ――しかし、お互いすぐに体勢を立て直した。

 壊れた鞭も、ヤツは一振りですぐに再生させてくる。


『これだけでは死なんか』


 冷静な言葉が脳裏に響く。

 鞭は元通りだけど、さすがに、この一撃は堪えているらしい。ヤツは少しだけ息を荒くしている。

 それでも、耐え凌がれるのは想定外だ。この一撃で仕留めきるか、少なくとも大打撃とする心づもりだったのに。

「フフ、それが其方そちの本気か?」と、ヤツはあくまで落ち着いた口調で話しかけてきた。


「この国の雷公鞭だ」


「なるほど……面白い。こちらも本気を出すとしよう」


 どこまで力を隠し持っていたのやら。

 でも、これが多分打ち止めだろう。今までとは違い、ヤツは全身にまで黒い瘴気をみなぎらせた。

 天神の力をお借りしてなお、肌を刺す強烈な威圧感。思わず身震いさせるほどの力が、戦場の空気を支配する。

 そして、ヤツは鞭を高らかに掲げた。


「九天の龍よ」


 威厳のあるその声とともに、金色の龍がまたも枝分かれしていく。

 いや、金色の実体は、実際には殻でしかなかったのかもしれない。内圧に耐え兼ね、金色の鱗が破裂音とともに四散。

 鞭は今や、九本の頭を持つ黒い邪気の塊となった。


 これこそが、あの女の武器の本質なのだろう。常人に触れれば、それだけで絶命するか廃人になりかねない、途方もない邪悪な力さを感じる。

 そして、そんな凶器を手にするヤツもまた、これまでとは比べ物にならない力の高まりを見せ――


 僕は雷公鞭の二発目を叩きつけた。迎え撃つヤツの九頭龍が、うねる黒い波動となってぶつかり合う。

 激しい力の衝突に吹き飛ばされそうになりながらも、僕はこらえ、雷公鞭に力を注ぎ続ける。


「フッ、フフフ……ハハハハハ! よもや、我が力と打ち合えるとは! たかだか小国を差配することもできず、島から島へと流される小人如きがな! 褒めてつかわそうぞ、クハハハハ!」


『言わせておけば。晴明はるあきら、何か言ってやれ』


『言われなくとも!』


 力を支える両腕が震えつつも、頭の中は澄み切っている。

 あらん限りの侮辱を叩きこむために。


「天下人を気取りって、偉そうに! みささぎまでも暴かれて、今のアンタに何が残ってるっていうんだ? 墓の弔問客も、どうせ高祖のついでだろうよ!」


「手を合わせればいたまれているとでも言うのか? お前たちとて、結局はご利益目当てに拝まれているに過ぎぬ! 本心から弔われているわけではあるまい!」


「ハハハ! 弔われるより拝まれるなんて、まるでアンタらが奉じる社稷しゃしょくの天子みたいじゃないか! 天子となられたご子息は、結局その後どうなったんだっけ?」


「! 知っていながら、なお問うか! この下郎めがッ!」


 激昂とともに、力の奔流が炸裂した。ぶつかり合う力に拮抗が耐えかね、スタジオ全体を閃光と衝撃が呑み込んだ。

 吹き飛ばされ壁に背を打ち付けるも、どうにか気勢を保ち、僕は立ち上がる前から雷公鞭をヤツに向けた。闘志を代弁するように、鞭から紫の火花が散る。


『さすがに、お前の口は効くな』


 若干引き気味の天神さまの声が内に響いた。

 呂雉のご子息、景帝の事を口にするのは、僕だってはばかられるものある。

 しかし、力押しで勝てる相手じゃない。呂雉のアイデンティティーを破壊しなければならない戦いとなれば、もはや武器を選ぶ余裕はない。

 雷公鞭で撃ち合いながらも、口撃で追い打ちをかけ、どうにか均衡を破れる。それぐらいの難敵だ。


 実際、黒い九頭竜を束ねるあの女は、今もなお全身に禍々しい闘気をみなぎらせている。

 もはや隠しようもない、むき出しの力をあらわにしている。これを消滅させれば勝利だ。

 逆に、こちらが負けるようなことがあれば……葬祭課と天神を負かしたことが、ヤツには新たな力となるだろう。その一線を越えてしまえば――


 恐るべき未来を前に、僕は手を強く握った。

 共倒れなら、まだいい。

……それさえも狙えるかどうか。

 ヤツをこの場で打ち倒すためにも、まだ何か。体がついておかなくなる前に、一押しが必要だ。


 強く気を持ち、僕は武器を振り上げ……

 ヤツに向かって構えたその時。これまで沈黙を続けていたスタジオ内のモニターが、一斉に点灯した。

 画面に映し出されているのは、大河っぽい何か。夜の戦場らしき中、若い鎧武者が、美しい少女を抱きかかえている。


――いや、このタイミングで流すんだ、日本の大河ドラマじゃない。

 やがて、壊れかけのスピーカーたちから流れてきたのは、聞いたこともない歌だった。

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