第27話 奴隷解放

 ヨウスケです。僕は、今、ダークエルフのお姉様たちに虚ろな眼差しを向けられている。牢屋に入れられ鎖に繋がれたダークエルフの女性の人数は、見える範囲で30人くらいだろうか。地下牢獄の入り口からは奥が深く見通せない。


「どうすんだよこれ……」


 帝都の郊外。光の勇者様バカの隠し拠点に勇んで踏み込んだまでは良かったのだが、余りにも予想外の光景——口には出せない惨状——が眼前に広がっていた。リョナ系とか勘弁して欲しい。ノア君はショックで気を失ってしまった。クラーラさんが外に連れ出して介抱している筈だ。

 もし僕が未だに井川庸介であったのなら、この光景を目にしただけで、ノア君と同じ様に卒倒していただろう。だが勇者(英国面)ヨウスケ=イガーの心は波立たない。冷静といえば聞こえは良いが、多分違う。勇者のがイイ感じにキマっているだけだ。


 帝国はダークエルフの女性を拉致監禁。性奴隷に堕として、光の勇者バカの享楽に供していた、という動かぬ証拠だ。誰がどう見ても常態化していたことは明白だ。さて、誰が供給元だ?


「フリーダさん。ダークエルフの里って帝国にもあるの?」


 飛行船の中で、ノア君がダークエルフの里の事を教えてくれていた。ダークエルフは国家を持たない。深い森林の中に血族単位で里を形成する。里にはノア君のような使徒様がいて、血族を守っている。


「……」


 フリーダさんは答えたく無いのか、じっと僕を見つめる。帝国は降雨量が少ない。乾燥した地域が広がっている。広大な国土に森林地帯は乏しい。尋ねるまでもない。


「フリーダさん?」


「……無いぞ」


 僕は、フリーダさんが面倒なことになったと呟いたことを思い出した。これで繋がった。


「馬賊か……」


 ダークエルフは、闇の女神様を信奉する者が多いが、王国で迫害されてはいない。王国民として遇されている。

 帝国では奴隷商は合法な存在だが、王国では違法な闇商売だ。ハインリッヒ王の治める王都や他の大貴族の領都でダークエルフ狩りなど出来ようはずもない。大森林に散在するダークエルフの里は、ノア君のような使徒様が守っている。やはり奴隷商の手先がダークエルフたちを誘拐することは不可能だ。

 可能性があるとすれば死者の都への巡礼だ。ダークエルフの女性たちは、闇の勇者様ソフィーが女性ということもあって、女性たちだけで巡礼に向かうことは珍しくない。その旅路は長い。旅費の節約のために乗合馬車を使う。僕は、例の馬賊に襲われて、行方不明になる女性たちも多いとアントンさんから聞いていた。馬賊に拉致されたダークエルフの送り先が帝国の可能性が高い事など考えるまでも無かった。


 帝国の光の勇者を運用するための致し方のない犠牲と言うのであれば、受益者である帝国の臣民が血で贖うべきではないのか?


『……』


 ——何も仰らないのですね。


 僕の敬愛してやまない女神様(英国面)は神域から無表情で僕を見つめている。視線を返すように覗きみれば、まるで深淵のようだ。骨の髄から震えが来るほどの虚空を湛えた眼差しだ。虚無縹渺とした世界に置き去りにされたような感覚に襲われる。女神様(創造神)は黙して語ることはなかった。

 神命ではないとすると、帝国を滅ぼすべしという切迫した義務感は一体何処から湧き上がって来るのだろうか?

 ソフィーが吸血鬼の真祖ゆえに死神の風を放たんとするのと同じで、僕も調停者としてただ神威を放たんとしているだけなのかもしれない。それはまるで人が呼吸するが如くだ。


 何気なく僕が帝国の大聖女様(超紳士)に視線を向ければ、彼は絶望的な表情を浮かべている。神威パンジャンドラムが静止軌道から帝都に降り注ぐことを恐れているようだ。勇者とは英国面に限らず、多くの人々にとって、厄介な存在なのだと改めて実感した。


 僕は心を落ち着かせるべく、ゆっくりと息を吐ききって、ゆっくりと息を吸い込む。胸郭を目一杯広げて吸い込んだ後、フーッと一気に空気を吐き出す。地下牢に充満する悪臭だろうが構わない。


 僕は、一回り小さくなったような印象の大聖女様(超紳士)からこの状況について説明を受けることにした。


「説明してもらえますか?」


「もちろんですとも」


 大聖女様(超紳士)は、彼には似合わない苦味を含んだ諦めの表情を浮かべた。ちなみに女神様(英国面)の情報に拠れば、こちらの大聖女様(超紳士)の名前はカシム・マリク・コフという帝国貴族だ。帝国の中でも随一の武勇を誇るコフ侯爵家に連なる者の中で最強とのことだ。異世界人の僕にはどの程度凄い事なのか考えが及ばない。

 只人至上主義の帝国の中にあって、母親が鬼人族オーガであったことから、若い頃は酷い差別に晒されて相当に苦労したようだ。苦労によりカシムさんの人格は磨きに磨かれ、大聖女に選ばれる程の聖人となったというのが、カバーストーリーだ。

 カシムさん本人は、筋トレを欠かさなかったからこそ、曲がらずに真っすぐ己を貫くことができたからだと断言している。だが実際は、光の女神様のヤラカシにすぎない。


 カシムさん曰く。帝国の宰相一派が光の勇者様に便宜を図っていた。帝国であってもなく異教徒と雖も奴隷には出来ない。拉致監禁からの奴隷化など当然不法行為である。だが見逃されていた。何故か?

 乾燥地域の魔物は頑強にして強力。取り分け砂漠の魔物はあきれるほど巨大。光の勇者様バカの力があれば、効率的に砂漠の巨大な魔物を狩ることができる。光の勇者様バカの降臨前は、砂漠の魔物狩り一回で帝国兵に数百人単位で犠牲を強いられていた。だが降臨後は、報酬としてダークエルフを光の勇者様バカに数人与えるだけで帝国兵の犠牲無しで巨大魔物の討伐が達成可能となった。自国の臣民を守る為に他国の人民を犠牲にして何が悪い、と言ったところだろう。

 それは強者の理論だ。僕の胸中の荒野でタンブルウィードが転がり遠ざかる。強者の理を推すのであれば、当然、より力の有る者たちに奪われようと文句はなかろう。


 勇者微笑マジキチスマイルが僕の貌を粧す。


 女神様(英国面)の神域でのお茶会でご教授いただいたことなのだが、異世界の勇者がその力を振るうたびに、過剰な攻撃性が顕在化する。それは時間が経つにつれて、勇者に対してとなり、勇者の心を蝕む。やがて勇者を魔物に変える。遅い早いの違いはあれど、勇者は必ず魔物に変化する。それがこの世界の理だ。

 勇者を可能な限り長期間に渡り有効活用する手立てとして、多数の女性を充てがって勇者の昂まりを癒し、勇者の毒を解毒するという方法が経験的に確立されている。勇者の勇者は勇者ゆえに勇者は絶倫ゆえに一人二人では足りぬというわけだ。

 だが帝国の今代の光の勇者バカはタチが悪かった。召喚される前、日本楽園に住んでいた頃は、ダークエルフ好きにしてリョナ好きだった。もともとの性癖が、勇者の毒によって助長された。結果がこの惨状。


 いよいよ Pipes & Drums が奏でられようかという瞬間、この場所に似つかわしくない幼い少女の声が響く。


「お師匠様ッ!」

  

「おお、我が愛弟子よ!」


 カシムさんが少女の呼びかけに応える。僕が声の方に振り向くと、そこには冥土漢メイドガイを2人引き連れた少女が居た。聖職者用の豪奢な衣装に錫杖を携えている。ガタイの良いメイド服姿の護衛が濃すぎて、少女の容姿が目に入らない。まあ、僕はロリ好きじゃないからね。


「で、誰?」


『貴方は帝国の大聖女(見習い)に出会った』


 ——世界の声シスログさん、こっちが本物の大聖女ですね?何となく安心しました。


『貴方は帝国の大聖女()に出会った』


 ——あ、はい。大聖女(見習い)ですね。はい。

 

『……』


 ——七番目の皇女様ですか。光の女神様が真面目に祝福を与えた至って普通の聖女様なのですね。


 なるほどなるほど。この大聖女様(見習い)の名前はサリナ・エヴィシャ・ウルス。当年10歳。帝国の第七皇女様だが、皇位継承権は無いと。なるほど。


 サリナちゃんの護衛に気を取られ無いように彼女を確りと眺める。霞んだブロンドの髪は手入れが行き届き鈍色に輝いている。グレーの瞳は好奇心に溢れて煌めいている。日焼けした肌は小麦色で健康的に艶やかである。お姫様なら色白が定番なのかもしれないが、この皇女様はフィールドワークがお好きなようだ。

 実際、サリナちゃんは常に民草と共に在るべしを実践し、師匠のカシムさんと共に帝国内の村々を巡っては、癒しの奇跡を惜しみなく村人たちに与えている。


 カシムさんは、立ち膝となり、サリナちゃんに目線を合わせて咎めるような口調で語った。


「ここに来てはならぬと申し付けたであろう」


 カシムさんは弟子の大聖女(見習い)に光の勇者様の悪行の結末を見せたくなかったのだろう。恩恵の対価が如何なるものかを知るには時期尚早と判じたのだが、大聖女(見習い)のサリナちゃんは数年前から勇者の悪行を看破していた。悍ましい光景に心を壊されることなく、犠牲者を救い出す機会を窺っていた。

 

「悪の臭いが漂っているのです。民が苦しんでいるのです」


 この場所を事前に特定していたのは大聖女様(見習い)であった。


「大聖女は悪の痕跡を見逃してはならないのです」


 この幼い大聖女様(見習い)は、この惨状を前にしても揺るがない。力のある眼差しを師匠に返す。酸鼻極まる呪われた場所に癒しを届けるのだと、弟子は確固たる意志を示した。

 師匠の言承けには、疾うに否やはなく、究竟にして禍事を齎そうとも、忍受する気構えがあるのだろう。


「我が愛弟子よ。よく見て学ぶのだ」


「はい。師匠!!」


 師弟で覚悟決めても巻き込まれる一般人は耐えられ無いのだが、大聖女様(超紳士)と大聖女様(見習い)は連れ立って、長い廊下の闇に溶け込むように、ゆっくりと地下牢獄の通路の奥へと進んで行った。光の勇者の悪徳の証を目の当たりにするために。


『……』


 ——光の女神様に賽子を振らせたら負けなのでは?


 なるほどなるほど。宿命フェイト偶然チャンスも生み出したのは女神様(創造神&英国面)であって、この世界の始まる前に奴らに話しかけられるようなことはないと。なるほど。


 暫くすると二人は、僕たちの元に戻ってくると、静かに光の女神様に祈りを捧げた。祈り終えると徐ろに奇跡を行使する。


「筋肉は裏切らないッ!あらゆる困難を乗り越えるッ!筋肉は愛ッ!全ての癒しッ!!」


 もはや光の女神様とか完璧なまでに無関係な祝詞とも言えない台詞を高らかに唱えて、マッスルポーズを繰り出す。その度に大聖女様(超紳士)の体から放出される光の魔力がどんどん増大していく。


完・全・回・復パーフェクトヒール!!」


 大聖女様(超紳士)が雄叫びをあげれば、数拍の後、上腕二頭筋から光の輪が広がる。


「キレてる!」


 大聖女様(見習い)が掛け声を飛ばせば、癒しの力が爆発的に増幅される。続け様に牢屋に悲鳴が満ちる。回復の過程で、骨も、筋肉も、血管も、リンパ管に神経も再生する。欠落した部分を再生する過程で、想像を絶する痛みが、囚われのダークエルフたちを襲う。


「ちょ、ま、おぃ、マッチョ大聖女!まてやこら!!」


 僕もキレる。流石にこれはない。帝国兵士に対するような荒療治は止めいや。


 阿鼻叫喚の最中、凛とした声が響く。振り向けばクラーラさんが佇んでいた。


「水の女神様の慈愛がこの地に溢れんことを、光の女神様の慈悲があまねく降り注がれんことを、クラーラが希う。に安らかなる眠りを、癒しの眠りを、与え給えよ」


 彼女が祝詞のような神願を唱えると、暗い地下牢獄に清浄な風が吹き抜ける。嘔吐を催す澱んだ空気が瞬時に浄化された。クラーラさんの全身が白藍色に薄く輝く。まるで神降ろし。水の女神様の分霊が乗り移ったかのようだ。


「おおッ!」と大聖女様(超紳士)。


「おおッ!」と大聖女様(見習い)。


 帝国の大聖女師弟が驚嘆の声を上げる。逸脱者であっても、水の女神様だけではなく光の女神様の神力も同時に体現する者を目の前にして、驚かずにはいられないのだろう。

 僕はと言えば、一部の紳士たちを除けば、とても神聖とは思えないバニースーツ姿のクラーラさんに頭がバグりそうになっていた。サリナちゃんは、そんな僕の横を猛然とすり抜け、クラーラさんに走り寄る。そして幼女ダイブでクラーラさんのお腹の辺りに飛び込んで抱きついた。


「眠りの秘術ッ。凄い。凄い。凄い」と花が咲いたような笑顔でクラーラさんを見上げて絶賛する。


 ダークエルフたちは全て深い眠りに落ちた。もはや再生過程で生じる激痛を感じることはないだろう。大聖女様(超紳士)のマッスルパワーがダークエルフの欠損部位を豪快に且つ無慈悲なまでに完璧に再生してゆく。


『……』


 ——神力レベルの癒しの奇跡なのですね。驚きました。


 なるほどなるほど。この世界では、欠損後に数日経過すると、聖女の奇跡でも元に戻すことは不可能なんですね。世界樹の雫から作られる大霊薬エリクサーでも不可能。なるほど。


 多分、これでよかったのだろう。神威を発動して、この地をバンジャンドラムで更地にするまでもない。破壊するだけの勇者(英国面)はこの場所には不要だった。


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