魔物と謀略と紅茶と賽子
第10話 城壁の上
ヨウスケです。僕は、冒険者組合支部に紹介された宿屋で一夜を明かし、お出かけ前に美味しい朝食を食べている。
女神様の仰った中世のような世界とは一体なんだったのだろう。
まず食事がすごく美味しい。全粒粉ですがパンも柔らかい。フライドポテトやマヨネーズもある。塩も香辛料もハーブも充実している。東欧料理に近く、豊富なメニューが用意されている。多分、この異世界冒険者生活に不満を感じることはないだろう。宿のベッドもお風呂もトイレも清潔だったし……
「ヨウスケ!いるかッ!!」
フリーダさんは朝から元気だね。僕はパンをもちゃもちゃと頬張りながら生暖かい視線をフリーダさんに向ける。おっと、ものすごい勢いでこちらに迫ってくる。
「食事中に悪いな。直ぐにきてくれッ!!」
僕は、あっという間に彼女に捕まって、ひょいと肩に担がれてしまった。お米様抱っこというやつだ。
「あっ、鞄と
「おっと、悪い」
彼女は、僕の手が鞄とSMLE(魔丈)に手が届くように向きをかえて、少し屈んでくれた。
「回収完了」
「よし。大丈夫だな。それじゃ行くぞッ!」
この格好はかなり大丈夫じゃない。というか胃が圧迫されて一寸やばいです。それに猛烈に揺れる。フリーダさんってば速過ぎます。人外すぎる。おっと、失敬。
すれ違う街の人たちは、疾走するフリーダさんに驚き、担がれている僕を見て呆れ、手を振る僕に苦笑いを浮かべながら手を振り返してくれる。これにて僕は、一躍、街の有名人になってしまったようだ。
「ここだ。ついたぞ」
「あー、城壁の上なのは分かる。先ずは何があったのか、何故、僕が必要なのか、順番に教えてくれますか?」
「あれだ!」とフリーダさんが空を指差した。
あー何か飛んでるわ。鳥か?あれの何が問題なのだろう。
「ガーゴイルだ!」と若干嬉しそうなフリーダさん。
まるで子供がオモチャを見つけて目を輝かせているようだ。
「彼奴らは街道の馬車を襲う。物資を運ぶ日に当たりをつけてこの城塞都市の周りを飛び回る」
ちょっと苦い表情を浮かべた。フリーダさんの表情を見ているだけでもエンターテイメントされるぜ。
「あいつは硬い!弓兵では敵わない。そこでヨウスケの出番だ」
地球でもガーゴイルは、教会などの石飾りというか魔除けの石像でした。そりゃ硬いわけだが、まあ地球のそれは動かないけどなッ!
「魔法士だと対応できるということですか?」
「地上に降りて来れば打ちのめすのは簡単さ」
『……』
——ガーゴイルには炎系が効くんですね。でも炎系の魔法は弾速が遅くて射程も短い。
なるほどなるほど。地上に落とすには、土系の魔法、強力な
「ヨウスケの高速飛弾。あれ程の速さで撃ち出せる奴を他に知らない」
「目標が500mまで近づいてこないと有効打にはならない」
僕自身、適当なことを口走ったことに驚く。ガーゴイルの硬さとSMLEの貫徹力なんて比べたことも無いのに、何故か分かるようなきがした。女神様の半眼の薄笑いが脳裏に浮かんだ。インストール済みでしたか。そうですか。
「500で落とせるのか?凄いな。北方の巨人族の大弓兵に匹敵するぞ」
巨人族いるんだ。多分人間のカテゴリーなんでしょうけど、何かすごいわ、この異世界。ケモナー落胆、大女スキー歓喜とか、全く油断できない。
残弾5。
ガーゴイルを見出し、銃口を向け、照星に目標となる黒い影を合わせて照門に捉える。刹那、Pipes & Drums が響き渡り、勇者の超感覚が発動した。風向。測距。偏差。自転補正。僕の目には、数字が投影されている。身体が闘争を求めている所為に違いない。
銃口から特大の閃光と共に発射音。
ズドーン!
フリーダ特戦隊(自称)を制圧した時よりも反動が大きい。肩にズンと重みが返ってきた。さらに目標に命中した手応えも感じた。
「ひとつッ!」とフリーダさんが飛び上がり喜びの声を上げた。
「ヨウスケ。次だ。二時の方向」
僕は、今、射撃機械のようになっている。身体が敏感に反応して、少し低い位置に次の標的を見出し、狙いをつける。そのまま、遊底槓桿を引いて、空薬莢を排出させ、次弾装填。直ちに
ズドーン!
「よし!よし!」とフリーダさん。
次々と現れるガーゴイルに .303ブリティッシュ弾(Mark 8)を撃ち込む。
「これで看板!」
最後の1発を撃ち終えて、銃を下ろした。全弾命中。5体のガーゴイルを制圧。
「よし!お前たち出番だ!」
フリーダさんは城門に控えていたフリーダ特戦隊(自称)の方々に大声で指示を飛ばした。
「「「「「おう!!」」」」」
彼らは馬上で鬨の声を上げた。腹に響く声だ。昨日の今日でエラく元気だな。重畳重畳。彼らは馬を駆って、僕が撃ち落したガーゴイルにとどめを刺しに行くようだ。
僕は、膝を落として身を屈め、城壁の上の鋸型の狭間から身を隠す。遊底槓桿を引いて排莢する。弾倉に弾薬は無い。残弾ゼロ。
「アモ!」
僕は思わず叫んでしまった。ここがBFの世界なら、援護兵が弾薬袋を投げ渡してくれるの。だが、ここは異世界。ツラいぜ。僕がそんな愚にも付かぬことを思い浮かべていると何かの気配がした。
「……」
フリーダさんが固まる。気配察しをすり抜けられた程度で固まるほど甘くは無いはずなのに。彼女は動けないようだ。
「……」
僕も呆気に取られて言葉を失っているのだけどね。
僕とフリーダさんの二人の視線の先、ガスマスクを被った兵隊さんが飛び跳ねている。誰ですか?いや何となく分かる。分かってしまうのが悔しい。
カーキ色の
「アモ……」と僕は呟く。
彼は即座に弾薬ポーチを放り投げてきた。そして2回飛び跳ねると虚空に消えた。ありがとう名も無き援護兵。次もまた頼むぜ。
『……』
——女神様を讃えろと仰せか。
女神様の薄紅の瞳を誉めればよいのだろうか?それともプニっとした柔らかそうな桃色のほっぺを愛でればよいのだろうか?ん?は、はい。スミマセン。スミマセン。
女神様の呆れ顔が脳裏に浮かぶと、女神様を賛美する祝詞がインストールされる。
「アカネチャンカワイイヤッターアカネチャンカワイイ!」
僕がそう唱えると、
『貴方の
——喜ぶべきなんだろうか?
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