神々の印相と紅茶と賽子

第29話 先史時代の遺跡

 ヨウスケです。僕は、今、世界の果てに至る隼みれにあむふぁるこん号の船室の一つで爆睡しています。


 四方を標高9000mを超える山脈に囲まれた廃地の上空、1万3000mの高高度を抜けて、帝都から丸1日がかりで大陸の南端にある先史時代の遺跡に到着した。丁度、陽が昇った頃合に、ぐっすり寝ていた僕は船長に起こされた。

 少し時間をもらって、身なりを整えてから、与えられた船室を後した。船長と一緒に“ふぁるこん号”から遺跡の地へと降り立った。そこには、朝靄に浮かび上がる巨大建造物が視界いっぱいに広がっていた。メキシコのテオティワカン遺跡と見分けがつかない。あの特徴的な四層構造に加えて、建造物の頂上へと伸びる階段。頂上には祭壇に見える台座がある。思わず言葉が漏れた。


「太陽のピラミッド」


「ピラミッド?」と船長のヤシャームさんが僕の呟きを拾った。


「僕が生まれ育った世界の巨大な遺跡のことです」


「ほう。別の世界にも似たようなモノがあるのか」とヤシャームさんは訝しんでいる。彼は続けて巨大建築物について「言伝えによれば、こいつは巨人達の祭壇だ」と教えてくれた。


「巨人ですか?」と疑問を口にすることで、僕は今更ながら違和感に気が付く。


 この遺跡の全てが大きすぎるのだ。目の前に続く段差がだとすれば、巨人の身長は平均的な人間の5倍以上になる。僕は、暫しの間、無言になり動きも固まった。

 ここは異世界なのだから、驚くほどの事でもないのだろうが、実際に目にしてしまうと思考が停止してしまう。至って普通のヨウスケ一般人のままだ。魔物が出現し易いと言われている遺跡で、いつもの勇者(英国面)のが無くなっているのは危険かもしれない。多分、寝起きの所為だな。


 ヤシャームさんが僕の肩をポンポンと叩いて先に進むぞと促してくる。そして歩き出しながら「北に住んでいる連中とは別モンだ」と教えてくれた。そう言えば、王都で見かけた北方の巨人族の集団、彼らの身長は精々3m程度だったかな。それでも大きいよね。

 気を取り直して、ヤシャームさんの後について行く。巨石で組まれた腰高程の階段狀に続く段差を二十段下りてから、無駄に大きい円柱状の石柱が整然と並ぶ場所に向かった。ふぁるこん号の船員たちが拠点を設営していた。そこは、彼らがお宝探索に何度も利用している場所で、安全な水場が近くにあって、長期間滞在も可能なのだ。

 今回は7日間と比較的に短い。というのも、前回の長期調査でお宝の場所が判明しているからだ。また、何重もの魔力結界に守られたお宝のありかに到達するためには、その結界を破る必要があるが、そのための高価な魔道具も持ち込んでいる。彼らは入念に準備を済ませていた。

 その魔道具は、高価なだけではなく、稼働中に魔物を引き寄せる厄介な物らしい。僕は、万が一の時の保険のようなもので、初日と最終日を除く五日間は発掘現場近くで待機して、魔物に備えるという取り決めになっている。だから、今日は、自由に遺跡を巡ることができるのだ。


 ヤシャームさん達との朝食の後、僕は遺跡の主要路の散策を開始した。


『……』


 ——北の巨人族とは別系統。10万年前に絶滅した種族ですか。


 なるほどなるほど。宇宙からの侵略で滅んだと。巨人たちは頑丈な体躯と始原魔法で対抗したが、文明レベルの差は埋め難く、負けてしまったのですか。ちょっとシナリオ雑過ぎませんか?


『……』


 ——天空からの使者ということで光の女神様の管轄でしたか。ああ、ファンブルですか。納得です。


 創造神たる女神様(英国面)の神域から僕たちを覗き見ている七柱の女神様たちの中で、光の女神様だけが苦々しい表情を浮かべているのが、脳裏に浮かんだ。


『……』


 ——他の六柱様はやらかさないですよね。光の女神様には、創造神によるお祓いをお薦めします。何せ僕の敬愛してやまない女神様(創造神&英国面)は、運命も偶然も従えてますからねッ!


 嗚呼、半眼でニヒルな笑みを浮かべてますね。これは仕込んでますわッ!って言うか、世界観台無しにするイベントを仕込むというのは、いかがなものかと思うけどね。そんな風に呑気な事を考えていると、黒い影が伸びてきた。


 ズドーン!


 影の主を確かめる事もなく、僕は、瞬時に相棒を召喚して、容赦なくブリティッシュ.303を撃ち放つ。このタイミングで、僕たちの味方が遺跡から出現するなどあり得ない。迷いも躊躇いも不要。いつもの勇者マイドが戻ったようだ。

 巨大な影は頭部を吹き飛ばされて霧散した。ピラミッドの頂上、祭壇に何かが落下した音が微かに聞こえた。同時に事務的な声が響く。世界の声シスログさんの声に被せて、誰かの舌打ちが聞こえた。多分、闇の女神様だ。大方、出現する影の数を骰子で決めたのだろう。闇系のイベントは、間違いなく彼女の担当だな。残念ながら交渉で賽の目は変わらんのだよ。


『貴方は巨人の影に遭遇しました』


『貴方は巨人の魂を解放しました』


『貴方は慈悲の一撃を取得しました』


 ——なるほどです。彷徨える魂を成仏させるのが、ここでのミッションですね。


『……』


 ——当たらずと雖も遠からず、ですか。異星人の置き土産物(ゴーレム)を処分して、神の印相を取り返せと仰せですか。


 なるほどなるほど。先程の巨人の影は、置き土産物の所為で発生していると。なるほどー。女神様達のやらかした後始末。後始末っと。


 早速、僕は偵察兵さんを召喚して、標的となったゴーレムの位置を特定することが出来るのか、相談することにした。二人で多面的に検討していると、背後から人が近づく気配がした。偵察兵さんの方は既に警戒モードだったようだ。


「ヨウスケ!何事だ?」


 振り向けば、慌てた様子のヤシャームさんがそこにいた。相棒の発砲音は遠くまで響き渡るからね。慌てて駆けつけてくれたようだが、偵察兵を見てフリーズした。彼も妖精さんが見えちゃうタイプでしたか。僕は勇者微笑マジキチスマイルを浮かべながら、偵察兵さんを紹介した。


「女神様の御使、偵察兵さんです」


 偵察兵さんは、ビシッと敬礼する。船長は、「お、おう」と答えて、右手を握り、胸元の高さまで上げ、肘を落とし、拳を鎖骨に付けるようにして、返礼した。帝国式かな?


 僕は、戸惑っているヤシャームさんに女神様(英国面)の御神託を伝えることにした。


「掻い摘んで説明しますね。天空からの来訪者が、巨人たちを滅ぼした後、この遺跡の地下深くに厄介なゴーレムを残置して、天空に帰ったそうです」


 突拍子もない話だったようだ。ヤシャームさんは明らかに困惑している。


「先史時代の巨人たちが滅んだのは、信奉する女神様たちの印相サインをゴーレムに奪われたことが始まりのようです。女神様たちは、ゴーレムを倒して印相を取り返せと仰せです」


 僕がマジックバックから女神様から下賜された鈍色の古ぼけた器——印相を収集するための器——を取り出して、ヤシャームさんに見せたのだが、反応はあまり良くなかった。神気を失った器は呪物のように見えるのだろう。彼は、鈍色の器から視線を外し、何も見なかったかように話題を変えた。


「……地下か。そのゴーレムは今でも動くのか?」


「多分」


「厄介だな。それに……」


 ヤシャームさんが周囲を見回してから言葉を繋いだ。


「見ての通り、似たようなが三十基だ」


 僕と偵察兵さんは、同時にレリーフを指差す。僕は、更にヤシャームさんに問いかける。


「女神様の印相は4つです。目標は四原質を象徴する殿では?」


 目の前の神殿の階段基底部には見覚えのある象形が彫り込まれている。王都の大聖堂に祀られていた四柱の女神像、四原質の各々を指し示す印相を思い浮かべて、合致するものが一つ。風の女神様だ。偵察兵さんが激しく同意している。


「ああ、そいうことか。遺跡の中心から見て、東西南北の四ヶ所だな」


 ヤシャームさんが納得したような表情を浮かべたので、僕は頷くことで応えた。


 彼は「俺たちが開けようとしているのは月の祭壇と呼ばれている。主要な祭壇からは離れているが……」と続けるが、僅かに眉を顰めた。


「地下で繋がっていないという保証はありませんよね」


 僕がヤシャームさんの懸念を敢えて言葉にすれば、「ああ、その通りだ」と頷き返してくれた。そして「で、ヤルのか?」と尋ねてきた。ゴーレム討伐のことだ。僕は「勿論」と迷う事なく答えた。すると険しい表情を崩すことなく、彼は問題点を指摘してくれた。


「正確な合言葉を始原魔法で発動させない限り、祭壇地下の入り口の扉は開かないぞ」


「それなら大丈夫ですよ。先ほど倒した巨人の影が鍵となるオーブを落としましたから」と僕が告げれば、ヤシャームは「ヨウスケ。お前には驚かされてばかりだ」と讃えてくれた。


 まあ、女神様(英国面)の加護のお陰であって、僕が優れている訳ではない。あまり持ち上げられてもこそばゆいだけだ。とは言え、僕も見栄を張りたい三十歳児お年頃。気分は決して悪くはない。


「こう見えて、僕は勇者ですからね。それじゃちょっと行ってきます。すぐに済ませます」などと余裕を見せつつ、先に進むことにした。


「ああ、気をつけろよ」


 僕は、勇者(英国面)の力を全開にして、風の女神様の神殿の頂上を目指す。一般人には大きすぎる段差の階段を飛ぶように駆け登った。

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