第28話 幕間劇 南へ

 ヨウスケです。僕は一人、世界の果てに至る隼みれにあむふぁるこん号に搭乗して、帝国の南端を目指している。先史時代の遺跡で忘れられた神々や四原質の女神様達の失われた神印サインを見つけるつもりだ。


 フリーダさん、クラーラさん、そしてノア君とは、それぞれ別行動。半年後に王都で再開する約束を交わしているが、互いに為すべきことがあるので、再開が叶うかどうかはわからない。


 フリーダさんは、帝国の光の勇者様が元の世界の輪廻の流れに還されたことを冒険者組合総長グランドマスターのデルミーラさんに報告するため、王都に戻ることになった。光と闇の均衡状態が500年ぶりに回復し、デルミーラさんの悲願が達成されたことを、直接報告すべきだろうと思い至った。それに彼女には、副総長という立場もあり、長く王都の冒険者組合本部を離れていること自体が難しい。他地域の冒険者組合支部から援軍要請も少なからず届いているため、その要請にも応じる必要がある。一度、王都に戻って、溜まっている仕事を片付けなければならない。しばらくの間、僕の尻を撫で回せなくなるのは残念とか、出発前にブツブツ言ってたけど聞かなかったことにした。


 クラーラさんは、大聖女様(見習い)のサリナ皇女様に気に入られたらしい。水の女神様の奇跡の力を授けられるまでの間、サリナ皇女様の修行に付き合って、暫くの間、帝城に篭ることになった。水の女神様の御技を学ぶのに光の女神様の神殿を使うわけにはいかないからね。他の女神様たちの御技を修行によって手にするというのは背教行為なのだが、眠りの秘術を目の当たりにして、サリナ皇女様は自分に足り無い技能を心底から欲した。ここ2、3日の間、熱心に貴族嫌いのクラーラさんを口説く様子が帝都の彼方此方で何度も目撃されていた。クラーラさんが幼き者が好きすぎる点を考えれば、最初から返答は決まっていたと思う。必死な様子のサリナちゃんを楽しんでいたに違いない。


 ノア君は、救出したダークエルフの女性たちと共に、国の大聖女様(超紳士)がチャーターした飛行船で死者の都に向かった。彼女たちを死者の都に連れ帰り、ノア君が管理している闇の女神様の神殿で面倒を見ることにしたそうだ。死者の都では、ダークエルフの女性たちの心の傷を癒すための奇跡を闇の女神様から授けてもらうべく、修行すると張り切っていた。だが、ダークエルフの女性たちの心の傷は、完全に回復している筈である。僕がノア君に強制した猫耳と猫尻尾に対して、使徒様に対する不敬だとか言わずに、全員が全員とも親指を立てて、いい笑顔で称賛を送ってきたのだから間違いない。心的外傷が回復していない振りをしているのは、単にノア君と一緒にいたいだけだと思う。完全少女型希少種の男の娘は可愛いからね。シカタナイネ!


 そういうことで、当分の間、僕は一人で過ごすことになったわけだ。このままずっと一人で過ごすことになるかもしれない。寂しくなんかないぞ。ホントダゾッ!などと独言する僕を憐れんだのか、女神様(英国面)が南に向かうように御神託を下さった。


 その場所が馬車を仕立てて旅するような場所ではなかった。巨大な山脈地帯によって隔絶された場所のため、ぐるりと大陸を回る船旅か、あるいは飛行船を使う空の旅となるような場所にあった。

 僕は、帝国にもある冒険者組合を訪ねて相談したところ、元空賊でトレジャーハンターの伊達男たちの一党を紹介して貰った。

 話をしているうちに意気投合(互いに利用価値があることを認めて)遺跡に一緒に向かうことになった。



「ヨウスケ。どうした?」


 後部デッキで黄昏ている様に見えたのか、船長さんが声を掛けてくれた。僕は遠方に青く霞む帝都の全景を眺めていた。


「船長。帝都って本当に大きいですね」


 僕の素直な感想だ。帝都は丘陵地に建築され、その外周を高さ15m程の城壁がぐるりと囲んでいる。城壁の全長は80kmあるそうだ。東京都の外環(完成版)の総延長に近い。辺縁部の城壁から中央の帝城までの高低差は500mほどある。帝城は一際大きく周囲を睥睨する佇まい。膨大な労力と時間が投入された歴史的な建築物であることが分かる。


「そうだな。昔はあの大きさも忌々しかったが、今は、少しだけ誇らしい。帝国も変わる。ヨウスケ達のおかげだ」


 光の勇者様を倒したのは、間違いなくノア君の闇の魔力だし、ダークエルフたちを救ったのは、大聖女コンビとクラーラさんだ。絶妙なまでに戦いの拍子を整えたのは、女神様(英国面)だ。明確な意図と意志を以て行動したわけでもない。お膳立てされた中で、相棒SMLEのトリガーを引くだけの簡単なお仕事だった。


「巡り合わせですね。偶々そうなっただけですよ」


 皇帝は権威、宰相が権力。これが西方の帝国だ。今回の一件で宰相は引責辞任、一族の多くが公的な役職を失った。彼らが、中世日本国の平家一門のように、専横を極めていたのかどうかなど、僕にはわからない。帝国臣民たちの中でも立ち位置の違いで評価は変わるだろう。光の勇者様に好き勝手させざるを得ないことに、歴史のある帝国の誇り高い臣民たちは、鬱々とした日々を送っていたのは間違いないだろう。元宰相だって同じじゃないかな?


「ああ、そいうものかもしれん。さあ、飯でも食おうか?」


 世界の果てに至る隼みれにあむふぁるこん号の船長にしてトレジャーハンターの伊達男。名前をバアル・ヤシャーム・ニスバ。元空賊とのことだ。カシムさんのマッスルパワーで改心させられたので、信用して良いとのことだ。どのように改心させられたのかは詳しく聞かない方が良いだろう。

 ふぁるこん号の船長のヤシャームさんは、分厚胸板に引き締まった腰回り、焦茶色の髪は短く借り揃えられていて、焦茶色の瞳は大きく澄んでいる。口髭も顎髭も手入れが行き届いていて清潔感がある。衣装は、地球で言えば、大航海時代の私掠船船長のそれだ。カッコイイゼ!


「船長!ヤバいぜッ!!」


 どうやら食事はお預けだ。乗組員の声音に恐れが含まれている。


「どうした?」


「10km先にワイバーンの群れだ。黒い奴に率いられてるぜッ!!」


 黒ね。黒。廃地とかいう場所に生息している奴かな?

 

「エンジン回せ。高度を上げろ。振り切るぞッ!」


 ヤシャームさんは、大声で指示を出しながら、操舵室に駆け込んだ。このままでは1分もかからずに群れに飲まれるだろう。僕は前方の観測室に移動する。

 

 前方からワイバーンの群れが急速に近づいてくるのが見える。ふぁるこん号の機首が上がる。加速度を感じる。

 速力を増したふぁるこん号が正面切って、ワイバーンの群れの中を抜ける。飛行船とは思えないような軽快な動きだ。ワイバーンの攻撃を巧みに回避しながら急速上昇を続ける。一気に高高度まで上がれば、通常のワイバーンなら追ってこれない。

 だが数体の黒いワイバーンが素早く飛ぶ方向を切り替えて、猛然と追尾してくる。大気が薄く、極寒の中にあっても、黒色のワイバーンだけは、平気で飛び続ける。

 一際大きな黒いワイバーンが吼える。奴は咆哮と同時に魔力の塊をふぁるこん号目がけて放った。だがヤシャームさんは見えているのか、あるいは予測していたのか、黒いワイバーンの魔力弾をあっさり回避する。


『……』


 ——上部デッキに転移ですか?チョモランマの無酸素登頂よりもキツくないですか?多分一瞬で気を失いますよ。


 なるほどなるほど。現在のジョン・ブル・魂ッ!のレベルであれば平気ということですか。なるほd——


 間髪入れずに上部デッキに放り出されるが、デッキに足が着く前に、僕は.303ブリティッシュを5発連射。黒いワイバーンを全て撃墜した。ジョン・ブル・魂ッ!のレベルアップによって、相棒SMLEの威力も増している。


『貴方は、黒ワイバーンを5体連続で屠りました』


『貴方は、クインティプル・キルの実績を解除しました』


『実績解除により、貴方のジョン・ブル・魂ッ!のレベルカウントが上がりました』


 ——眼前に邪魔くさく浮かび上がるジョン・ブル・魂ッ!が黄金に輝いてドクンドクンしているのですけど。微妙に腹立たしいのですけど。カスタマイズで大人し目の演出に変更できますよね。大丈夫ですよね?世界の声シスログさんッ!


 それにしてもこれだけ高速に飛行している船の上で、飛ばされもしないとは、我がことながら感心するね。勇者(英国面)ヨウスケ=イガーも十分に魔物化していると思うが、これはこれで良いかもしれない。何せ未知の異世界で僕の冒険は始まったばかりなのだから。


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