第3話 SMLE MKIII
僕は街道の盛り土から転げ落ちた。ゴロゴロと転げて、ようやく仰向けに止まった時には、ショート・マガジン リー・エンフィールド MkIII という名称のライフルを手にしていた。何やら古めかしい。銃口の付近に脇差のような刃物(銃剣)が装着されていた。昔の戦争映画で見たような気がする。
——ライフルなんか触ったことないぞッ!
腹に響く重低音が周囲を揺らす。大猪の唸り声だ。僕は咄嗟に起き上がると、大猪がいる方向に体を向け、低い体勢となって、ライフルを構えた。まるで小槍の如く、ライフルをしっかりと構えた瞬間、女神様からの御神託が降りてきた。焦りで苛立っていた僕を一瞬にして心が癒される様な紅茶の香りが包み込む。
『……』
——ボルトアクション式?薬室に弾を装填する?ちょっと間に合いそうに無いです。
僕と女神様の呑気な会話が一通り終わると、魔物と化した大猪が物凄い勢いで駆け降りて来た。剥き出しの殺意が僕に向けられている。ライフルの根元(銃把)を握る右手に力を込める。銃身を支える木の台(被筒)に添える左手の手首は柔らかく保つこと意識する。ギリギリ引き寄せて右側に躱す。躱して直ぐ、剣先を奴の首に叩き込む。叩き込んでやる。必ず殺る。
視界から色が落ちた。時間が間延びする。周りの音が消える。大猪の足音も風の音も自分の動きも呼吸音さえ消える。そして頭の中に Pipes & Drums が鳴り響く。刹那、剣先が青白い光を纏う。僕は、右足を半歩踏み出し、大猪の体当たりを躱すと、踏み出した足をバネに、全体重をかけて、左足を大猪に向けて半歩、すれ違う大猪に向けて踏み込むと、期せずして大声で叫んでしまった。
「
遠くから賽子が転がる音が聞こえた。僕のライフルの先に取り付けられた銃剣は、何の抵抗もなく、大猪の首に吸い込まれると、一気に奴の急所を切断。それだけでは終わらず、僕の突撃は、重さ5トンはあろうかという大猪の巨躯を風船の如く吹き飛ばした。これが勇者の力なのだろうか?
——勇者すげぇー。何かよくわからないけど。勇者すげぇよ。
自分がヤラカしたことながら驚かずにはいられない。吹き飛んだ大猪の骸を呆然と見ていると、冷たく事務的な声が響いた。
『貴方は銃剣突撃を敢行しました』
『貴方は大猪を倒しました』
『貴方は一撃必殺を達成しました』
『貴方のジョン・ブル・魂ッ!のレベルカウントが解放されました』
——その異世界文字列のルビですけど、ブレーブハートだけにしませんか?
ブレーブハートというカタカナ表記の上にわざわざジョン・ブル・魂ッ!とルビが振られていた。先ほど拳を叩きつけた意趣返しだろうか?
暫しの間。
視線を手元に落とすと脳裏にライフルの情報が浮かんだ。百年以上前の英国軍の歩兵の正式小銃。紅茶やフィッシュ&チップスと同じくらい、イギリス人に愛されているものらしい。なるほど。現代日本人が
『……』
——あ、はい。撃ち方も確り理解しました。
神力とは実に便利なモノだ。三十年間の人生で銃器など触れた経験など皆無であったが、今や体の一部の様に扱えると確信できるようになった。僕はスリングを肩に通してSMLEを背負う。この異世界での最初の相棒となった。最初の装備がひのきのぼうでなくて本当に良かった。
僕は街に向かおうとして、街道の方を振り返ると恰幅の良い初老の男性が満面の笑顔で僕を見つめていた。一体、どこから現れたのだろう。この異世界の動物や人間はイベント毎に
「いやはや、お見事です。異邦のお方」
若い頃は飛び抜けたイケメンだったであろう金髪碧眼の初老の男性が僕に話しかけてきた。
——異邦?
そういえば異世界転移だった。僕の外見は変わっていないのだろう。目の前の男性は彫りが深い。アングロサクソンというよりはゲルマンしている。平らな顔族の日本人とは違う。僕を一目みれば遠い異郷からの来訪者程度には認識するだろう。
「はじめまして。僕はヨウスケといいます。貴方は?」
——初級英会話かよ……
「これは失礼しました。私めはアントン。行商を生業にしております」
少々不満ではあるが異世界転移の
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