ジョン・ブル・魂ッ!
LMDC
銃剣と紅茶と賽子
第1話 異世界
虚空に意識が浮かび上がれば、漆黒の闇と横溢の光が分たれて、世界がぬるりと顕現する。
僕は一人草原に立っていた。
僕は井川庸介。享年三十歳。6ビット目が立つ前に死亡した。国立市の四谷見附橋をジョギング中、何かの爆発に巻き込まれ、爆風で体が飛ばされたところまでは、何となく覚えている。夢心地のまま時の狭間で女神様に出会い、女神様が創造した世界に勇者として転移させられてしまった。
見渡す限り草原。丈の低い雑草が地平線まで広がっている。僕は一人だ。
確か国立市に居を構え、同市内に本社を置くシステムエンジニアリングの会社に勤めていた。なんちゃら5.0とかIoTとかDxとか胡散臭いことこの上ない業界の会社ではあるが、僕が勤めていた会社は、実にホワイトで働きやすかった。
「死んだ後に思い出すのが勤先のこととか、社畜と言われても反論できないな……」
独り言と共に呆れと諦めの気持ちが込み上げてくる。誰も居ない。何もない。ゾッとするほど広い平原に一人で佇み考えることだろうか?
「違う。そうじゃない。自分のことが優先だろう」
僕はプログラマーだった。プログラマーは独り言が多い。僕も例に漏れずだろう。地方大学工学部の博士課程前期を修了して社会人となり5年。自分の技術や知識にも自信を持てるようになり、蓄えもそれなりに出来て、将来に対する不安も無かった。但し、結婚できるのか、という一点を除けばである。
実際、三十回目の誕生日を迎えるまで、
「語るべきことは何もない人生だったかもしれない」
諦観すら突き抜けてゆく感じがする。
僕という意識体は異世界に転移させられたお陰で、今もこうして続いているようなので、異世界で人生の続きを楽しむこともできるのかも知れない。だが高揚感など全く感じない。安定した生活から切り離されて不安感しかない。それが正直な感想だ。
大草原に柔らかな風が吹き抜ける。寒くもなく暑くもない。僕は一人だ。
僕の趣味はジョギングにソロキャンプ。休日ともなれば、一人寂しく山野を駆け巡っていた。その経験から多少なりともサバイバル的な活動にも慣れている。そうサバイバル的な状況であることは間違いないだろう。立ち昇る煙なく、人里の気配など皆無。街道もない。当然、往来する馬車など目に映るわけもない。
遠くの地平線に雲が浮かんでいる。緑の海が延々と続く。僕は一人だ。
このまま一人ポエムを繰り返していても埒が明かない。地平線までの距離は5km程度。その範囲内には山が視界に入らないほど平坦なのだろうか。あるいは煙霧のようにかすんで山が見えないだけなのかもしれない。何か目印になりそうな物が目に入れば、そちらに向かおう。陽の位置を確認。南中に至るのはまだ先と考え、大まかに東の方向を定めて、一歩踏み出した。その時、女神様が語りかけてきた。
『……』
——め、女神様ッ!?
なるほど。
『……』
——プロパティ的でステータス的なあれですか。
「オープン、すていたすぅ!」
僕の周りの大気の動きが止まった様な気がした。遥か遠くから雷鳴が届く。未だ雨の気配はしない。天候が変わる前にシェルターになりそうな場所を探す必要がある。などと決まりの悪さを誤魔化すために天気を気にする。
『……』
——失礼しました。
無駄にボケを滑らせないで先に進めろと仰るか。なるほどなるほど。それでは、女神様のお薦めに従い、魂の記録を表示させますかね。僕は、女神様の教えに従って心像を繋ぎ合わせて、拙いながらも心像の連鎖を数回繰り返す。そうすると、多分、システムログ的な何かが、網膜上に半透明な視覚像となるように投影された。異世界文字ではなく日本語であった。まるでスマホの表示画面を上に流すように、人差し指を立てて上に軽く振り上げると文字が流れる。
『■■■■■■■■の爆発に巻き込まれました』
『貴方は世界の間に飛ばされました』
『創造の女神ア■■■ャ■ヤ■ーとの邂逅を果たしました』
『闇の女神ユ■■ンの不興をかいました』
『磨り潰しが発動されました』
『貴方の魂は消滅しました』
『創造の女神ア■■■ャ■ヤ■ーが貴方の魂を再生しました』
『闇の女神ユ■■ンの不興をかいました』
『磨り潰しが発動されました』
『貴方の魂は消滅しました』
『創造の女神ア■■■ャ■ヤ■ーが貴方の魂を再生しました』
『貴方の魂は消滅と再生を2回経験しました』
『ブレーブ・ハートを手に入れました』
そこで僕の指が止まった。
「ブレーブハート!?」と思わず言葉が口を突いて出た。勇ましき心。勇者に相応しい。チート的な何かなのだろうか?
『……』
——何か言ってくださいよ。
『……』
——
名状し難い間合いの後、虚空に異世界の文字列が浮かび上がる。読むことができない異世界的な文字列。ツンツンと指で突っつくが、何も反応はない。だが、この異世界文字は、空中に半透明な状態で投影されているのだが、物理的な感触があった。どのような仕組みなのだろう。人工感覚的なあれなのだろうか?
『貴方は
魂の記録に新しい文が浮かび上がると頁が改まる。続けて虚空に浮かぶ異世界文字にルビが振られた。
「ジョンブル魂…」
僕は呟いた。背後から Pipes & Drums が聴こえる。バグパイプの独特の音色が響く。僕は、目眩に襲われ、その場に踞った。暫く、何者かに見下されていたような感じがしていたが、ジョン・ブル・魂ッ!がジワジワと虚空に消えると、目眩が治った。
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