第5話 女剣士

 僕はBKA(ビキニアーマー)の超絶美人に見惚れた。


「兄さん。すごい技をもってるね」


 そう言いながら、彼女はぐいっと身体を寄せてくる。ちょっと近い。距離感バグっているタイプだな。それはそれとして、先ほど御妙齢などとほざいてしまったことに罪悪感を感じる。割と低めな声だが、声色は若く、おそらくは二十歳そこそこではないだろうか、肌のきめの細かさ、艶やかさと張り。十代前半と言っても大袈裟ではないだろう。

 冒険者家業は、お肌やお髪の手入れが行き届かないくらい、ワイルドでタフな仕事の筈。しかも商隊護衛など頻繁に野営することになる。当然、野生み溢れる香りに纏わりつかれることになるのだが、何故かふんわりと良い香りが立つ。


「いえ。それほどでも。というか夢中でしたので、その偶然かもしれません」


 フリーダから向けられたキラキラの視線に小っ恥ずかしさを感じて、ついつい僕の目は泳いでしまう。たわわに視線誘導されない様にする為だけに、僕はアントンさんを見た。彼は、軽く頷き返してくれる。相手を見極めるまでは油断せず、詳しい話は避けるべきなのだろう。とは言え、そもそも素性の怪しい人物をアントンさんが護衛に雇う筈はない。


「私はフリーダ。王都の冒険者組合で副本部長をしている。兄さんの名前は?」


 予想外の大物だった。戸惑いながら僕は名乗った。微妙にカタコトだ。


「ヨウスケダ」



 フリーダは、僕の腰に腕を回して、ぐっと身体を引き寄せ、耳元で囁いた。周りに聞こえないように。


 ——僕の乙女心が惚れてしまうだろ!


 心の叫びは、続く彼女のセリフで掻き消える。


「ヨウスケは勇者様だろ?」


 僕はギョッとして、フリーダの瞳を覗き込む。睫毛長いッ。唇が触れ合いそうな距離だ。艶やかな唇が優美な弧を描くと、彼女はすっと身体を離した。


「強い男は大好きさ。すぐにでも死合いたいけど——」


 アントンさんが悪い癖といったのはこのことか。咳払いが聞こえた。アントンさんが僕とフリーダの間に割って入ってくる。


「その位にしてください。強者と見れば、見境が無くなるのは冒険者組合の副本部長としては、誉められたものではありませんよ」


 実に残念だ。目と目があっても好感度セックスとはならないようだ。それどころか死合とかヤバ過ぎる。異世界怖いぜ。全く得体が知れない美女だ。めちゃくちゃ腕力あるし、直ぐに勇者だと見抜くし。いや、これは僕が悪い。色仕掛けのカマ掛けとは、彼女居無い歴30年の男に耐性などあるはずもない。


「心配無用さ。声かけは済んだ。ヨウスケ、街についたら冒険者組合の支部を訪ねてくれ。悪いようにはしない」


 そう言い残すと彼女は踵を返して、護衛の仕事に戻った。インパクトのある出会いだったと思うのだが、世界の声シスログさんのお知らせは聞こえなかった。異世界の大商人と知己を得たとか、異世界の美人剣士に迫られたとか、あっても良さそうなものだろう。初物の出来事なら魂の記録に載っても良くないか?


『……』


 女神様が生暖かい眼差しを僕に向けながら、紅茶を召し上がっているような気がする。ここは馬鹿馬鹿しいことを考えてしまったと反省すべきだろう。


「確かに。ヨウスケ殿には身分証みぶんあかしが必要でしょうな」


 アントンさんは頷いている。僕は一瞬首を傾げたがアントンさんの意図を汲み取った。


「ああ、そうか旅券のことか。確かに持って無い」


 僕は少し焦った。不法入国者がどのような扱いになるのか予測もつかない。


「異国の客人には有りがちなことです。身分証を必要としない国々も多くあります。王国は、いささか厳しく、身分証は必須です。」


 アントンさんの真剣な眼差しに気圧される。来る者拒まずでは、敵国の間者や不成者が溢れかえり、僅かな諍いで騒乱を招きかねない。平和とは社会不安が無いことだ。異邦人など差し詰め災いのもとにすぎない。共同体に富をもたらすならまだしも、得体の知れない病を持ち込む可能性だってあるだろう。異世界から勇者が降り立っても争いの種にしかならない。多分。


「とはいえこの辺りの国境は、見ての通りの荒野で、しかも先ほどの大猪のような魔物がウヨウヨしています。国境警備などほぼ無いに等しいのです」


 言葉に棘がある。街道の安全を確保出来ずして何が領主かとでも言いたいのだろうか?


「ヨウスケ殿のように異国からの訪問者も多くいらっしゃいます」


 アントンさんは言葉を区切りながらスリーステップでぐいぐい迫ってくる。怖いわッ。


「お、おう」


「一切このアントンめにお任せあれ。何せヨウスケ殿は、福の神ですからな」


 勇者の次は福の神ときたか。この異世界生活は忙しそうだ。

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