第6話 冒険者組合

 僕は、アントン商会の職人頭のトーマスさんに連れられて冒険者組合の支部に向かった。冒険者登録が目的だ。

 同行者はメガネがキランと光る女秘書であって欲しかったのだが、現実はどこまでも現実であって、淡い期待と甘い認識は常に裏切られる。だが社会人経験ある僕に隙は無い。道すがら営業スマイルも忘れず、トーマスさんと穏やかに言葉を交わしつつ、互いの信頼感を醸成する。人誑しならば仕込みが大切にする。一寸したことが今後に影響する。バタフライ効果は侮れ無い。


 冒険者登録すると冒険者証が発行されるが、この大陸の何処でも身分証として通用する。冒険者組合の受付カウンターで申請すれば、犯罪などで指名手配されてい無い限り、銀貨1枚と交換できる。なるほどガバガバだ。


 スイングドアを華麗に開けると、僕は冒険者組合の支部に一歩踏み込む。胸が高鳴る。大股で正面のカウンターに向かえば、むさ苦しいおっさん達がこちらを見ている。剣呑な視線だ。ハードでタフな異世界らしい。タンクトップ一枚のマッチョの前に僕は立って口を開いた。


「冒険者登録したい」


「……」


 マッチョが無表情で右手の親指を立て、くいくいと僕から見て左方向を指差す。僕が視線を左へと移せば其処もカウンターだ。しかも美人が並んで座っていた。


「ヨウスケ様。あちらが登録カウンターです……」とトーマスさん。


「ああ、すまない」と答える僕にトーマスさんが苦笑いを浮かべる。


「じょ……あんちゃん。ここは素材の買取カウンターだ」と目の前のマッチョも爽やかな笑顔で応える。


 ——おぅ……


 初手、やらかしました。小っ恥ずかしい。キメ顔が実に恥ずかしい。耳まで赤くなる。おずおずと受付のカウンターに向かい、一番左側のお姉様の前に立った。


「ベルタさん。お世話になります。こちらアントン様のお客さまで、異国の地からいらっしゃいました。ヨウスケ様です」と僕を制するようにトーマスさんが紹介してくれた。


「ヨ、ヨウスケです。冒険者登録をお願いいたします」


 セクシーな美女を前に吃るのはお約束。キョどるのは、見逃してくれ、癖になってるんだ。


「これはご丁寧に。それではこちらに必要事項を記入してください」


 何事もなかったように事務的に淡々としている。プロの優しさというやつだろう。営業スマイルを湛えながら、すっと石板と石筆を出してくる。僕は、石板に表記された異世界文字を見つめる。翻訳された内容が重なり、上書きされたように見えた。読める。では書けるのか、といえば書けた。日本語、つまり漢字仮名交じり文を書いているのだが、異世界文字がつらつらと綴られる。慣れるまでは違和感を感じるだろうな。まあ兎にも角にも「翻訳技能ディープなエルすげぇ」としか言えない。


 「異国の人なのに…」という呟きが聞こえた。ベルタさんは、眉を顰め、チラリとトーマスさんを見遣る。


 「綺麗な字ですね」と何かを誤魔化すようにベルタさんが言った。


 横で見ていたトーマスさんも感心しながら頷いている。後学のため聞いた話だが、字が綺麗というだけで、高貴な生まれであることを示すようだ。識字率の低いこの世界では、特に冒険者は腕っ節だけで、読み書き算盤はさっぱりな人が多いということらしい。

 ちなみに、こちらの世界の人たちは、丸い石を溝に沿って転がすタイプの算盤を使っている。アントンさんの支店で見せてもらった。実用タイプから装飾が華美なものまである。驚くことにこれも魔道具らしく、不正は何故か許されないとのことだ。異世界侮りがたし。


 それはさておき、石板である。こちらも当然魔道具で、記載された情報が冒険者証に魔法的な何かsomethingで転写される優れものだ。

 石板の下に推薦者の欄があったが、筆が止まると、すかさずトーマスさんが、こちらで記入します、と一言。僕から石板を受け取ると、推薦者の欄にさっと記入したので、僕が登録料の銀貨1枚を出そうとしたが、トーマスさんに止められた。彼は、ずっしりとした皮袋と一緒に石板をベルタさんに手渡した。

 ベルタさんは、推薦者の欄を確認して、小さく驚き、また皮袋の重さを確認すると、一瞬だが黒い笑顔を浮かべた。この世界の女性は表情が豊かだなーッ。うんうん。


「トーマスさん。登録料やら何やら出して頂き、本当にありがとうございます」


「お気になさらず。これからもアントン商会をご贔屓ください」


 職人なれどそつのないトーマスさんの対応に関心する。見習わないとなどと考えていると女神様から注釈が入った。例によって僕は紅茶の香りに包まれるのだが、今回は薔薇の優美な薫りが鼻腔を微かにくすぐる。


『……』


 ——奇貨居くべし、ですか?


 なるほどなるほど。女神様は暇そうだ。実際、無限の時を揺蕩う存在なのだから暇と言えば暇なのだろう。だからと言って、リアクション芸人でもない僕の様子を眺めたところで、無聊の慰めになるのだろうか?


 ベルタさんが僕の冒険者証を作成するために受付の奥に引き込んでいる間、この辺境城塞都市について、トーマスさんに教えてもらおうと、質問したのだが、国境の城塞都市の特性上、外部の人間には知られたくないことが多く、普通の都市の観光案内程度の内容でも、登録まもない新人には教えられないと告げられた。

 なるほどなるほど。何処に密偵が潜んでいるかわからないし、ギルドも職員の出自もそれぞれで、故国の影響が全く無いとは言えず、職員間には微妙に牽制関係がある。冒険者組合内部も色々難しい問題を抱えている。国境の城塞都市らしいと僕の気分も乗ってくる。


 そうこうしているうちに、恐ろしく立派な冒険者証が僕の目の前に差し出された。僕は目を見開いて、トーマスさんとベルタさんの顔をそれぞれ二度見したのだが、柔かなか笑みを浮かべた二人に頷かれるだけだった。思わず深々と頭を下げてから、僕は冒険者証を身につけた。


『貴方は冒険者(以下略)』


 ——世界の声シスログさん、雑っすね……





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