第7話 通過儀礼
ヨウスケです。僕は、今、冒険者組合の闘技場に立っているッ。現在進行形で異世界テンプレを絶賛踏襲中。
先ほど頂戴した僕の冒険者証の材質は白金だった。この材質が冒険者の等級を示す決まりだ。白金級よりも上の等級には、ミスリル、そしてアダマンタイトがある。これもテンプレ、説明不要。本当にありがとうございます。
いや、全くもって、ありがたくない。魔獣化した巨大猪を一人で討伐できる冒険者は、少なくとも金級に値するそうだ。なるほどなるほど。で、あればそこで留めておけよ!金級ならまだ波風立たずに済んだものを、アントンさんとフリーダさんが、強引にギルド本部に捩じ込み、僕を白金級に仕立てた。どういうつもりなのだろう?
「ヨウスケ。私とお揃いだな」とフリーダさん。闘技場に入る前に見惚れるほどの笑顔で声をかけてきた。周りから刺すような視線が僕に集まる。敵愾心が赤黒い炎の様に揺らめく。こいつら魔物かよッ!
異国出身で冒険者に成り立ての若者。僕の見た目は成人前の少年だそうだ。ベルタさんが教えてくれた。タンクトップマッチョメンも微妙に優しかったのはそういうことだ。
そんな駆け出しが、王都で一二を争うような凄腕の冒険者、しかも超絶美人なフリーダさんに気に入られたというのであれば、面白くもなかろう。中堅や古参の冒険者たちが、ついつい絡みたくなるその気持ちはよく分かる。
フリーダ特戦隊(自称)なる冒険者たちのガス抜きは必要だろうということで、フリーダさんは私闘もとい適正試験の実施を許可したらしい。命がけのガス抜きとか蛮族すぎるだろ。
お陰様で、僕はフリーダ特戦隊(自称)なる冒険者5人とこうして対峙しているわけだ。フリーダさんは、闘技場の一番良い席に座って、にこやかに僕に向けて手を振っている。
「リョウスケ。頑張れーッ!」
ちょっと止めてくれ。あとヨウスケです。フリーダ特戦隊(自称)の冒険者たちにバフが掛かるじゃないかッ!
「リョウスケとかいったか、冒険者ってのは甘くないってことをおしえてやるぜッ!!」
いや、だからヨウスケです。
扇状に僕を取り囲むフリーダ特戦隊(自称)の皆様が睨みを利かせる中、扇の要、中央の大柄な戦士風の渋メンが、大剣を構えながら唐突に叫び声をあげた。闘技場全体を震わすような叫びだ。人間技とは思えない大音量に唖然としていると、僕は甘く爽やかで上品な紅茶の香りに包まれた。女神様の解説が入る。
『……』
——あ、女神様。どうもどうも。
女神様曰く、大柄の戦士の雄叫びは
『……』
——喧しいだけなのですが?
女神様が鼻で笑った。勇者がチートなのは当たり前で、効くわけがないそうだ。彼女は続ける。
『……』
——えっ!撃っちゃッて良いのですか?
『……』
——銃剣突撃だと相手は瞬間消滅する!?そうですか。消えてしまうのですね。
この間、零ミリ秒。現実世界(異世界)では刻が止まっていた。
「この程度で動けなくなるとは情けない奴だ」と向かって右端の槍使いが動き出す。
「喰らえッ!」と彼が突進してくる。
動けない訳ではなく、僕は唖然としていただけなんですけどね(負け惜しみ)。攻撃するなら言葉よりも先に体を動かすべきでしょう。そんなことを考えながら、僕は、ショート・マガジン リー・エンフィールド Mk III (SMLE)の安全装置を解除、遊底の槓桿を引いて、薬室に弾丸を装填、銃口を上げて、腰だめで適当に槍使いの脇腹辺りに狙いをつけて、発砲した。説明すると長いが、瞬きすら許さない速さで一連の動作が終わっている。
ズドーン!
.303ブリティッシュ弾(Mark 8)の運動エネルギーは3,574 J。当れば人間を無力化するには十分な威力だ。銃口からの発砲炎と空気を破る衝撃が獲物たちを威圧する。
「ぐわーッ」
槍使いは撃たれた衝撃でバランスを崩して、翻筋斗を打って地面に倒れた。
「
「なッ!?」と驚きつつも、救護班の一人として控えていた回復術士がほぼ無詠唱で、回復魔法を飛ばして、倒れた男の傷を癒した。だが槍使いの男は、撃たれた衝撃と痛み、その後の急激な癒しの力により、気を失ってしまう。
「げッ!魔術士かよ!!」と長剣使いが目を見開きたじろぐ。
「小槍じゃない。魔杖だッ!!」と大剣使いが残りの仲間に距離を詰めるよう指示する。
左側の残り2人の短剣使いたちも慌てて、僕に襲い掛かろうとするも、腰が引けているので、脅威ではない。近距離戦闘だと銃剣突撃(無敵モード)が発動しかねないので、僕は右手側に弧を描くように相手との距離をとりながら、SMLEを連射する。
SMLE の総装弾数は10発。その連射速度は1分間に30発。初速は740m毎秒。有効射程距離は900m。適切な交戦距離ではないが、ほぼ丸腰の人間相手に負ける気はしない。近接距離はナイフ最強とか寝ぼけたことを偶に耳にするが、あえて言おう、SMLEが最強であると(ガンギマリ)。
マズルフラッシュ。発射音。硝煙の匂い。堪らない。これが紅茶の国の人々を魅了するSMLEだ。いや知らんけど。
遊底のコッキング音と空薬莢の排出音が実に心地よい。吐き出された空薬莢は、地に落ちることなく空中で溶ける。これだけはファンタジーだ。空薬莢が硬いモノに当たって立てる金属音が無いというのは、臨場感に欠ける。
『……』
——あ、はい。
女神様からのご指導が入った。設定で変えられるそうだ。貴方の異世界ライフを華やかに演出します、とか怪しい婚活業者のような煽り文句だな。いや、ありがとうございます。ありがとう。ありがたく使わせていただきます。
閑話休題。
発砲する度にフリーダ特戦隊(自称)の冒険者が倒れる。倒れた瞬間に回復魔法で気を失う。フリーダ特戦隊の5人全てが闘技場の土を舐めることになった。僕は横たわる5人を見回す。
「先輩たちは遅すぎますね」と目一杯の笑顔でイキリつけた。
当の先輩たちは、全員気を失っているので、このイキリは意味がなく、虚しさが込み上げてくる。ふと観客席を見れば、フリーダさんは、大喜びで手を叩いている。
「やるじゃない。ヨウスケ。魔法も一級品だ!」
魔法(SMLE Mk III)とかさすがに無いわ。酷え話だよ。これじゃボケることもできない。勿論、SMLEが小銃として一級品であることは間違いない。しかし、.303ブリティッシュ弾が魔法なのかと聞かれれば、「いいえ、違うわ……」(CV:林■め■み)、と答えるしかない。いや、魔導具と言い張れば、ぎりぎりセーフか?
取り敢えず、地球人は僕だけだから、SMLEを魔杖と言い張ることにしよう。排莢したら空薬莢消えるし……そういえば弾丸どうなっている?
さて、先ほどから慌てふためいて、わちゃわちゃしている回復術士の女性だが、フリーダ特戦隊(自称)の冒険者たちの状態を確認して回っている。彼ら全員昏倒させたのは、僕ではなく、この女性なのだが。面白すれーウサ耳ちゃんだぜ。……ん?
「ウサ耳…だとぅ…」と僕は呻いた。
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