第14話 予兆

 ヨウスケです。監視塔に一人残された僕は、世界の声シスログさんにキモいと言われながら、攻撃開始の刻を待っているところです。

 戦闘開始までは未だ時間がある。僕は肩掛け鞄マジックバックからソロキャンプ用の茶立てのセットを取り出した。この辺境城塞都市バーデンの人々は珈琲党だ。一党独裁だ。珈琲しか飲まない。だが、アントン商会の支店では、不思議なことに携行用の茶道具が販売されていた。なんとミスリル製。鉄器とちがって、紅茶の香りを台無しにすることがない。いつでもどこでも紅茶が楽しめるという優れものだ。まあ、茶葉売ってないんですけどね。

 お湯を沸かすための小さなコンロに火の魔石を入れて、薬缶に水筒から水を注ぎ、お湯を沸かす。沸騰してきたら、薬缶をコンロから下ろして、ポットに茶葉とお湯を注ぐ。ポットから立ち上る湯気をぼうっとながめていたら女神様からクレームが入った。


『……』


 ——あっ、出過ぎですか!


 僕の淹れ方は、レッドカードで一発退場レベルらしい。スタンピードが終わったら、お茶の淹れ方をレクチャーしてくれるそうだ。ありがたいね。さて、飲みますかね。神力(英国面)ですよ。


「うわっ。渋ッ!」


 これは酷い。神力(英国面)摂取は諦めた方がいいな。次回は砂時計と温度計を予め用意しておこう。次回があればだけどね。


 相棒SMLEがうっすらと青白い光を纏い始めた。いよいよだ。監視窓から外を窺えば、十体のガーゴイルが疎に飛んで来るのが見えた。彼奴らの狙いは弓兵や床弩バリスタを操る職人だな。やらせはせんぞッ!

 今回、僕は、飛行型の魔物を長距離狙撃で撃ち落とすことに徹するつもりだ。標的が有効射程に入った。安全装置を解除して狙いをつける。初弾装填済み。さあ女神様を讃えよう。威力がマシマシになるぜ。


 ズドーン!


「一つ」


 カシャン。カシャ。カッン。ズドーン!


「二つ」


 槓桿を起して、遊底を引き、空薬莢を排出させて、次弾装填。空薬莢が床で跳ねる音を聞きながら、目標を照準に捉えて、引き金を絞る。


「三つ」


 乗ってきた。照準・発射・排莢・装填。テンポ良く一連の動作を続ける。次々とガーゴイルが落下する。僕は、全弾を撃ち尽くすと監視窓から身を隠し、弾薬袋からクリップでまとめられた.303ブリディッシュ Mark 8を取り出して、相棒SMLEの弾倉に装填する。装填完了。相棒SMLEを構え直し、監視窓から少し距離を置いて狙撃を再開する。

 

 城壁の上、長弓を携えた弓兵も果敢に弓を放ち続けている。だが飛行敵の数が多すぎる。フリーダ特戦隊が奮闘し、城塞都市の守備兵と共に、床弩バリスタを飛行敵から守り続けていたが、ハーピィが混ざり始めると、守備隊形が崩れた。

 床弩バリスタ1基あたり盾兵や槍兵など7人〜8人の守備兵が一隊として、本体と職人たちを守るために振り分けられているのだが、ほぼ全員が麻痺した様に動けない。これは拙い。テンプレ通りなら魅了かあるいは幻惑による無力化だ。

 僕が監視窓から思わず身を乗り出しそうになった瞬間、叫び声が轟いた。ビリビリと空気が震える。城塞都市全体を揺がす大音量だ。フリーダ特戦隊の大柄な戦士グンターさんの戦技か?ハーピィーがバタバタと地上に落下しているだと?戦意高揚ウォークライすげぇ!

 続けてトーマスさんの号令一下、西南北の城壁に据えられた床弩バリスタの一斉射撃が開始された。今回の籠城戦の主力の真価が発揮される時がきたのだ。見せてもらおうか床弩バリスタの性能とやらをッ!

 魔石の弾頭が仕込まれた大矢——全長が3mに届く——が次々に撃ち出される。有効射程は1200m。床弩バリスタから放たれた大矢の運動エネルギーと魔石の爆発エネルギーによって、スタンピードの先頭集団が吹き飛ばされる。着弾点は西側の城門から一キロ手前。床弩バリスタは、それぞれ絶妙に射程と射角が調整されていて、最初の着弾点から東に向かって、若干放射状に広がるように着弾する。

 最初に着弾した周辺から、船の舳先が波を掻き分ける様に、スタンピードを北と南に分ち、二つの流れに分断された魔物の群れは、城塞都市を避けて、東へ東へと突き進んで行く。

 絶え間なく撃ち込まれる大矢が爆発し、スタンピードに掣肘を加え続ける。時々、怯まずに西方の壁に直進してくる魔物も吹き飛ばす。北と南の城壁に衝突する魔物たちが少なからず存在しているが、城壁に深刻な損傷を与えることはない。このまま何事もなければ、城壁の内側に魔物の侵入を許すことはないだろう。僕の相棒SMLEも絶好調さ。勝ったなッ!ガハハハッ!!風呂入ってくる。

 

『貴方はフラグを立てました』


 ——えーっと……

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