第23話 謁見
ヨウスケです。僕は、今、謁見の間なる無駄に広く且つ豪奢な室内で、すごく凄い王様(ハインリッヒ・アンハルト)のご尊顔を拝する栄誉を賜りケリッ!
「人払いは済んだ。ヨウスケ。楽にしろ!」
「ハハッ!」
僕はフカフカな赤い絨毯に埋まる勢いで頭を垂れ続ける。神域に拉致してもらえないか、心中で、五体投地モードで女神様(英国面)にお願いしたのだけど、例の半眼で生暖かい視線を向けて、乾いた笑顔を浮かべるだけであった。おかげで、こうして、王様の前で道化を演じるハメに陥っている。
「ヨウスケ。呆けは不要だ。さっさと立ち上がれ。話が進まないだろ」
フリーダさんは、僕のボケがお気に召さないらしい。
礼装に身を包んだフリーダさんはそれはそれは美しく目が眩むほどだ。真珠色は彼女のお気に入りなのだろう。服装は王侯貴族の御令嬢、見栄えは美の女神、だが口調はいつものヤサグレ冒険者のそれである。
僕は心中で舌打ちをしながら、渋々と立ち上がり顔を上げた。王様が器の大きさと人柄の良さを感じさせる
くっそ、イケメンだな。おい。しかも威風堂々という感じだぜ。さらにさらに燃える様な赤い髪の毛はふっさふっさ。獅子の立髪のようにふっさふっさだ。僕たちのハゲマスにちょっとわけてはくれまいか?
「闇の勇者様を救ってくれたことに感謝しているぞ」
気さくな王様は雰囲気も体つきも動作も若々しい。20代にしか見えないのは、やはり二柱の加護の相乗効果なのだろうか?
それはさておき、闇の勇者というのは、例の死者の都の寝坊助さんのことだが、あんな経験は二度とゴメンだ。
「闇の勇者様……ああ、真祖な少女のことですね」
王様は鷹揚に頷く。
「闇の勇者様は気の毒な御方でな——」
フリーダさんが態とらしく咳払いをして王様を止めた。なるほどね。闇の勇者にして吸血鬼の真祖が色々と喚き散らかしていたけど、旧王家だけじゃなく現王家も関わっていたのね。そういうことは軽々しく口にすべきではないだろうね。
キレやすい勇者(英国面)と迂闊な王様(火と風の二属性)。今回、わざわざフリーダさんが立ち会ったのは、僕と王様がやらかさなように監視するためなのだろう。
僕と王様は二人同時にフリーダさんを見つめる。じっと見つめるが、フリーダさんは顔色ひとつ変えずにすまし顔だ。さすが218歳児。さて、如何しましょう、と不敬ながら目線を王様に送れば、王様も肩をすくめて、誰かの台本であろうセリフを口にした。
「闇の勇者様の最後を聞かせてはくれないか?」
「楽しい話ではございませぬ」
僕は真顔だ。感情が抜け落ちたというべきだろうか。
「かまわん」
「御意」
僕は、死者の都での出来事を順序立てて丁寧にご説明申し上げることもなく、全てをすっ飛ばして、闇の勇者の最後を語った。僕らは吸血鬼の真祖を討伐していない。だが冒険者本部の
エルダーリッチの群体を消滅させたことで、死者の都を覆っていた、闇の力が霧散し始めた。何かを察したのか、地下で永遠の眠りについていた闇の勇者が目覚めて、僕たちの前に姿をあらわした。語彙力不足な言い回しになるが、美しい少女だった。
闇の勇者は、吸血鬼の真祖に成り果てたとはいえ、勇者の称号も恩寵もそのまま保持。当然、僕が何者であるのかを瞬時に看破した。僕が地球から転移した者と分かると、彼女自身のことを語ってくれた。名前はソフィー。ルクセンブルク出身。恋人のクロードと一緒にマルシェ=オー=エルプ通りを大公宮方面に向かって歩いている最中に異世界召喚に巻き込まれたそうだ。極めて普通の少女であった。ソフィーは闇の勇者や吸血鬼の真祖などには見えない。
互いの身の上を話しているうちに、ソフィーは僕が手にしていた剣の柄が旧王家に伝わる聖剣——光の勇者専用——のそれであることを認めて、何やら全てを察したらしく、僕の女神様(英国面)との対話を求めてきた。女神様(英国面な創造神)は直ぐに彼女の希望を叶えてくれた。
暫くして、闇の勇者ことソフィーは鬼の形相——まあ、吸血鬼の真祖ですけどね——で虚空に向けて喚き散らし始めた。罵声の対象は主に闇の女神様だった。元恋人である光の勇者クロードも張り倒すとか吼えていた。まあ、いろいろと騙されていたらしい。僕が敬愛してやまない女神様(英国面)が裏話をぶちまけたのは疑いようがなかった。
僕らはドン引きしていたのだが、やがてスッキリした表情を浮かべたソフィーが、僕に殺して欲しいと懇願してきた。僕が躊躇していると、闇の勇者らしく闇の魔力を放出しながら、ソフィーが僕を嗾ける。死神の風——生者の命を刈り取る魔法——を放ち、全てを灰にすると宣言し、詠唱を開始した。
迷ってる暇はなかった。本気というのとは違う。それは、吸血鬼の真祖でもあるソフィーにとって、呼吸をすることと同じだった。覚悟も決意も必要としない。ただ吸血鬼の真祖という存在がそうあるべく、死神の風を放たんとして詠唱を続けるのだ。
バグパイプの音が鳴り響く。それは栄光の銃剣突撃を力強く支えるものではない。ソフィーの死の詠唱の伴奏にも聴こえた。死者を悼む葬送曲だ。
僕は、止む無く、神力を発動するために女神様(英国面)を讃えた。
我が神は虚空の前にあり、我が神は光と闇を分ち、我が神は万象を創造せり。我が神は偉大なり。畏れよ。我が神の名は——■■■■■■■■■。
僕は勇者(英国面)の力を発揮し、全てをその場に置き去りにして、闇の勇者に向かって銃剣突撃を敢行した。結果は言うまでもない。闇の勇者にして吸血鬼の真祖であったソフィーは霧散した。彼女が最後に佇んでいた場所には、暫くの間、光の煌めきが漂っていた。
「討伐ではなく、自殺幇助です」
僕はそう言って締めくくった。最後の最後に見せてくれたソフィーの穏やかな笑顔が脳裏に浮かぶ。多分、忘れられない。また泣きそうになるじゃないか……
「そうであったか……」
王様は、深刻な表情を浮かべ、かなりの時間沈思黙考されていた。
「ヨウスケ。余も其方も女神様たちの手駒なのか?」
唐突な質問に面食らったが、女神様(英国面)に詳しく教えて頂いた事柄について、僕は王様に伝えることにした。
「いいえ。手駒は勇者だけだと思います。それ以外は、背景情報というか、フレイバー的な存在ですかねぇ……」
「僕たちは
「マジ?」
「マジです!」
女神様たちに慈愛などないのだ。女神様(英国面)に確認したから間違いない。この世界は女神様たちの暇潰しのためのゲヱムの盤上なのだ。
『貴方は
——ないわ……
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