第22話 聖女
ヨウスケです。異世界ハトバスこと王都観光巡回馬車の上で肉串食べてエールを飲んでご満悦さ。報奨金で小金持ちな僕は臨時の巡回馬車を貸し切りで使わせてもらっている。
他の客の目を気にする必要もないので、良い感じで30男の酔っ払いが出来上がっている。見た目は少年らしいけどなッ!
次の見学場所は大聖堂であると案内人から告げられる。彼が指差す方向に視線を向けると白を基調に金銀で飾られたゴシック調の無駄に馬鹿でかい建物が見えてきた。ここの建物も周囲に水路が巡らされている。司祭たちの日々の祈りの力で清浄に保たれているようで、水路を吹き抜ける風はまさに薫風のように心地よい。
大聖堂の見学に許された時間は僅か30分。四原質の女神様たちとのご対面なのに短過ぎじゃないですかね?
若い助祭に案内されて大聖堂の正面入り口から中に入れば、四原質の女神様の御神像が仲良くならんで在わす。同じ頭身、同じ
端の方に座っていた黒いローブに大きな杖を持った小柄な人物が僕を見咎めると、ものすごい勢いで近づいてきた。長い銀髪にミルクチョコレートの艶やかな肌、薄紫色の瞳、そして美しく高貴な顔立ち。ダークエルフの少女であった。この世界は美女しかおらぬのかッ!
「お前ッ。お前ッ。おまえーッ!」と地団駄を踏んでビシッと杖を僕に向けた。
「許さんぞーッ!」
この少女が何をもって僕を許さないのか心当たりが皆無なのだが、異世界だからこんなこともあるだろう。
凛々しく戦闘的で自信を漲らせた顔つきで、少女は魔法を発動させようとしたのだが、次の瞬間恐怖に歪み、収束させた魔力を霧散させた。
「ひッ」と小さな悲鳴を漏らし後退る。残像が残る程の速さで身を翻すと、ものすごい勢いで聖堂の出口に向かって駆け出した。少女は出口で一度止まり、振り返りざまに叫ぶ。魂魄が言葉に込められているのを感じる。勇者の超感覚を使わなくても判るぜ。
「お前ッ!!次に会った時が最後だーッ!」と叫んで逃げて行った。
実に面白いものに遭遇した。ダークエロフな少女ですよ。即落ち二コマ系に違いない。俺は詳しいんだ。
「んッ!」
振り返ると実にヤバい人物がそこに佇んでいた。静謐という言葉がこれほど相応しい人物は滅多にいないだろうとは思う。だが、何と言えばいいのか、「暗黒の堕し子ア■テ■ル」の如き禍々しさにも似たヤバさ(語彙力不足)を感じるぜ。ダークエロフが逃げ出したのも無理はない。
その人物は何を思ったのかゆっくりと頭を垂れる。僕は目を剥いた。一挙手一投足の全てから高貴さが滲み出てくる。そして、この衣装。これは、あれだ、一般の異世界人(日本人)でも直感的に判る。聖女って呼ばれてる貴人だ。
『……』
——紅茶美味しそうですね。何か言ってくださいよ。女神様。
女神様(英国面)が半眼で生暖かい視線を神域から僕に向けている様子がはっきりと脳裏に浮かぶ。
なるほどなるほど。
『……』
——四原質の女神様たちに愛された聖女。神々の愛し子。例の二つ名を持つヤバい奴らの一人ですか。そうですか。
女神様(英国面)曰く。目の前の高貴なる淑女は、現国王ハインリッヒ様の同母妹、王女にして
王都巡回馬車の案内人も御者も王国の
「ヨウスケ様。お初にお目もじいたします。リーゼロッテと申します」
「ヨ、ヨ、ヨウスケ・イガーッで、デス」
大聖女様の神聖さに一瞬で浄化されそうになるのを踏ん張ってと止まった、という感じで何とか名乗り返した。いや一寸待てや。僕は神域で女神様(英国面)とお茶しているような勇者様じゃないか?神聖さなら創造神が圧倒的に上だろう。大聖女様とはいえ、何故に只人に気圧されねばならんのだッ!
『……』
——あ、はい。ジョン・ブル・魂ッ!のレベルが不足しているのですね。まだまだ修行が足りないということですか。
なるほどなるほど。四原質の女神様たちが各々祝福して加護を与えたから相乗効果で只人の限界を遥かに上回る存在になったと言うことですか。なるほど。やっちまいやがりましたね。通常は相殺効果で二、三年しか持たずに天に召されるものなのですか。ああ、それ才能という類の奴じゃないですか。
「ヨウスケ様にお尋ねしたいことがございます」
「ハイナンナリト」
僕は才能溢れる人に対する妬ましさを抑え込んで作り笑顔で大聖女様の問いかけに答えた。
「闇の勇者様。いいえ。死者の都に眠る吸血鬼の真祖をどの様にして倒されたのですか?」
「そのことでしたか」
僕は数拍考えた後、
「コイツヲツカイマシタ」
って、こえぇえよ。僕は四人の聖騎士(多分)の刃に取り囲まれた。四原質の各々紋章が胸当てにデカデカと刻印されている。立派な装備なので凡その見当はついた。だが奴らがどうやって僕を捉えることのできる距離まで詰めることができたのか、ということは解らなかった。瞬間移動の類だろうか?勇者の超感覚を発動していなかったので、何もわからなかったが、抜刀された長剣を四方から突きつけられている。王都だからと油断したのは間違いだった。
「それは、地球と言う世界の銃という武器ですね?」
何事もなかったように大聖女様は僕の
「よくご存知ですね」
さて、どうしたものか。護衛の聖騎士を抑えるわけでもなく、地球や銃というこの世界には無い言葉を平気で使う。女神様(英国面)が仰るところのヤバい奴らの一人ならこの場で仕留めても良いよね?
どうやら僕の勇者スイッチが入ったらしい。甘すぎる護衛に強者故に隙だらけの大聖女。ご本人は偉すぎて敵対したという認識すらないのだろう。ヤレヤレダゼ!
敵の動きを封じるなら抜刀した瞬間に首を落とさないとダメだろうと僕は思った。その甘さは身をもって知るべきだ。遠くからPipes & Drumsの音が聞こえる。どんどん近づいてくる。さあ、神威を示す刻だ。
『『『『……』』』』
——やかましいぃわッ!
四柱の女神様が同時に叫んで僕を止めた。止めるのは僕じゃなくてこの失礼な大聖女様の聖騎士たちの方なのでは?僕の女神様(英国面)は何も言わずに紅茶を楽しんでおられる様子。その周りをわちゃわちゃと他の女神様が取り囲んで、取り成しを頼んでいるようだ。
聖騎士たちがビクリと体を振るわせると長剣を足下に置いて、その場に伏した。そんな様子にすら興味を示すことなく、大聖女様は
「触ってもよろしいですか?」
ああ、そんな感じの人ね。自分の興味以外はどうでも良いのだろう。何よりも四柱の加護持ちなら誰にも害されることはない。若い頃から四原質の女神様たちに見守られているのであれば、人界の雑事には無頓着にもなるだろう。
「どうぞ」
弾倉空ですし、分解掃除したばかりですから、ゾンビの肉片や体液も綺麗に拭き取ってあるからねミ★
『ナンカハラタツンデスケド』
——あー、
大聖女様が僕の
「あらあら、まあまあ」
大聖女様が嬉しそうな表情を浮かべる。
「古き神様。忘れられた神様。神々の神様。その御神力を感じます」
そう続けた。
「ええ。創造神様から賜りました」
神威発動は準備完了。創造神の御名を知る者がいないのであれば異端であろう。王国は、四原質の女神至上主義ということでもないだろうが、だが僕はあえて創造神様のことを口に出した。
『……』
——……
女神様曰く。敵対するのであれば滅せよ。僕の英国面も磨かれてきたのだろうか?女神様の御考えはスッと腹落ちします。まあ物事に対する判断の
「闇の勇者様も安らかなる最後の刻を迎えられたことでしょう。ありがとうごさいます。今後のヨウスケ様の旅路に神々の祝福が共にあらんことを」
大聖女様は柔かな笑顔を讃えて深々かとお辞儀をされた。
「ありがとうございます」
僕も返礼した。一礼の後、顔を上げれば大聖女様が緑色の光に包まれる様子が目に入った。ああ、こりゃ転送だね。神族と呼べるレベルなのでは?
最近、僕の魂の記憶の扱いが雑になってきている
『貴方はダークエルフの男の娘と只人の逸脱者に邂逅しました』
——えッ?
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