第12話 防衛戦

 オス!オラ、ヨウスケ。今、冒険者組合支部の豪華な応接室にいるぞ。


『……』


 ——世界の声シスログさん。無言のツッコミありがとうございます。


 西陽の差す部屋、窓を背にするオッさんが眩しい。凄く輝いてる。スキンケアに抜かりはなさそうだ。

 僕は手入れが行き届いた品の良い長椅子に座るように勧められた。実に良い座り心地だ。姿勢を崩すことなく座っていると、ベルタさんがバウムクーヘンに似た甘菓子と珈琲を運んできてくれた。これは罠だ。女神様が仕掛けてきている。手をつけてはいけない。

 僕が珈琲をジッと見つめていると、ハゲマス(養殖スキンヘッド)が本日の用件を話し始めた。


「ヨウスケ殿には城塞の防衛戦に参加していただきたい」


 支部長の声はナイスオールドに相応しいバリトンボイスだ。安心感と説得力がある。だが、僕は辺境の城塞都市に来て僅か三日過ごしただけだ。街の通りの名前すら覚えちゃいない。何の愛着も無い。


「お断りします!」


 僕は迷うことなく拒絶する。


「うむ!」


 満足げに支部長が頷く。


「エミール叔父様。状況説明も無しに無茶なお願いをするとか、いろいろと飛ばし過ぎです」


 ベルタさんが呆れたような声で支部長のエミールさんを窘める。


「ん?そうか?ヨウスケ殿と面談したという事実が重要だろ。その結果、断られた。それでいいじゃないか?」


 ハゲマス改めエミールさんが爽やかに笑う。こやつやりおる。


「支部長。説明していただけますか?」


「知らない方が良いこともあるぞ。あとエミールでいい」


 横に控えているベルタさんが眉を顰める。


「エミールさん。この城塞都市周辺で何か起きているのですか?」


群集事故スタンピードだ」


 ああスタンピードでしたか。知ってるよ。異世界テンプレさ。勇者と一揃いになって発生する自然災害イベントです。多分、僕が転移した影響が大きいと思いますぜ。


に出発した冒険者組合支部の偵察隊が、昨日戻ってきた。報告によれば、領内のミスリル鉱山跡から魔物が溢れている。同時に三カ所だ」


「間引いてないのですか?」


「やはりヨウスケ殿は駆け出しではなさそうだな」


「敬称は不要です。ヨウスケと呼んでください」


「ミスリル鉱山跡であっても領主の所有物なの。冒険者組合支部は口出しできないわ」とベルタさんが補足する。


「下手に口をだせば冒険者組合支部が身銭を切ることになる、と」


「その通りだ。ヨウスケも知っての通り、ミスリル鉱山跡の魔物を倒しても何も手に入らない。武者修行が目的ならそれでも良いがね」


 そこで女神様の解説が入った。


『……』


 ——魔物を倒し続けていれば、近くに新しいミスリル鉱床が形成される、と。なるほど。廃坑も地道に管理していれば、所有者には確り見返りがある。でもそのことを知ってる人います?


 女神様はいつもの半眼の冷たい笑顔を浮かべてフッと笑った。


『……』


 ——土の女神の領分ですか。口出しはしないと。なるほどです。


「領主様は金にならないミスリル鉱山跡の管理は後回しにしていた、ということですか?」


「その通りだ。冒険者組合支部こちらもただ手をこまねいていたわけではないがね。王都の冒険者組合本部を通じて、国王陛下に何度も陳情していたが、時間切れだ」


 そう言って溜息を漏らし、エミールさんは現状に至る経緯を掻い摘んで説明してくれた。ミスリル鉱山周辺の地形の作用により、スタンピードが発生しても魔物の群れ同士で食い合いし、自滅することも少なく無い。ここ十年間で発生したスタンピードは、幸運なことに人里まで届くことなく、魔物の群れ同士が衝突して、二日とかからずに消滅している。城塞都市の領主や他の有力者たちも、ミスリル鉱山跡に発生する魔物は、放っておけば自然消滅するものだと曲解している。

 エミールさんは領主に、騎士や兵士の訓練、鉱山の管理、それに防衛設備の充実など、万が一の事態に備えるべきだと訴えてきたが、聞き入れてもらえなかった。

 冒険者組合支部では、スタンピード発生の兆候について、領主に警告していた。だが領主はその警告を黙殺し、隣接する寄親の領地への避難計画も立てず、籠城戦の準備も怠った。今回も魔物たちは自滅すると信じて疑わない。認知バイアスの類かな?

 領主たちが冒険者組合支部の忠告を頑なに聞き入れなかった尤もらしい理由は他にもあったのだが、僕がその理由を知ったのは全てが終わった後だった。


「五日もあれば隣接する貴族領に住民や行商人が避難できたのだが、今日明日ではな……」


 渋面を浮かべたエミールさんの彫りの深い顔に影が差している。ハゲだけど絵になる。何か悔しい。


「猶予なしですか。では、どうするのです?」


「住民含めて籠城戦だな。街に侵入する魔物をできる限り倒して、奴らが行き過ぎるまで耐える。領主の騎士も兵士も防衛戦に参加せざるを得ない。だから戦力は十分だ」


 エミールさんの発言が終わる前、少し焦った感じで女神様が割り込んできた。現時点で僕を大量の魔物と戦わせたくない様子だ。


『……』


 ——え?ファンブル?今回は規模が違う。だから逃げろと仰ってるんですね。決して死に戻りさせるのが面倒くさいからではないですよね。


 なるほどなるほど。今のでは街を守ることはできない。それどころか自分自身も守れない。つまり強制敗北イベントですか。そうですか。

 だからと言って自分だけ逃げ出したら、気分の悪さが後を引きそうだ。善良なる一般庶民に過ぎない僕に耐えられる筈がない。英雄願望でも破滅願望でもなく、ただ良い人でありたいという愚かな理由に負けるのだろう。

 それに勇者の力を体感してしまうとあの全能感は忘れ難く、どんな相手にも負ける気がしない、という根拠の無い自信が心を満たしている。ザマーされ系の勇者が横暴になるのも理解できる。一種の中毒症状だ。僕は、暫く考えた後、エミールさんに僕の判断を伝えた。


「防衛戦に参加します」


 恐らくアントンさんたちは逃げきれない。いや、そもそも逃げる気などないだろう。エミールさんは二週間前に偵察隊を出したと言った。この異世界の行商人は強かだ。情報収集も怠らない筈。わざわざ王都から不穏な状態のこの辺境の城塞都市に大規模な商隊を組んでやってくる特別な理由があるだろうか?

 あの魔物除けの魔道具は特殊すぎる。アントンさんが行商人というのは表の顔だろう。そしてフリーダさんも只の護衛じゃない。


「エミールさん。生き残ったら報酬はずんでください」

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