第13話 スタンピード

 ヨウスケです。僕は、今、監視塔から西方一帯を埋め尽くす魔物の群れを他人事のように眺めている。あの黒い雲海の様に見える魔物の群れは、あと一時間ほどで、この辺境の城塞都市バーデンに到達する。何もしなければ、街全体が魔物の群れに飲み込まれるのは、火を見るよりも明らか。

 僕の冒険譚は、序盤でいきなりクライマックスだ。命の危機が迫っている筈なのに、恐怖心が麻痺しているのか、何も感じない。僕の隣にいる背の高い超絶美人剣士のフリーダさんからも恐れや焦りの感情は読み取れない。一流の冒険者は、人が本来持っているはずの感覚が失われているのかな?


「折角、白金級にしてやったのに、全くどうしようもないね。ヨウスケは」とフリーダさんが笑う。


 フリーダさん曰く、都市の防衛戦では、その都市に所属している低い等級の冒険者など肉壁として使い潰されるが、白金級以上であれば、戦いに参加するもしないも自由、戦いの場所や戦い方も思うままに選ぶことができる。約定というよりは暗黙の了解にすぎないが、王侯貴族でも白金級以上の冒険者たちの自己決定権を侵害することはないのだ。

 そもそも白金級以上の等級認定は、一人で中隊規模の騎士団程度を一瞬で壊滅させるだけの実力を要求される。確かにフリーダさんなら中隊どころか大隊規模の騎士相手でも無双しそうだ。僕は高々魔物化した大猪を瞬コロしただけだ。そんな駆け出しを白金級にねじ込むとか、フリーダさんもアントンさんも、余程の有力者なのだろう。


「フリーダさんにもアントンさんにも感謝しています。お陰様で好きなように戦えます。無能なお貴族様に使い潰されるのは御免です」


「ヨウスケは狂奔状態の魔物の群れに囲まれた経験がないだろ?だから今回はリンデンハイム子爵領かデュルラッハ辺境伯領にでも退避して欲しかったんだけどな」


「誰にでも、何にでも、初めてはある」


 ちょっと生意気だったような気がするけど、フリーダさん(218歳)は何とも思わなかったようだ。


 地平線から城壁に視線を移すと、大型の床弩バリスタが東西南北、それぞれ8基設置が完了している。職人頭のトーマスさんは、職人たちに的確な指示を出し、床弩の投射準備を整えさせた。フリーダ特戦隊のメンバーも城壁の上を忙しく動き回り、兵を鼓舞する。僕は、対スタンピードの備えが短時間のうちに構築される様子に感心しつつ、フリーダさんに言葉を返す。


「勿論、アントンさんやフリーダさんが退避するなら、僕もさっさと逃げます」

 

 アントン商会の人たちの手際が良すぎる。何てことはない。アントンさんたちは、端から防衛戦に参加するつもりで、この城塞都市に膨大な物資を運び込んでいた。


「物好きな男だね。嫌いじゃ無いよ」


 フリーダさんがスッと身体を寄せてくる。うむ。近いな。僕は彼女の美しい瞳に吸い寄せられる。じっと見つめ合う。だ、大丈夫だ。僕のヘタレ具合は、筋金入りだッ!耐え切れずに視線が逸れる。まるで、ウォールハックにオートエイムの組合せによって、見えざる標的を追尾するかの様に、あらぬ方へと流れた。しかも台詞もダメダメだ!


「それに魔石の代金もまだですから……」


 フリーダさんは珍しい物を見たという表情を浮かべた。


「そうかい。そうかい。それじゃ私はを片付けに行ってくるよ。また後で会おう」


 ね。アントンさんを護衛することではないな。詳しい話は聞かない方がいいかな?僕は賢いね。……いや、賢かったら監視塔の上に陣取ったりせず、さっさと隣接する他の領地に退避してるわッ。それにしても先ほどは惜しいことをした。自分のヘタレさ加減に歯噛みする思いだ。ああ、フリーダさんの艶やかな唇。実に実に惜しことをした。


『キモッ!』


 ——世界の声シスログさん。プライベートを覗くのはやめような。あと個人的な感想は心に刺さるからね。


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