第17話 領主代行
ヨウスケです。ベルタさんが黒いドレスを纏って立派な机の前で仕事をしています。
僕は、事務仕事には不釣り合いだと感じつつも、受付嬢の制服姿とは違った魅力に目を見張る。上品で垢抜けたデザインに加えて、目立たないが精緻な刺繍が袖口や胸元を飾っていた。貴族のご令嬢が喪に服しているという印象を受けた。ああ、迂闊。忘れていた。ベルタさんは領主一族だ。城塞都市がスタンピードに巻き込まれたのだから、彼女の血縁関係者が少なからず命を落とした可能性も高いだろう。ひょっとすると恋仲の騎士が斃れたのかもしれない。今は喪に服しているのだ。
僕が自身の察しの悪さで自己嫌悪に陥っていることなど知る由もなく、ベルタさんは手元の書類に視線を落としながら淡々と用件を伝えてきた。
「領主代行様がヨウスケに面会を求めてきているの」
彼女の手元の羊皮紙は召喚状か何かなのだろう。高級感が漂ってくる。一般儀礼的な事柄については、白金級冒険者(初心者)と言えども断ることはできないらしい。高貴な方々の面子を立てることは、冒険者(個人事業者)として生きていく上で大切だと、ベルタさんが説明してくれた。
「支部長経由のお言葉で十分では?」
僕は往生際が悪い方だ。中途半端に立場が上だと横柄な人間が多いのは日本に限らずであろう。嘗ての勤め先のニコ厨社長が投資家対応で苦労していたことを思い出す。お偉い方々とは、可能な限り会わないで済ませたい。
「恩賞を直接手渡したいと書いてあるわ」
騎士や兵士に限らず、都市防衛で活躍した冒険者を領主自らが表彰することは、内外に対する重要な政治的アピールなのだと。
「はあ……この国の礼儀など身につけてはおりませんよ」
僕はフリーダさんを見る。
「気にするな。冒険者は無礼で構わんさ」
フリーダさんが嗤う。この笑顔は拙い。僕は一も二もなく「ハイワカリマシタ」と応じるべきだろう。ここで四の五の言うと、フリーダさんのお米様抱っこが炸裂して、全力疾走で領主代行様なる人物の下に連行されるに違いない。
「ヨウスケは大活躍だったからな。諦めな」
全力全開お米様抱っこがスタンバイしたようだ。
「わかりました。で、面会の日はいつですか?」
僕がベルタさんに尋ねると横からフリーダさんが被せるように答えた。
「今(笑)」
「は?(威圧)」
既に隣の部屋に領主代行様がいらっしゃっているらしい。何だろう。ちょっとだけ腹が立つ。僕の心の動きを見透かしたようなフリーダさんの意味ありげな笑顔。僕は確信した。こいつは茶番だ。
「案内するわ」
ベルタさんがため息を漏らして立ち上がる。隣室に直接繋がる内扉をノックすると、隣室から鷹揚な声音が入室を許可してきた。偉そうだな。うん。お貴族様だ。間違いない。
「入室いたします」
ベルタさんが応えた上で扉を開け、僕とフリーダさんに隣室に入室するように促す。僕が一礼して頭を上げると、視界に件の領主代行様を捉える。その人物の頭は輝いていた。
「……」
ハゲマスじゃねーか。クソッたれが。勿体ぶってんじゃねーぞ。僕は、
「元気そうでなによりだ。ヨウスケ」
「ご領主代行様もお変わりなく」
今日も素敵に輝いてるね。それに豪奢な衣装も確りと着こなすあたり、やはり高貴な血筋なのだろう。このダンディーなハゲは強い。人間としての格が違いすぎる。
「他人行儀だな?」
エミールさんは不満そうではあるが、今はハゲマスではなく、領主代行様だ。お貴族様の立場は大切。政敵の目や耳が何処に潜んでいるかわからないだろうし、僕とて気を遣うことはできる。
領主代行ことエミールさんは僕の返しが気に入らなかったのか、ちらっとベルタさんを見やるが、ベルタさんは表情筋を動かさなかった。
「まあいい。まずは報奨金だ。生き残ったらはずんでくれと言ってたな」
エミールさんが指示を出すと、領主の紋章入の皮袋を華美な盆に載せて、ベルタさんが差し出す。
「謹んで拝領いたします」
僕は一礼して報奨金を懐に収めた。
「ガーゴイル37体を撃墜。廃地の黒地竜の確殺6頭。撃退1頭。大いに街の防衛に貢献してくれた。よくやった。感動した。改めて礼を言わせてくれ。ヨウスケの奮闘に感謝する」
「恐縮です」
さてこの茶番はいつまで続くのかと訝しんでいると、エミールさんの顔から笑顔が消えた。
「ヨウスケは何か聞きたいことがあるだろ?」
好奇心は猫をも殺す。巻き込まれてなるものか。こちとら女神様の御神託以外を承ることなどありえない。他の誰かに従う義理もない。まあ、世話になったら恩は返すけどな。面倒ごとは御免だ。
「私には何もございません」
「そうか」
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