side 杏里 呼び捨て

 一人になった瞬間、どっと恐怖と疲れが押し寄せた。震える息を吐き出す。

 怖い。怖い怖い怖い。

 どれだけ強がったところで、結局ダメなんだな。

 自分がいなくなるなんて。

 きっと美来に正体がバレたんだ。だって正体について話そう、なんて。そうとしか思えない。賭けはあたしの負け。きっとそれが最後。

 だけど――。

 深呼吸をしてみる。きっとどうしようもないんだから、仕方がないんだ。

 気がつくとバスが停まっていた。あたしは無理矢理体を動かして、バスを降りる。いやにぽっかりと青い空を見上げながら、あたしは少しだけ息を吐く。

 目的を持って接してるのはあたしの方だったはずなのに、いつの間にか美来のペースに乗せられてしまった気がする。普通、さして仲が良いのかもわかんないような奴の提案に乗ってくるものかな⁉

 ますます美来がわからない。一体何を考えてるのかもよくわかんないし。あんな人が、本当に死んでしまうの?やっぱり信じられないな。あたしはたしかに鏡の向こうで美来の死を見たはずなんだけど、ちょっと自信がなくなってくる。どうしたって、あの美来が自分から死ぬとは思えないんだ。

 でも、鏡の中はきっと未来の世界だ。あたしがいなかったんだから……あたしが、消えてしまっていたんだから。

 だから、あたしが何かしなければ、美来は死んでしまう。知っているのに何もしなくて美来になにかあったら、後味が悪くてしょうがない。

 美来の自殺を止めてみたい。そうすれば、あたしがいた証拠が少しくらい残るはず。幽霊じゃなくて、生きている人間を助けられるような、人らしくいられるかもしれない。

 あたしは、自分が生きてるんだと、証明できるかもしれない。

 ――あたしが消えてなくなるその前に。

 思い出したのだ。衝撃すぎて吹っ飛んでしまった、アリスとやらの言葉を。あたしが、消えるんだって。

 だったらそれまで、偽ってでも人間でいてやろう。こんなことをわざわざ伝えてきたアリスも、あたしをこんな目に合わせている運命も後悔させるくらい。

 幽霊だなんて、認めない。

 美来があたしに気づいてて、ばっかみたいに証拠やらなんやらをどれだけ出してこようが、こっちだって一切認めなきゃ良いんだ。

 どうせんだから。諦める前の、最後のひとあがきぐらい良いだろう。

 結局もうすぐ消えてしまうのなら、せめてそれまでは。

 飛行機雲が、あたしの行く手に綺麗な一本道を描いていた。

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