side 杏里 尋問
暗闇に呑まれた瞬間、あたしの足が地面についた。――やっぱり。
「〈アリス〉、いるでしょ」
あたしが声を掛けると、案の定ふたつの足音があたしの方に近づいてきた。
「――へへ。よく分かったね、ばれちゃった」
――アリスだ。なんだかちょっと久し振りな気がするけど、白兎も一緒にいる。あたしは自分の手がどんどん冷たくなっていくのが分かった。
今回は、アリス二人の顔が見えている。……想像してはいたけど、やっぱりそっくりそのまま同じ顔で、ほんの少しだけ震えた。
「ねえ、アリス」
あたしはその二人を見詰めて、きっぱりと言う。
「鏡の中と外って、パラレルワールドだよね?」
「――あら。とっくの昔に気付いてると思った」
返ってきた答えに、あたしは崩れ落ちそうになる。暗闇の中、差し込む細い光がそんなアリスを月明かりみたいに照らしている。
「……どこに気付く要素があったの……」
「だって、杏里、憶えてるんでしょ。電車事故の両方のパターンを」
「え……」
あれ、関係あるの?
あたしが夢でみた、あの恐ろしい光景。
花野さん――花野香奈の事故に、関係があったりするのかも、しれない。
というより。
「なんで、アリスが知ってるの?」
だって、あたしは夢のこと一度も口に出したことがないのに。――アリスが知ってるなんておかしいよね?
あたしの言葉に、二人がそっと笑った。
「それは――そう。当たり前だよ?」
「私達アリスは、世界のかたちを擬人化したものだから。触れると世界が分かれて――」
「――まとめるには、どちらかがいなくならないといけない。たいてい、そうなるときは異常事態」
「そして、私達には、」
「本当の名前がない」
「そういうこと、杏里」――そう言いながら、アリスはお互いに片手を伸ばした。指先が触れ合う――ほんのわずか手前で、ふたりはぴたりと同時に動きを止める。
「わかって。私達、それなりに有名みたいで、本なんかで調べればざらに出てくるからさ」
目を合わせたまま、あたしは何も言わなかった。
――違う、単純に、言葉が出なかっただけだ。
強く言い切るふたりに、どこか、圧倒されて。
そんなあたしを見かねたのか、アリスはくるっと踵を返した。
「杏里、ちょっとついてこない?見せたいものがあるんだけど」
白兎も一緒に歩き去って行く。
――あたしは暫くぼうっとしたあと、走って追いかけて、そこではじめていつの間にかふたりに呼び捨てにされていることに気がついた。
「ねえ、アリス」
ようやく追いついて声を掛けると、アリスはちらりとあたしを見て「ん」と答える。
「美来とこの前、会ったんだってね?」
「……まあ、ね。美来が言ったのかな」
「うん」
やっぱりだ。アリスは、未来のことも呼び捨てに変わってる。あたしだって前に会ったときは”杏里ちゃん”だったのに――もしかして、鏡の外でも、あたしはアリスと会ってるのかな。
「あたし、”体を維持するペンダントをね、返してもらったの」
「――え?」
急に、アリスがぴたりと足を止めた。その足元で白兎がぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「嘘だ!嘘だ!」
「え?」――知らない声だ。
「え、と、まさかとは思うけど……兎、喋っ……」
「この子は喋るよ」
「えええ⁉本当に?」
「私は喋るの。人間に化けれるんだから」
「え、どういうこと白兎さん。説明してくれない?」
「まあそれは良しとして」と、アリスが口を挟んだ。――なんというか、きまりが悪そうだ。アリスでも、やっぱり誤魔化すことがあるんだろうか。
「ペンダントを返してもらったって……杏里、まさか、分かったの?」
こころなしか、アリスの顔は蒼い。それもふたりともだ。
「まあ、ね。もうひとりのアリス、っていうのが美来だったってことは。……あのさ、あたしはペンダントを取り戻したんだから、消えないで済むんだよね?」
どうしたんだろう。あたしは言葉を連ねながら、そっとアリスの顔色を見る。
「――私には、わからない」
そんな彼女の顔は、もう既に白くなっていた。
「ペンダントがない間は、杏里が消えることが確実だったんだけど。――今はもう、私の担当範囲から外れてしまった。向こうの世界も関係してくると思う。二つの世界は、お互い似ようとするからね」
あたしは少し言葉に詰まる。
「……つまり、あっちにもあたしがいるかもしれないってこと?」
「さあね。もしかしたら、さらに世界が分裂するかもしれない」
さらりとそんなことを言う。パラレルワールドのことなのかな。あたしはなんとなく、自分の体がぶるりと震えるのが分かった。
「ま、今は気にしないで。私が案内したいのはこっち」
アリスはそう言うと、あたしの返事も聞かずに歩き出した。仕方ないけど、あたしは両方のアリスについていくしかない。
――何が言いたいのか、あたしにはわからない。
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