side 美来 海その1

 島田杏里

  美来へ

 いいですよ。いつ行きますか?あたしは、大体ショッピングモールとかが無難だと思います。

 美来も、何かあるなら相談してくださいね。


 無難――。

 ふっと、笑い声のような溜息が漏れた。

 三日前に送った、私の決意のメール。

 二日間を空けて、ようやく杏里から返信が来た。

 迷ったんだろうな――少しだけ罪悪感が顔を出すけれど、こうする他ないんだから許してほしい。

 杏里が死ぬ理由を知るには、彼女と距離を縮めるしかないのだ。返事が返ってきたのはひとまず安心、といったところか。

 もう私の正体までばらしてしまっているのだから、下準備は万全である。つまり、あとは私次第なのだ。

 もう、人間として接することはできないけれど。


  杏里へ

 では、ショッピングモールに行きましょうか。

 日にちは、一週間後くらいでどうですか?


 送信して、画面を消す。今日の私には、気の重い予定があるのだ。

 時計を見る。九時集合、場所は海。

 姿見に全身を写して、少しでも着飾った自分がどこか恥ずかしくなった。


 海の小さな白い椅子に座って、その人は本を読んでいた。売店の麦茶を目の前の同じく白い机の上に置き、私に気づいていないらしい。仕方なく声を掛ける。

「蓮水」

 見据えた瞳に、安堵の色が滲んだ。

「神木さん。お早う」

「お早うございます」

「はは、ちょっと固くない?前座ったら?」

 蓮水は本を閉じて、向かいの椅子を指さした。ちょうど、四つの椅子がある。

「……」無言で座った。目は、できるだけそらしておく。

「何、神木さん。どうかした?」

「……恥ずかしくないんですか」

「何が?」

「……海です……付き合ってもいないのに、なんでこんな所に連れてくるんですか!」

 こんな所に、男女二人で来るなんて、よっぽどの勇気がないと――いや出したのだけれど。それ相応の勇気は。

 ただ、少し反抗するくらい許してほしい。相当恥ずかしかったのだから!

 それなのに、蓮水は面白そうに笑うのだ。こいつ……何を考えているのか……。

「まだ、認めてもらえてないんだ」

「……何を、ですか」

「友達?」

「……な……」

 返す言葉がない。この人は、私が神様だと知れば一体どんな反応をするのだろう。私を好きだとか言って、本心なのだろうか。こんな私を。

 とりあえず、こちらから話を振ってみる。

「それで、今日は一体何の用で」

 蓮水は少し目を細めると、口を開いた。

「……デート、とか」

「――はぐらかさないでくださいっ」

 思わず声を荒らげてしまった。誰かが海に入る音が聞こえる。

「――海」

 蓮水が、すっと真面目な瞳をこちらに向けた。雲が流れて、うっすらと靄のように影が落ちる。そこから落ちてきた雨のような一言を、蓮水は一気に複雑に変えてしまった。

 なぜだか一瞬、怖い、と思った。

「……えっと?」

 ふと浮かんだ恐怖は、あっという間に私の冷静さを呑み込んでゆく。

「……ここに来たら、君も思い出すと思ったんだけどね」

 私は目を伏せる。直視ができなかった。

 沈黙と同じスピードで、雲がまた流れていく。ほんのりと陽が色づき始めて――。

「なら、はぐらかさずに言うけれど?僕は君の正体を、知ってるんだ」

 思わず顔を上げてしまった。

 今、いま、なんて言った?

「……正体?」

 声が裏返った。情けない。だけど、今は、そんなことにもなりふり構っていられないのだ。

 ――勘違いだと、思わせなければ。とっさに出てきたのはそれだった。

「そう。神木さんは」

 駄目だ。今ならまだ間に合う。

 なかったことにできる。いや、しないと。

「蓮水、それは――」

 声が、重なった。

「神様なんだよね?」


 心臓が震えていた。それはどうしようもなくて、全身まで伝達していく。無理に顔を上げると、苦しそうな表情の蓮水の後ろに鮮やかな入道雲が立ち竦んでいた。それを見て、なんとなく腹が立つ。

 ――なんでそっちが、そんな顔をしているの?

「はすみ」

 無意識に、名前を呼んでいた。

「私の何を、知っているんですか?」

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