side 美来 兎

「……うっひゃあ、荷物、増えたね……」

 杏里がそう言って、私は自分の手元を見下ろす。両手に提げたレジ袋の中に、パンパンに兎のぬいぐるみが詰まっている。勝手に苦笑いが出た。

「流石に獲りすぎたでしょうか……」

「美来が見境なく兎のぬいぐるみばっか狙うからだよ」

 ふっと気の抜けた笑みが漏れる。いま出てきたばかりのゲームセンターからエスカレーターに移動した。杏里が振り返って私に笑みを見せる。

「にしても、美来があんなにUFOキャッチャーが上手いなんて意外だなぁ。ゲームなんて出来なそうなイメージなんだけど」

「自分でもびっくりしてますよ。そもそもゲームなんてしないから、UFOキャッチャーをするのだって初めてですし」

「うそ、それであの命中率なの?おかしいでしょ!」

「だって、どこに重心があるか考えれば、上手く引っ掛けられるじゃないですか」

「はぁあ……?」

 杏里は額に手をやる。

「やっぱ物理の点がいいから?あたし重心なんて考えたことないよ。店員さんも拍手してたし」

「観客が出来てましたもんね……」

 私は小さく笑みを零す。隣で呆気にとられる杏里にはつい笑ってしまった。

「というか、美来は兎好きなんだね」

「……ええ、実は」

 誰にも言ってこなかったことだ。

「だったら、あの<アリス>と一緒にいた白兎も好きなんじゃないの?」

「可愛かったです」

「やっぱり!」

 思わず杏里から目を逸らす。たぶん今、真っ赤だ。

 エスカレーターに弾き出され、私達は横の広場で立ち止まった。フロア全体の地図を覗き込む。

「やっぱり、次は本屋かなぁ」

「行きましょうか」

 私自身、誘っておいてこんな体験は初めてだ。できるだけ楽しんでみたい。

「そうだ、杏里」

 いいことを思いついた。杏里が振り返る。私は両手のレジ袋を持ち上げ、中の大量のぬいぐるみを示す。

「幾つか差し上げましょうか」

「――へ?」

 私はさっさと幾つか兎を取り出す。焦ったように杏里は私の手を押さえるけれど、小さめのマスコットを何個か取り出しているので手遅れだ。受け取ってくれたら嬉しい。

「やっぱり”アリス”と絡めて白兎とか……あ、大きいのは持って帰りにくいですよね」

「美来!」

 杏里が思わずというように笑った。私の意図が解ったのだろうか。

 ――これはお礼だと。

 私を、信じると言ってくれたことに対して。

「じゃあ……百円払ったほうが良いね」

 思わず気持ちが上を向いた。

「どの子がいいですかっ」

「えっと……じゃあ、この子」

 杏里は私の右手を指差す。目がボタンでできた白兎だった。手渡したその子は柔らかくて可愛い。私の思い全部を乗せたものみたいだった。

「ありがと」

「お金は考えないでください。一つと言わず、他にも」

「悪いよ!大丈夫だよ‼」

 くすくすと笑いながら、杏里は白兎を見詰める。

「名前、決めますか?」

「そうだね。うーん……美来からもらったし、ミコトなんてどう?」

「いいと思います」

「ほんとに良かったの?あたしもらっちゃうよ」

「こんなに、仲間がいっぱいいますから。可愛がってあげてください」

「勿論」

 杏里はにっこり笑ってみせた。

 そして、また歩き出した――その、時だ。


「――神木さん?……と、島田さん」


 聞き覚えのある声に、心拍数が上がっていく。

 涼しげな声。――渡しを好きだと言った、あの言葉。

 私が先に振り返った。杏里は――何故か、少し青ざめていたように思う。それでも振り返った。

 そこにいたのは、買い物袋を提げた蓮水だった。

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