side 杏里 夕日

 美来とは海で別れた。美来が神様なんて、やっぱり衝撃だったけれど、あんなのを見せられたら信じるしかない。未来を言い当てられて、嬉しかったのも事実だからな……。

 マンションの階段を登る。湿っぽい風がゆっくりとあたしの体をすり抜けていった。

 ああ。――夕日だ。

 どうしてか、何だか伸びをしたくなった。

 あたしの、未来。

 まるで人間みたいに未来を言い当てられて、無意味なまでにほっとしてしまった。

 ――これからどうなるんだろう。

 美来は、自分が異常だって分かってる。

 あたしもそろそろ、認めないといけないのかもしれない……。

 そう思いながら、夕日に手をかざした瞬間だった。

「いっ……⁉」

 ――痛い!

 思わずその場にうずくまる。何が起きたの⁉

 どく、と存在しないはずの心臓が早鐘を打つ。全身の血管に針が流れているみたいだ……それはやがて、指先の方へ集中していく。

「い……た、なにが……」

 階段の手すりに手を伸ばそうとして、あたしははっとする。

「手が……?」

 いや、そんなはずない。そもそも、手がなくなるってどういう状況よ?

 だけど、伸ばした手からは――のだ。


「な……え⁉」

 少しずつ痛みが収まってきて、あたしはそっと掌を開いてみる。

 掌から指先にかけてが、まるでグラデーションのように透けている。第一関節からは完全に消えてしまっていた。開いて、閉じてを繰り返してみるけれど、指先の感覚もまるっきり消えてしまっている。

「なんで、どうして……?」

 呟いてから、あたしははっと思い出す。この間、誰かにそんなことを言われなかったか。


 ――杏里ちゃんはこれから、消えちゃうかもしれない。


 そうだ。アリスだ。あの鏡の中で、アリスはあたしの未来を

「アリスが言ったこと……本当だったんだ」

 消えかけてしまった手を、ぐっと握りしめる。

 こうして現実を見せつけられたからには、信じないわけにはいかない。

 あたしはこのままだと、確実に消えてしまうんだ。

「――いやだ……」

 口の端から、捻り出すような声が零れた。どうしても震えが止まらなくて、分かっているのに両手をぎゅっと胸に抱きしめるようにして握る。

「ペンダントを探さないと」

 あたしは立ち上がった。

 できることなら、神様の力も借りずに、あたしは自分が生きてるんだと証明してやりたいのだけれど。

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