side 杏里 正体その3

 美来は涼しい顔であたしを見つめていた。

「どうやって」

 どうやって――あたしの未来を当てたの?思わず口をついて出てしまう。

「レモンティーをこぼす本人の託宣を使いました。……こういう、予言みたいなものは、そんなにいいものじゃないですね」

 圧倒されて、声が出ない。頭は真っ白だ。

 睨み合いよりも緊張するような静けさの中、あたしはどうにか口を開く。

「えっと……」

「信じて頂いた上で、相談があります」

「待って……もう少し前まで戻って」

「はあ……私は時間を巻き戻したり出来ませんが」

「そういうことじゃないよ」

 あたしは額に手をやる。

「お話……さっきまでしてた話のこと」

「ああ」

「す――すごい、ね」

 もう驚きでしかないよ。

「美来は、世界中の人の未来を決めるの?」

「いえ、私の身の回りの方々だけです。大体は私と同じクラスの人たちについてですが、時々こうして行く先々の方の託宣を想像することもあります」

「へえ」

 落ち着いてみると、その事実の凄さが染み込んでくる。すごい、あたし、そんな人と話してたなんて!……人じゃなくて神様だけど。

「すごいね、占い師みたい」

「……そうでしょうか。それほど良いものではありませんよ」

「いや、お店出したら売れるかもよ?美来、綺麗だし、神様の占い……みたいな」

「馬鹿にされていますか?」

「滅相もない」

 あたしはタルトを頬張った。美味しい。

 人……かあ。

「でも、占いという程、役には立たないと思いますよ。予測できてもなんの得にもなりません」

 美来がそっと目を伏せた。

「人として、生きてないんですから」

「……そんなに、悪いかなぁ」

「え?」

「それでも、此処にいる意味があるでしょ」

 ああ、と思った。

 あたしと同じなんだ。

 あたしみたいに、人じゃないことを引け目に感じてるんだ。

 正直、それで?とは思うけど。

 チーズケーキもぱくりと思いっきり頬張る。思ったよりもサクサクしたケーキに、喉が詰まりそうになった。

 美来の方も黙りこくってしまっている。あたしはとにかく話を進めようと口を開いた。

「それで――相談って?」

「あ……」美来はぴたりと手を止める。

「いえ、そう大したことじゃないんです」

「いいよ」

「実は」

 息を吸って、言葉に備える。

「このことを……他の人にも話したほうがいいのか、よくわからないんです」

「神様ってことを?」――声が裏返ってしまった。

「おかしいでしょうか」

「いや、いいんだけど。変な噂になりそうだなと」

「……噂にするつもりですか」

「いえいえ滅相もない!」

 思いっきり首を振る。こんなところで変に疑われちゃあたしの目論見も水の泡じゃないか。

「でも、話すって蓮水くんにだよね?だったらなんか大丈夫そうだけどね」

「っ、なんで分かるんですか!」

「え、もしかして図星だった?」

 美来がぎいっと椅子を引いた。思わず噴き出しそうになる。あたしはそれをこらえながらにこりと笑ってタルトの上の苺をぱくりと食べてしまった。

「やっぱり、美来たち付き合うことにしたの?」

「まさか。友達だと言ったはずです」

「そっかあ」

 何だか、少しだけ嬉しくなった自分が嫌になった。未来をずるいと思うあたしは、まだまだ息絶えたりしていない。だからってどうかしたいわけじゃないんだけど。

 あたしはただ、誰かを助けられたら、自分が生きてるって証明できるんじゃないかと思っただけだ。

 はっきりしない気持ちばっかりで苦しくなる。こんなこと思うならいっそ、あたしは幽霊になった時点で死ねたほうが良かったんじゃないかな。

 死んでも尚死にきれないなんて、怨霊と同じみたいだ。ただ、怖い。

 ひょっとすると、忘れているだけであたしには強い恨みがあったり……するのかもしれない。

「蓮水にも、言ったほうがいいでしょうか」

 美来があたしの方を見る。あたしは考えを振り切って会話に集中した。

「美来が重要だと思うなら、いいんじゃないかな」

「言いふらされなければいいのですが……」

 それが心配なら、あたしにも相談しなければよかったんじゃ。

「美来は……」

 あたしの声に、美来がちらりと目線を上げる。

「どうして、あたしに正体を言ったの?言わなければ、あたしはずっと美来は人間だって信じてたはずだよ」

「……」

 美来が目を伏せた。迷うようにふらふらと視線をさまよわせ、絞り出すように口を開く。

「フェアじゃないと……思ったからです」

「フェア?」

「こうして私の我儘に付き合ってもらっているのに、自分のことも話さないなんて」

 ……あたしは思わず鼻に皺を寄せた。その理屈で言えば、幽霊だと言わないあたしもフェアじゃなくなってしまう。もしこれが本当なら、美来ってバカ正直なんじゃないか。何を勘違いしたのか、美来は慌てたように早口でまくし立てた。

「誰かに相談してみたかったこともあるんです、こんなこと、急に言いだしたらおかしくなったと思われかねないでしょう?」

「蓮水くんのことについて?」

「はい。蓮水って、どんな人なんでしょう」

「さあね。あたしも、蓮水くんとはあんまり喋ったことないから」

 あたしがチーズケーキを食べ終えて美来に向き直ると、何だか不安そうな顔をしていた。無理矢理に話を変えたのはそっちのくせに。少し、悪戯心が顔を出す。あたしは美来に目を合わせて微笑んでみせた。

「ねえ、美来」

「はい?」

「あたしと美来は、友達なんでしょうか」


 会計はそれぞれで済ませ、あたしたちは店をあとにした。

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