side 杏里 幽霊の憂鬱

 生きてない――。

 解ってるのに、毎朝毎朝神木さん相手に賭けをしてしまうあたしは馬鹿だ。

 窓際の席はお気に入り。頬杖をついて外を眺めるのは、であるあたしにとって”生きている”と錯覚できる唯一の時間だ。

 ――幽霊なのだ。あたしは。生きている、普通の高校生を装うただの幽霊。

 何があって幽霊なんかになっちゃったのかは覚えてないけど、こうしてちゃっかり高校に通ってしまっている。

どうしてクラスメイトにばれていないかといえば、あたしがペンダントを付けているからだ。

 ”体を維持するペンダント”。青い宝石のついたそれがないと、幽霊であるあたしの体は見えなくなってしまうらしい。試したことはないし、試すつもりもないけど。 

 はあ、と音にならない溜息を吐く。

 嫌だ。せっかく人間らしく外を眺めているのに、幽霊のことばかり考えてる。……それもいつものことなんだけど。どうしたって気が重くなってしまう。あたしは、これからどうしたらいいんだろう……。

 騒がしいクラスメイトの声に紛れて、小さな物音がした。はっとする。もしかしてと思って斜め右後ろを確認すると、ちょうど神木さんが来たところだった。

 目線だけ動かして前を見る。きい、と椅子を引いて座る音が届いた。切れ長の瞳を長いまつげが隠す。長い黒髪をリボンで二つに結う彼女はなかなかの美人だと思う。

 あたしが発する幽霊特有のなにかでも感じているのか、あたしに友達なんていないけれど彼女だけは、時々一緒にいることがある。もちろん――勝手にそう思ってるだけなんだけど。

 四月に自己紹介をし合ったあの時に初めて出会った。神木さんはその時、「ばっかみたい」と小さく呟いたのだ。

 ばっかみたい。ばっかみたい。それは、人間に紛れないと生きてることにならないと思っていたあたしをぐらりと揺さぶった。幽霊に記憶細胞なんてあるのか知らないけど、鮮明に覚えている。

 そしてあたしは、賭けを始めたのだった。あたしと同じく友達のいない彼女に毎朝声をかけ続けて、あたしが幽霊だと気づくかどうか。気付けばあたしの負け、気付かないならあたしの勝ちだ。

 でも、一年の終わりにはばらしてあげようと思う。

 人と違う彼女の、あたしが幽霊だと知ったときの顔を見てやりたい。そして、あたしはそれ以降またつながりを断つのだ。

 でも、神木さんのことだ。

 幽霊の勝ち負けも賭けも、馬鹿みたいだと笑うだろうか――。

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