side 美来 託宣その1

「神木さん」

「……お早う」

「お早う」

 今日もまた、島田さんは私に声をかけ走り去る。

 天気は、曇り。私なんかに声をかけて楽しいのだろうか。満足なリアクションも取れないのに。

 あくびを噛み殺す。でも、普段人と喋らない私には良い喉のトレーニングになっているかもしれない。私には家族もいないから、話すとなると本当にこの一瞬しか声を出していないかもしれないのだ。神様、だからなのかと思うと少し寂しさをおぼえる。

 靴箱、階段、教室と、いつもどおりの朝だ。

 足元を見つつ、教室の扉をくぐる。

「わっ」

「――え?」

 ぶつかった。

 しまった。素手で相手の体に直接触れると、相手は死んでしまう。嘘だ、こんな所で死なれたら私も困る。そのためにいつも長袖を着ているのだから。

 よろよろと後ずさり相手を確認するも、目の前の人間は何事もなかったように笑っていた。

「あーごめん。僕もちゃんと前、見るね」

「……はい……」

 どうやら大丈夫だったらしい。布なんかを間に挟めばなんとかなるのだ。そうでなければ日常生活自体に支障が出てしまう。――でも、こんな託宣はなかった気がする。不慮の事故か。まさか?託宣にないことが起こるなんて、これまで一度だってなかったのに。

 普段誰ともコミュニケーションを取らない代わりに、頭の中が考えで洪水を起こしてしまった。相手の人間――蓮水弘希はすみひろきは既に歩いて行っている。

 私も平静を装って机に向かい歩き出した。

 蓮水弘希、十六歳。私は彼の個人データを思い返す。神様の仕事をこなすためか、私にはクラスメイトの基本的な個人情報が頭に入っているのだ。椅子を引き、誰にもばれないように吐息だけで笑う。

 これじゃあ、私、ロボットみたい。

 蓮水は、いつも一人で本を読んでいる男子だ。記憶にあるのは一年前、蓮水に対して派手なクラスの女子にバレンタインのチョコを渡させたことぐらいだろうか。結果は私の知ったことじゃないけど、今彼に友達らしい人はいないはずだ。

 私も人のことは言えないけど、どうにもこうにも蓮水は近寄りがたい雰囲気なのだ。

 ――思えば、私のクラスには俗に言うところの「問題児」が多いのかもしれない。不登校の花野香奈、近寄りがたい蓮水、私にしか声をかけない島田さん、そして友達もいないくせに小生意気な私。

 チャイムが鳴った。一時間目は体育だった。私は体操服を持って、一人さっさと更衣室に向かう。

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